57話 可愛くね〜（可愛い）
藤ちゃんが去った後の私たちには変な空気が絡み付いていた。そんな空気を払うために、私は勇気を出して声をかけてみる。
「薫が敬語なんて、珍しいな」
どうせ勇気を振り絞るのならちょっとからかいたくなってみた。
「あぁ、そうだね」
「流石に藤ちゃんには敬意を持つんだな」
私がそう言うと、薫は少しだけ不思議そうな顔をしてみせた。
「な、なんだよ」
「私が敬語を使ったのは、藤さんに媚を売れば何かしらのメリットがあるかもしれないと思ったからだよ。どうやらその計画はバレてしまったようだけどね。やはりトップアイドル。侮れないか」
か、可愛くね〜なコイツ！
いや可愛いけど、可愛いけども！ 可愛げがない！ いつもそんな狡猾なこと考えて行動してるのかよ。
呆れた私はそれ以上言葉を紡ぐ気にはなれなかった。
さて、小会議室の前まで来たぞ。フルーツパフェのみんな、まだ怒ってるかなぁ……昨日なんとか諌めたつもりだけど、いざ薫を目の前にしたら怒りがぶり返すかもしれない。
私は静か〜に小会議室のドアを開けて、中に誰もいないことを確認した。なんだかそれだけでホッとしてしまう。
薫はそんな私の気苦労など知るよしも無いというようにズケズケと入室し、真ん中の椅子に座ってしまった。さすが薫様。なんという鋼のメンタル……。
「……ぉはよ……ございます」
「うおっ！？ り、りんごちゃん！」
びっくりした……さっき確認した時には誰もいないと思ったんだけど、端っこにポツンといたんだ。
りんごちゃんは顔を赤くしてプルプル震えている。きっと勇気を出して挨拶してくれたんだろう。
「あの……昨日はごめんなさい。私のせいで……」
「だ、大丈夫！ 気にしないで。昨日悪かったのはウチの薫だからさ」
「いや、私は悪くモガッ」
"私は悪くない"とか言いそうだった薫の口元を手で塞いでやった。これ以上りんごちゃんに負荷をかけてたまるかってんだ。
薫は納得していない様子だけど、後々を考えたらこっちの方がいい……って私は考える。とにかくりんごちゃんには自信をつけてもらわないといけないからな。
「……おはよう」
ガチャっと音を立ててドアを開けたのはマネージャーだった。なんだか目にクマができていて、あからさまに寝不足ですというオーラだ。
「どうした？ 顔ひどいぞ」
「いやちょっと……寝付けなくてね」
珍しいな。いつもどんなミスをしたって翌日にはがっつり睡眠を取るマネージャーが寝不足だなんて。枕変えたのかな。
「マネージャー、今日は何をするんだい？」
「あぁ……今日は」
そう言ってマネージャーはA3用紙を取り出した。
「ライブのスケジュールを作ってもらうわ」
