56話 憧れのアイドル
薫がフルーツパフェの面々と軽く揉めた(?)日の翌日。私はなんとなく重たい足を気合で動かし、事務所へと向かった。
私はいつもより何本も早い電車に乗って、駅で薫を待ち構えることにした。あんなことがあった次の日に一人で会議室へ入らせるなんて可哀想だからな。別に私が気になるだけで、薫のためなんかじゃないぞ?
十数分ほどで薫が構内から出てきたのが見えた。
「よう。おはよう」
「奇遇……というわけではなさそうだね。待ち伏せしていたのかい?」
「なんとなくな。特に意味はないぞ」
「ふふっ、そういうことにしておくよ」
よかった、いつも通りの薫だ。柄にもなく落ち込んでいたらどうしようと思っていたけど、杞憂だったな。薫様は薫様だよ、まったく。
二人で事務所に入り、エントランスから階段を使って小会議室へ向かおうとすると、前方から神々しい光が近づいてきた。
「な、なんだ!?」
近づいてきたのは……紫色のウェーブのロングヘア、キリッとしたつり目、スレンダーな体躯。ま、まさか!
「アップるの……藤ちゃん!?」
トップアイドル、アップるの藤宮子。同じ事務所でありながら、今まで一度も顔を合わせたことのない、まさに別格のアイドルだ。
その証拠だと言わんばかりに藤ちゃんからは後光が差している気がする。
「初めまして。felizの泉薫です」
淡々と自己紹介をした薫。っていうか敬語!? 薫の口から敬語だなんて初めて聞いたぞ。
私も挨拶しなきゃと思ったけど、憧れのアイドルが目の前にいることで固まってしまった。動け……動けよ私!
「feliz……あぁ、例の、ね」
藤ちゃんの生声で天国へと成仏しそうになった。やばいやばい、これではただのオタクだ! ……いや事実そうなんだけど。
「例の、とは?」
「フルーツパフェと記念ライブをするんでしょ?」
「……それがどうかしましたか?」
「いや、別に」
薫と藤ちゃんが会話してる……わ、私も混ざりたい! 藤ちゃんに認識してもらいたい!
「初めまして! 宮野明日香と言いましゅ」
噛んだ〜! そんな私を見て藤ちゃんはニコッと笑ってくれた。……いい人だぁ!
「あなたは真っ直ぐでいいわね」
「え?」
私と藤ちゃんとのやり取りに、すかさず薫が横槍を入れてくる。
「私は真っ直ぐではないと?」
「えぇ。捻くれ者の匂いがするわ」
……藤ちゃんからはすごくフローラルな香りがしますって言ったら殴られるかな?
「藤ちゃ……藤さんは優しいですね。こんな私たちなんかと会話してくれて……」
本当なら私たちなんて藤ちゃんと同じ空気を吸えているだけで光栄なのだ。それなのに会話までしてくれるなんて。欲を言えば他の三人も拝みたかったけど。
「まぁあなた達はフルーツパフェと繋がりがあるわけだし? それだけなんだからね!」
で、出たっ! 藤ちゃんのツンデレ! それすなわち、日本一のツンデレということ。……ん?
「なんで藤ちゃんはそんなにフルーツパフェのことを?」
私がそう尋ねると藤ちゃんはハッとした表情を見せた。
何かおかしい気がする。だって今、藤ちゃんは私たちと話をしているというより、"フルーツパフェと近い私たち"と話をしている、という感じだ。
「……りんご、元気にしてる?」
「えっ……いや、自信がないようにしてますけど、たぶん元気です」
「……そう。ありがとう」
そう言って藤ちゃんは歩き出してしまった。もっとこの空間を堪能したいはずなのに、なぜか藤ちゃんを呼び止めることができなかった。
……なにか、変な感じがしたなぁ。