51話 冗談だよ
注文した串カツと、追加でいくらか注文した商品を食べ切り、私たちはお店を出ようとした。
「お会計お願いしまーす。おい薫、割り勘だぞ?」
「こんな素敵なレディーに払わせる気かい?」
「素敵なレディーなら黙って財布出せっての」
私も裕福な暮らしをしているわけではない。奢って好感度を上げたい気持ちは山々だけど、そういうわけにはいかないのだ。
「えっと……3400円になります」
会計に来てくれたのは灰色の少女だった。ジーッと、私を凝視している気がする。これは……もしかしたらファンだったりする? でも恥ずかしくてそんなこと聞けないよな。
私は薫から1700円を受け取り、そのままトレーに乗せた。
「お願いします」
「れ、レシートです。ありがとうございました」
何か言いたげだったけど、何だったんだろうか。気になるけど……聞けない! 自意識過剰みたいで恥ずかしいし。
「すっかり暗くなってしまったね」
「まぁ20時半だしな」
「さて、これからどうしようか?」
どうしようかって……なんだよ。まっすぐ帰るだけだろ。
「いや帰るだろ、普通に」
「そうなのかい? せっかく夜ご飯を食べて『あーん』までしたというのに、もう帰ってしまうのかい?」
なんだ? 何でこんなに食い下がってくるんだ? 何を狙っているのかは知らないけどちょっと不気味だ。
確かに薫ともう少しいたい気持ちもあるけど、それと同時にあまりそれを認めたくないという自分もまだ存在する。
犬猿の仲だったのをいきなり好き好きになれなんて、脳が追いつかないよな。
「……何が言いたいんだよ」
「このまま夜の街に二人で溶け込むというのも、ロマンティックかと思ってね」
「よ、夜の街ってお前……補導されるぞ!」
「大袈裟だな。まだ20時半だろう?」
ぐぬぬ……強情な奴だ。自分がそうと決めたらそうなるまで貫き通す。いい意味でも悪い意味でも真っ直ぐな奴だよこいつは。
唸っていると鼻先にツンと柔らかいものが当たった。
ハッとして見てみると薫の人差し指だった。
「冗談だよ。相変わらずからかい甲斐があるね、明日香は」
「う、うっせ……」
「じゃあまた明日、事務所で会おう。今日は素敵なお店を紹介してくれてありがとうね」
「お、おう。また明日な」
少しだけ、寂しそうな表情を浮かべて薫は駅の方へと向かって行った。
鼻先には薫の指の感覚がまだ鮮明に残っている。その温もりが直接脳を撫でるように、私の中へと入ってゆく。何とも言えない、不思議な感覚だった。