25話 観覧車!
「じゃあ最後はBメロだね」
Bメロはキーワードがはっきりしているから撮影しやすいかも。歌詞が
≪形にできないものを尊ぶ
心に余裕が生まれたなら
手を繋いでさぁ行こうよあの海へ
きっと世界は1つになるから≫
だからな。海にいけばなんとか形にはなるだろ。ただちょっと遠いのがネックだな。どうせこのマネージャーのことだから海、行くわよ! とか言うんだろうけど。
「さぁ、海行くわよ!」
ほらね。どうせそんなこったろうと思ったよ。これは本当に危機を察知する能力が高まっていると言ってもいいんじゃないか? もう十分特技のうちに入るだろこれ。
というわけで電車を乗り継いで海へ。どこへ行くのかなと思っていたら葛西臨海公園だった。まぁ確かに海あるしな。でもミュージックビデオで使われる海って最低でも沖縄くらいの綺麗な海のイメージなんだけど。ちょっと濁りすぎなんじゃ……。
「さぁ、撮るわよって……なんか不服そうね、2人とも」
「だってさー、ミュージックビデオの海ってもっとマリンブルーな感じするじゃん? 見てよこの色。どこからどう見ても濁り」
「まぁ語彙のない明日香と一緒にされたくはないけど同感だね。ロマンがない」
珍しく意見が一致した私たち。マネージャーはちょっとだけたじろいだけど反論する。
「し、仕方ないでしょう? 予算が全然足りないんだから! そもそもカメラマンが私の時点で察してよ!」
まぁ確かに……ちゃんとしたカメラマンを連れてきていない時点で予算のなさはわかるよね。沖縄へひとっ飛びなんて夢のまた夢なんだろうなぁ。
これでも中堅アイドルなんだから少しくらい予算を増やしてくれてもいいのに。事務所ってケチなのかな? アップるにはすごいお金を使ってる気がするけど。
「はぁ、もう仕方ない。やるぞ、薫」
「そうだね。諦めよう」
ロマンだとかマリンブルーだとかそんなことを言えるのはトップアイドルのみ。私たちにできることは地道にファンを増やしていくこと。そのために今頑張って百合営業をしているんだから。こんなことでめげていたらトップアイドルなんて夢のまた夢だよ。
「で? 『手を繋いでさぁ行こうよあの海へ』の部分はわかるんだけど、他の部分はどうするの?」
「最初の『形にできないものを尊ぶ心に余裕が生まれたなら』の部分は観覧車で撮影する予定よ。密室に2人って最高に百合しているでしょ?」
それは知らんけどまぁいっか。観覧車か〜、久しぶりだな。うんうん……はい、観覧車苦手です。高いところ怖いから。
「さ、観覧車乗り場へ行くわよ」
「了解」
「お、おー!」
くそ、また強がってしまった! 私ってなんでこうなんだろ。もっと素直になればいいのにって自分でも思う。
観覧車前に着くとその大きさがよくわかった。デカすぎるだろ……。調べてみたら117メートルもあるらしいし。終わった……完全に終わった。怖いけど薫の手前だと変なプライドが邪魔して怖いって言えないし。
結局言い出せないまま観覧車に乗り込む。ゆっくり動く観覧車の中で内心怯えながら座り込む。怖い怖い怖い!
「じゃあ撮影するわよ……って、明日香? 表情固いわよ?」
「あ、うん。ごめん」
にっこりと笑ってみせるとマネージャーは渋い表情になる。
「いや何その顔は。アイドルがしちゃいけない顔しているわよ?」
し、失礼な。ちゃんと笑えているはずだよ。目は死んでいるかもしれないけど。
観覧車はどんどん高度を上げていく。それにつれて私の血の気も引いていく感じがした。こんなところで撮影なんてしたらファンがざわつく顔になってしまう……。
「明日香……もしかして怖いのかい?」
「そ、そんなわけないだろ? ははっ……」
もうそんな虚勢が通じるほどの元気は無くなっていたようで薫には完全にバレてしまったようだ。もうこれ以上無理してても仕方ないか……
「そうかい。なら手を繋いでくれるかな。私の方は少し怖いからね」
チュウチュウランドでの爆雷山コースターに乗る前と同じような言葉で私の手を取る薫。また気を遣われた……。でも不思議なもので手を繋がれると少し安心する。これならちょっとくらい笑顔を作れるかも。
「あ、いい表情になったじゃない。今のうちに撮っちゃうわよ? 3、2、1……」
唐突に始まった撮影。何も指示を受けていないけど薫と向かい合って手を繋ぐ。ここからはアドリブになるけどちょっと照れた表情になったり、嬉しさが爆発する表情になったりと色々な顔を作ることで尺を稼ぐ。
「はいカーット。いい感じじゃない」
「ぷっはぁ〜! もう無理。死ぬ……」
めっちゃ頑張って表情を作ってたからな。表情筋を無理やり笑顔にしたり照れされたりしたからほっぺたが少し痛い。よく頑張ったぞ、私。
「ありがとな、薫」
「礼を言うのはこちらだよ明日香」
なんだよ、やっぱり看病してから少し態度も変わってきてるじゃん。よかったよかった。このままいけばいつもの衝突が起こらずに済むかもしれない。
「可愛い顔を見せてくれてありがとう、明日香。面白かったよ」
「んなっ……くそ!」
「はいはいアイドルがくそとか言わないの」
やっぱりコイツはダメだ! 絶対に薫に心なんて開けないぞ。
もうすぐで観覧車がてっぺんに到達する。何か別のことを考えて気を紛らわせないと。……そうだ! 薫を倒せるアイテムを持ってるんだった。使わないのはもったいないよな。
「ほれ薫。これ見てみ?」
私が薫に見せつけたものはもちろん看病の時にこっそり撮らしてもらった薫の寝顔。可愛くスヤスヤと眠っている自分の顔を待ち受けにしてるんだ。ほれ、存分に恥ずかしがるがいい!
「ふぅん。やはり私は美しいね。誰かさんと違って」
クソが! 何でこう上手くいかないんだよ、なんでそんな自分に自信を持って生きていられるんだよ。もう一周回ってその神経が羨ましいわ。
これはマズいと全細胞が警告を発している。こうやって私の策が失敗すると大抵の場合でカウンターが飛んで来るんだ。
「それにしても……」
やっぱり来た! 今回こそは耐えてやる。いつもやられっぱなしの私じゃないってところを見せてやるんだから!
「明日香が私を待ち受けにしてくれるだなんて、可愛いことしてくれるじゃないか」
ぐふっ、ち、致命傷だ……。そんなクールビューティな王子様スマイルで目の前で微笑まれたら誰だって完敗するに決まってる。もうダメだ。コイツには勝てない。そもそもが自分に自信を持っている薫だ。私とは考え方が根本から違うのだろう。
「はいはいネタにならないイチャイチャはいいから。海行くわよ。海なら大丈夫よね?」
「う、うん」
「もちろん」
イチャイチャなんてしてるつもりないんだけど。何でプライベートでもイチャイチャしなきゃいけないんだよ。仕事でのイチャイチャもキツイってのに。