37話 重い空気
いつもの日常、変わらぬ日々。それが目の前に広がっていた。学校に通い、イチゴと駄弁り、薫と帰る。そんな日常。
「私、本当は明日香のことが嫌いなんだ。もう仕事以外では話しかけないでくれるかな?」
その一言は私の心臓にチクリと針が通るように突き刺さった。
「な、なんでだよ……なんで突然私のことを嫌いになんかなったんだよ!」
「だって……目を合わせてくれないし、悪意を感じるからね。人は悪意には悪意で返すものなのさ。さよなら、明日香」
「待って……待ってよ薫! 私……本当は!」
思いっきり手を伸ばした瞬間、からぶったことに違和感を覚えて目を開ける。……そうだ、ここはホテルか。
なんて夢見てんだよ私。時間は……朝4時か。あんなに早く寝たんだから無理もない。
横を見ると薫は寝息を立てながら眠っている。寝返りでなのかは知らないけど顔はこっちを見ていた。……可愛いなチクショウ。
それにしても……「嫌い」か。その一言でこんなにチクリと痛くなるなんてな。夢の中だったけどしっかりと痛みを感じた。
人に嫌われるのってこんなに寂しいことなんだな。何があっても薫に嫌いっていうことはやめておこう。そう固く誓う。
さて、もうひと眠りするか。ここから何時間も起きて待っているなんて無茶だし。
横になって目をつぶるとさっきの夢がフラッシュバックしてくる。悪夢……というほどではないかもしれない。でも確かな痛みを感じた。私にとって嫌なことなんだろうな。
ちゅんちゅんちゅん……と小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。ホテルの部屋の小窓からは陽が差し込んでいた。ようやく朝か。
結局あの夢の続きを見ることはなかった。見たくなかったのはそうなんだけど、最後の……「私、本当は」の部分で何を言うのか。それは気になるところだ。そこだけは見ておきたかったかもしれない。
「……おはよう、明日香」
「お、おう。おはよう」
明らかにいつも通りの薫ではない。少しムッとしているというか、機嫌が悪そうだ。その原因は言うまでもなく昨日の私の言動だろう。言葉ははっきりしないし、目を合わせて話さない。
結構失礼なことをしていたなと一晩経った今なら思う。でも無理なんだよなぁ、目を合わせるの。マネージャーとなら別に大丈夫なのに。この差はなんなんだろう。夢の続きが見れていたならわかったのかな?
「……朝食、行こうか」
「そ、そうだな」
こんな調子で今日もまた観光名所で売り込みをするのか。しかも百合営業込みで。不安になってきたぞ。
それにしても薫は寝起きだと言うのに寝癖一つ無いな。テレビ番組とかでよくある「突撃! アイドルの寝起き」みたいなコーナーに出ても大丈夫そうだな。対して私は髪が暴発していらっしゃる。ちょっと整えていかないと。
髪をそこそこに整えて朝食へ。ビュッフェ形式のため好きなものを食べられるな。といっても朝はあまり食べられないタイプだから少なめでいいんだけど。
適当にパンとスクランブルエッグ、ミニサラダとスープを取って席に着く。当然前の席には薫が、横にはマネージャーが座っている。薫と目を合わせることができない私は自然と目線がマネージャーの方へ向いてしまう。
「何? 何かついてる?」
「い、いやそんなわけじゃ……」
当然のように不自然に思ったマネージャーからは首を傾げられた。さらに無駄にするどいマネージャーは今のやりとりに首を突っ込んでこなかった薫を不自然に思ったらしくジロジロと薫を見ている。
「何か用かい? マネージャー」
「いや……いつもならこういうやり取りにすぐ入ってくるのに今日はおとなしいのね」
マネージャーが隠すことなく違和感を薫に伝える。その言葉に私も内心ハラハラだ。
「別に。そういう日もあるさ」
明らかに反応が暗い薫を不自然に思ったマネージャーは今度は私の方を見てくる。
「まさかあなた達喧嘩でもしたの?」
「ち、違うって! そんなんじゃない!」
喧嘩ではないよな。それは間違いない。ただ私のせいで薫のテンションが低くなっているのは事実。原因は私なんだよな。