3話 百合の練習!
「じゃあ早速今日の午後からやってみましょう! って言いたいところなんだけど、あんた達仲悪いじゃない? 不安だからここで少しイチャイチャの練習をしてから行くわよ」
「えー……」
いきなり薫とイチャイチャを? 嫌だ……なんか私のプライドが許してくれない。
でもやるしかないんだ。芸能界ではやりたくないことをやらされるのは日常茶飯事。自分の気持ちを押し殺せ明日香!
「よ、よし、やるぞ、薫!」
「あぁ。いいよ」
……あれ? そういえばイチャイチャってどうすればいいんだ? 考えてみれば宮野明日香16歳、処女。もちろん恋人なんていたことはない。イチャイチャ……ってなんだ?
哲学的な考えに片足を突っ込んでいるうちに薫がため息を吐いた。
「やるぞと意気込んだわりに何もできないのかい? なら私からいくよ?」
「お、おう! こいや!」
いや正直助かった……。自分からいくなんて無理無理。でも何で薫はこんなに自信たっぷりなんだ?
そっと立ち上がって私を見つめてくる。な、なんかドキドキしてくるな……薫のくせに。
「立って、明日香」
「う、うん」
ゴクリ……生唾を飲み込みながらゆっくりと立ち上がる。
なんだかステージの上に立っているくらいに緊張する。視線がマネージャーただ1人ってのが逆に視線を強く意識させてくる。
「じゃあ、失礼するよ?」
「え? きゃっ!?」
突然体が傾いたと思ったら薫に腰と脚をキャッチされる。これはいわゆる……お姫様抱っこだ!
「ちょ、いきなり何するんだよ!」
「何って、イチャイチャするんだろう? 何も間違ったことはしていないはずだよ」
お姫様抱っこの姿勢のまま見つめられると、どこか薫がカッコよく見えてくる。今は嫌味な薫なのに……まるで仕事モードの時みたいに頼りになる、そんな力強いお姫様抱っこだった。
「ん〜、いいじゃない薫。バッチリよ」
「ありがとう、マネージャー」
お礼を言いながら私を下ろす薫。ちょっとドキドキしてしまった自分が情けない……。
完全にリードされた……。私は何もできずただただ薫のペースに持ってかれちゃった。それはマネージャーも気になったようで……
「もう少し明日香の反応が欲しかったわね。手を薫の首に回してみたらイチャイチャ度が上がったと思うわよ?」
イチャイチャ度ってなんだよ……。って思いつつも反省。今のは完全に私は無力だったからね。反省すべきところではちゃんと反省しないとダメ。この大アイドル時代を生き残ってはいけない。
「薫……なんでアンタはそんなに手慣れてるの?」
「ふふ……想像にお任せするよ」
まさかコイツ、恋人いるのか? 非処女なのか? アイドルたるもの処女でないとダメってことくらいコイツも理解しているはずだ。
認めたくないけど薫のプロ意識は私並み……いやそれ以上かもしれないし。
「じゃあ次の練習ね。気軽に好きって言ってみなさい。あとそれに返答すること。重いのはダメよ。あくまでソフトに、軽くね」
うっ、今度もまた難題を……。誰にも好きなんて伝えてこなかった人生だし。
「か、薫からやってよ」
「ん? まぁいいよ」
私から先にってのは……なんか恥ずかしい。
言うのは恥ずかしいけど言われるのは大丈夫のはず。なぜならお客さん達から好きって言われ慣れているからね。
薫は一回咳払いをして喉の調子を整える。その後真っ直ぐ私の目を見てきた。なんかちょっとドキドキする……やっぱり顔は綺麗だなコイツ!
「では……好きだよ、明日香」
「ひゃ、ひゃい!」
しまった! 声が裏返って……!
「ぷっ、ずいぶん可愛い返事じゃないか、明日香」
あーもう最悪! 笑われたし。なんでこんな時に限ってたまたま声が裏返るかな。空気読んでよ私の喉!
やり返す! 絶対にやり返す! 私がコイツをデレされてやる。悩殺させる「好き」、聴かせてやるんだから!
「じゃあ次は明日香だね」
ふん、余裕ぶっちゃって。この余裕の顔が真っ赤に染まる瞬間が楽しみだわ!
さぁ、いくわよ!
「す、しゅき……」
……ってバカぁ!!何よ「しゅき」って! 噛んだ! 完全に噛んだぁ!
「ぷっ。ありがとう明日香。私も好きだよ」
「うぇ、うん……」
やり返されたし……うわ耳まで熱い。今顔真っ赤なんだろうな……もう本当最悪! 全然うまくいかないし。
「薫は良いとして明日香は不安ね〜。ってもう時間もないわね。お昼ご飯を食べたらテーマパークでデートよ!」
「はぁい……」
不安だ……こんなので百合営業なんて上手くいくのかな。こんなに嫌な思いをして何も成果が出なかった時が1番の最悪なパターン。それだけは何としても避けたいところ。
事務所の社食を栄養バランスが良いようにマネージャーが取ってきてくれた。その間にも百合営業特訓は続き、何度も何度も私が赤面させられる結果に。何だろ……今日は上手くいかない日なのかな。
「じゃあ食べ終わったら東京チュウチュウランドへ移動するからね。パレードまでいる予定だから長丁場だけどしっかりイチャイチャしなさいよ? 掲示板とかで拡散されて週刊誌の記者の目に止まったら飛んでくるかもしれないんだから!」
そんなことを言うマネージャーの手にはチケットがしれっと3枚重なっているのが見えた。この人……私たちが百合営業している間に遊ぶ気だな?