24話 幸せのメロディ
「じゃあ次はサビからだね」
そう、薫の言う通りこの「幸せのメロディ」はサビから始まる曲。でもどういうビデオにするんだ? 歌詞は
≪夢に乗せるのは幸せのメロディ
鳥達が運んで来た
夢はいつか 叶うものって歌ってる≫
なんだけど動画にしにくい歌詞だぞ? 特にこれといったキーワードがあるわけでもないし。
「サビの部分は過去のライブの映像とフリー素材の鳥さんでなんとかするから大丈夫よ。Aメロからよろしくね」
いやサビを過去映像にしてどうするんだよ! 1番盛り上がるところだろ? そこは新規で撮ってくれよ……なんか噛み合わないな、私と事務所のお偉いさん達。
まぁ決まっているものは仕方ない。Aメロは確か
≪ 明日はどこへ行こうだなんて
未来のことばかり考えていたら
現在いるこの時に失礼じゃない?≫
だっけか。これもまた動画にするには難しそうだけど。
「というわけで2人にはこれを着てもらうわよ」
そう言ってマネージャーがゴソゴソと鞄から取り出したのは……コスプレ用の制服?
「……なぜ制服を?」
もっともな疑問をマネージャーにぶつける。私もなんか嫌な予感がしてきたし。まさかとは思うけど私たちの高校で撮影したりしないよね? ね? 恥ずかしいから嫌だよ?
「それはもちろんAメロは青春っぽい歌詞だからよ。あなた達の高校を抑えてあるから撮影に行くわよ!」
ですよね〜。なんか最近嫌なことが起こることを予知できるようになってきたぞ。これは今後の芸能人として生き抜く上で大事なスキルになるんだろうな。わーい。……はぁ。
高校に移動すると当然のように部活動に勤しむ若者達の姿があった。キラキラしてるな。そんな中なんで私たちはドロドロと百合営業してるんだ?
「で、どういう構図で撮影するんだい?」
「正門から手を繋いで出てくる感じよ。明日香が『明日はどこへ行こう』の歌詞を担当して、薫が『未来のことばかり考えていたら現在いるこの時に失礼じゃない?』のところを担当ね」
手繋ぎで正門から出てくる感じか。私が薫に明日の予定を聞くような楽しそうな顔をして、薫は今から楽しもうというような顔をする。なんだか女優に求められそうな能力が今求められているぞ。でもそういうのはドンと来いだ。やってやるぞ!
「ほれ、手、繋ぐぞ」
もう手を繋ぐことくらいどうってことない。人間とはすごいもので慣れるとどんなに緊張していたものでもあっさりとこなせるようになるのだ。だから薫の手を握ったってどうということはない。薫の手を取って……あ、あれ? なんか心臓が高鳴り出した……まさか病気か?
「どうしたんだい明日香。いつもより変な顔だよ」
「……なんでもない」
はい出たよナチュラルなチクチク言葉が。いつもある程度は変な顔ってことじゃねぇかそれ。インフルエンザの時に看病してやったから少しは感謝してるかと思えばこれだよ。やってられないな、まったく……。
まぁ薫がチクチク言葉を言えるようになったってことは元気になった証拠だろう。インフルエンザの時の素直すぎる薫は本当に調子を狂わされたからな。ムカつくけどこっちの薫の方がまだマシだ。
「じゃあいくわよー! 3、2、1……」
手を繋いだまま校舎側から正門側へ向かって同時に歩き出す。頭の中でAメロを流してちょうどいいタイミングになったら私が薫に微笑みかける。薫も同じように自分の担当するパートのタイミングに合わせて私に微笑みかけた。
「はいカーット! う〜ん、何かアクセントが欲しいわね」
「アクセント〜?」
何か足りないってことか。でもやれることはやってるしな……これ以上足すと蛇足になる気がするんだけど。
「それなら手の繋ぎ方を恋人繋ぎにするのはどうだい?」
薫がそう提案した瞬間マネージャーが「それだ!」と言わんばかりに薫を勢いよく指差した。それを確認した薫が手を恋人繋ぎにシフトしてくる。
「お、おぉ……」
思わず声が漏れてしまった。手を繋ぐのは慣れたけど、やっぱり恋人繋ぎというのは特別な意味を感じてしまってまだ緊張する。
でもまぁそこはアイドルとしての仕事だからと割り切ってさっきと同じことをする。微笑みかけてくる薫の顔が美人すぎてやばい。普通にときめきそうになるし。ファンの人たちは悶絶ものだろうなこのミュージックビデオ。
「はいカーット! いいじゃな〜い! ちゃんといいアクセントが加わった感じがするわよ」
「それなら良かったよ。頑張った甲斐があったね、明日香」
「うえっ? べ、別に何てことないし?」
思いっきり強がってしまった。薫の手前だとなぜか強がろうとする自分がいるんだよな。これは早急に治さないとチュウチュウランドの爆雷山コースターの二の舞になる日が来るかもしれない。それだけは避けなければ!