23話 イントロ撮影
私が頷いてから薫も頷く。マネージャーがよし、と意気込んでビデオカメラを手に取った。え? カメラマンってマネージャーなの? もっとしっかりした人とかがやるんじゃ……。
「じゃあとりあえず外に行くわよ? イントロの部分はクレープ屋さんでお互いに食べさせ合いっこをする場面でいくから」
うえぇ……そんなイントロから百合マシマシでいくのかよ。初っ端からファンの人たちが胃もたれしないか心配なんだけど。なんなら私が胃もたれするわ。
というわけで近所のクレープ屋さんに移動。日曜日だから当然だけど若者たちで溢れかえっている。こんな中で撮影するの? めっちゃ恥ずかしいんだけど。
「さ、撮るわよ?」
「おいおい、撮影の許可取らないとマズくないか?」
そう注意するとマネージャーはドヤ顔になった。なんだ? なんか変なことでも言ったか?
「心配は無用よ。なぜならもう昨日の時点でお偉いさんから話はいっているから!」
なっ……うちの事務所のお偉いさん達、どれだけ百合営業に可能性を感じてるんだよ! ちょっと本気出しすぎじゃないか?
もうダメだ……薫の言った通り私たちはもう百合営業からは何があっても逃げられないんだ。やるしか……ないのか。
「じゃあ『幸せのメロディ』のメロディに乗せる感じでクレープを食べさせ合いっこさせてみてね」
しれっと難しいこと言ってない?
私たちのチャンネルで公開されている曲はミュージックビデオも何もないただの垂れ流ししかない。初ミュージックビデオでそんな雑に振られてもできるわけないだろ。と私は憤慨するけど……
「とりあえず注文しよう明日香。味は何がいい?」
「え……チョコバナナ」
薫はなぜか乗り気だ。いやたぶんちょっと違うな。乗り気というのりプロ意識に突き動かされているって感じだろう。流石と言わざるを得ないな。……よし、私も見習って頑張るか!
私が薫が食べたいと買ったブルーベリーチーズ味のクレープを、薫が私が食べたいと言ったチョコバナナ味のクレープを持つ。
「よし、じゃあ撮るわよ? 3、2、1……」
始まった! とりあえずニコニコ笑って薫にクレープを差し出せばいいか。もちろんカメラ目線を忘れない。
薫から差し出されたクレープを口にするとチョコバナナの甘さが口いっぱいに広がった。美味しいな。これなら作り笑いじゃなくて心から笑顔になれるぞ。
薫の方も私が差し出したクレープを口にする。優しく微笑んだ顔を向けられるとなぜか心臓が高鳴り出した。きっとお泊まりした時のことを思い出したんだろう。
「はいカーット!」
言ってみたかっただけだろと確信できるくらいに無邪気なカットがかかる。「幸せのメロディ」のイントロってクレープを食べ合わせるだけの時間で足りるほど短くないはずなんだけど。
「う〜ん、いい絵なんだけど尺が足りないわね」
ほらやっぱり。絶対足りないと思ったんだよな。
するとマネージャーがおもむろに立ち上がりレジの方へと向かって行った。なんか嫌な予感がする。薫も同じなようで表情は渋いように見える。
「ちょっと構図を変更するわよ。まず手に持っているクレープを自分で食べる、その後に相手にクレープを食べさせる。これよ!」
ってそれまた間接キスじゃねぇか! もうこりごりだよ……。でもマネージャー、めっちゃ名案が思いついたって感じの顔してるし、もう覆らないんだろうな。
もう諦めるしかない。とりあえず1つ目のクレープを食べきって新しいクレープを受け取る。これ何回もリテイクしたらそのうち太るぞマジで。私のは超甘いし薫のはチーズが入ってるし。
「さぁいくわよ〜! 3、2、1……」
唐突に始めるなよな。心の準備くらいさせて欲しいよまったく。
とりあえず指示通りにまずは自分でひと口食べて、次に薫と向かい合う。少し微笑んだ後お互いにクレープを差し出し、同時に食べる。たぶん百合好きの人が見たら「尊い」って言うであろう光景なんだろうな。
間接キスなんて思うことはもうやめた。いちいち意識していたらいつか心臓が爆ぜてしまう。こういうのは気にしないのが吉だろ。
「はいカット〜。いいじゃない!」
今回はマネージャーのお気に召したみたい。でも少し尺が増えただけでイントロすべてをカバーできるほどの長さではないと思うんだけど。
「まだ尺足りなくない?」
「あぁそこは大丈夫。編集でなんとかするから」
なら全部編集でなんとかしてくれよ……ライブの過去映像を繋げるとかでもいいじゃん。私がファンならそれでも嬉しいよ?