4話 デート作戦①
太陽輝く青空の下、私たちが立っているのは老若男女問わず人気スポットとなっている東京チュウチュウランドの入場ゲート。
家族、デート中のカップル、修学旅行生までとにかく幅広い人々がここを訪れている。
聴くだけで楽しくなる音楽が流れている入場ゲートの荷物検査をパスしたら、いよいよ百合営業開始。変装のためにしていたマスクを外し、髪もアイドル仕様のワンサイドアップに結ぶ。
チラッ、チラッという視線を主に若い層から感じ始めた。もしかしたらfelizの2人かも……でもあんなに堂々と来るわけないよね? という反応かな?
「では行こうか、明日香」
「う、うん!」
いきなり声をかけられたからビックリしちゃった。
当然チュウチュウランドはお外なので薫はしれっと仕事モードになっている。
で、そのクールビューティ様は私に手を差し伸べてきた。
「……何?」
「何って、当然手を繋いで園内を回るだろう?」
そ、そこまでやるぅ? と思ったけど横目でマネージャーがいいぞ! やれやれ! って感じのオーラを出しているのが見えた。
仕方ないな……これも仕事の内、仕事だから! と自分の心に言い聞かせ薫の手を取る。
このまま歩くのかなと思ったけど薫は固まったまま動かない。どうしたんだろ、やっぱり私と手を繋ぐのは嫌だったかな。
周りに聴こえないようにそっと小声で……
「おい、無理はするなよ?」
と声をかける。嫌々やらされて精神を病んでアイドル業に支障が出たら本末転倒だからな。
「何がだい? 明日香の手、柔らかいなと思っていただけだよ?」
「なっ! おま……バカ……」
何恥ずかしいこと言ってんだよ。せっかく人が心配してやったってのに。こっちが慌てちゃったじゃねぇか。
「ふふ。照れる明日香、可愛いな。では行こうか」
「お、おう……」
コイツのプロ意識には正直尊敬する。だって百合営業しろって言われても結構あっさりと受け入れてたし、今もこうしてやり過ぎなくらい頑張って嫌いなはずの私と百合営業してるし……。
もしかして私のプロ意識が足りないのかもな……何かに理由をつけて嫌なことから目を背けている。これじゃダメだ! ちゃんと私も百合営業しないと!
「ま、まずはなに乗ろうか? 乗りたいものある?」
よし、自然な流れで乗り物の話題を出せたぞ! 少し声を張ったから周りの人間にも聴こえたはず。私の声を聴いたことがあるfelizファンなら気がついて掲示板に書き込んでくれるかもしれない。
そんな期待をしつつ薫の顔を伺うとやけに真剣な表情で何に乗るか悩んでいるようだった。
意外だな……こういう場所、あんまり得意じゃなさそうと勝手に思っていたけど結構好きなのか?
「そうだね、じゃあ爆雷山コースターにでも行こうか」
結構な長考の末にわりとメインの乗り物を無難にチョイスしてきた。爆雷山コースターか……。
園内の地図を参考に爆雷山コースターを目指して歩いている内にもマネージャーから声なき指示が飛ぶ。内容としては「通路の真ん中を歩け」とか「人通りの多い道から向かえ」とかそういった指示。まぁ理にかなっているといえばそうかも?
「明日香、写真を撮ろう」
「えっ?」
「いいから」
突然の申し出に混乱する私をグイッと抱き寄せる薫。薫の体温が、匂いがゼロ距離で感じられておかしくなりそう!
「ちょ、やりすぎだっての!」
「……今カメラマンらしき人物が見えた。ここはチャンスと思ってね」
パチッと私に至近距離でウィンクをする薫。そ、そう……百合営業のための行動だったんだ。そうだよね、うん……。
「でも写真は撮ろうか。ハイチーズ」
「えっ、待っ!」
パシャっと薫のスマートフォンからシャッターを切る音が響く。私まだ写真を撮られる準備できてなかったんだけど!
マイペースだな薫は……ってかいつまで抱きついてんのよ! と薫から1歩離れる。
「……で、その写真をどうする気?」
「そうだね、私のイソクサグラムに投稿しようかな。それを見た週刊誌の記者が爆雷山コースターに乗っている間に来るかもしれないよ? というか……面白い写真をありがとう、明日香」
面白いって何よと思いながら薫のスマートフォンの画面を覗き込む。何も変なことはないじゃん……ん? あぁ! 私白目むいてるじゃん!
「ウッソ! それ投稿したの? 最低!」
「ははは、怒らないでくれよ明日香。ちゃんと『可愛い相方だよね♡』って投稿したから」
「そういう問題じゃない!」
アイドルとして白目の写真を全国に拡散されるのはどうなのよ? マネージャーは……親指を立ててこちらに向けてきた。グッ! じゃねぇよ!
「ったく、そろそろ行くぞ。どうせ並ぶんだから」
「あぁ、わかったよ。明日香はせっかちだな」
何気ないチクチクにイラッとしつつもここで怒って記者に見られでもしたら百合営業も失敗に終わる。それどころか不仲説として記事が出て私たちのアイドルとしての活動に支障が出る可能性の方が高い。ここは大人の余裕ってもんを見せてやろうじゃない。
私たちが今並んでいる爆雷山コースターはこのチュウチュウランドの中でもメインを張るほどの絶叫コースター。急旋回と急降下をする振り回されるような体験に、絶叫系アトラクションが苦手な人は本当に乗りたくないだろうな。苦手な人……苦手な人は……私だけど。
やべぇめっちゃ怖い! 薫の手前ここまで強がって何でもないような素振りを見せてきたけど死ぬほど怖いぞこれ! やめたい逃げたい!
「な、なぁ薫はこういう絶叫系アトラクションは苦手じゃないの?」
頼む。苦手であってくれ。そして私をこの恐怖から解放させてくれ!
「いや? 心配には及ばないよ」
この世に神はいなかった。私は今、それを悟った気がする。
一歩、また一歩と列が進んでいく内に心の中の恐怖心が増していく。
「お、見たまえ明日香。さっきの投稿、結構伸びているよ」
そんなん今、どーでもいいわ! あーやばい。これはマジでやばいやつだ。緊張しすぎて吐きそうになってきた。
ただ唯一の救いは悔しいけど薫と手を繋いでいること。
やはり人間は手を繋いでいると心が安らぐようで幾分か緊張がマシにはなっている。が、その効果も虚しく迫り来るコースターに乗る時が近づくにつれ緊張が増してきた。
「……明日香、なんだか顔色が悪いよ。大丈夫かい?」
もう顔色にまで表れていたか……でも薫の前でコースターが苦手なんて言ったらどれだけ後から煽られることか。そんなの絶対に嫌だ。私は意地でも隠し通す!
「何でもない。気にしないで」
私ってバカだなぁ。ってのは本当に思う。変な意地はって無理している。薫と違って外でも私はツンツンする時も多いし。やっぱり私より薫の方がプロ意識が高いんじゃ……
そんなネガティブな思考にどんどん陥っていく。そんな時だった。ふと握っている右手にグッと力が込められたのを感じた。
「え?」
「……すまない明日香。さっきは心配いらないと言ったが、少し緊張しているようだ。手、強く握るよ?」
涼しい顔で薫がそう言ってきた。何それ……演技のつもり? 私に気を遣ってることバレバレだし。ってかバレてたんだ。本当に私がバカみたいじゃん……
「……うん。仕方ないわね」
でも今はそんなこと考えている余裕もない。ギュッと握りしめられた手だけを感じて一歩一歩と踏み出していく。
ついにアトラクションに乗る時が来たけど、私は握られた手の温もりの余韻を感じて、怖さを感じることはなかった。私の中で何かが……確実に変化している。