21話 ドキドキ添い寝
半ばヤケになって薫の横に寝転ぶ。ベットには薫の温もりが完全に残っているし、匂いも全部薫と同じもの。なんだか薫に抱かれて寝転んでいるみたいだ。
チラッと横を見ると薫が私を見て微笑んでいた。何これ、側から見たらラブラブなカップルじゃん。薫が満足そうなのはいいことだけど、そんな顔で見つめられたら眠れないっての。
体に悪いほどの美人が横で寝転がっている事実。何か間違いが起こってしまいそうなほど変な空気が漂っていた。
「ふふ、安心するよ明日香」
「そ、そうか。それなら良かった……」
私は安心とは正反対の不安しか感じない。さっきから心臓がバックバクとやかましく鳴り響いているのはそのせいだろう。
寝れるかなこれ……私だけオールとか冗談じゃないぞ。何で甲斐甲斐しく看病した私がこんなにドキドキして眠れない夜を過ごしそうになってるんだよ。
「おやすみ、明日香」
「おう。おやすみ」
そう声をかけ合った10秒後には薫は眠ってしまった。いいことなんだけど私が横に来ただけでそんなにすぐ眠れるようになるか? なんか眠れる作用のある成分でも体から出てるのかな……。
さて困ったぞ。予想通りドキドキして眠れる予感がしない。
と、どうしたものかと考えていたら……
「ん……」
薫が寝返りをうって私に抱きついてきた!
「ちょ、マジかよ!」
こいつ、私のことを抱き枕か何かかと勘違いしてやがるな? これはマズい……心拍数がどんどん上がっていくのがわかる。なんとしてでも力技で寝ようと思っていたけどそれも失敗しそうだ。
ならば脱出を……とも思ったけど結構強く抱きしめられているから離れない。ガッチリホールドされているのに柔らかな感触があるのは薫が女の子であることを証明している。特に腕に当たっている胸部分が柔らかくて……って、そんなことを考えている場合じゃないっての!
抜け出すことは一旦諦め、とりあえず現状からどうやって眠るかを考えることに。このままでは絶対に眠れない。コーヒーでも飲んだかってくらい目が冴えているし。
待てよ、逆に私からいけばいいんじゃないか? そしたら予想外のことにドキドキしないで済むし、薫の動きも止められる。よし、ならば実行あるのみだ。
薫にホールドされたまま少しずつ体をずらしていく。向かい合って私は手を薫に回し、抱き寄せた。そう、逆に私が抱き枕にしてやる作戦だ。天才的発想だろ? これならもうドキドキすることは……することなんて……
今更ながらに気がつく。向かい合って抱きしめると、抱き合う形になるのだと。
なんか……思ってたのと違う。ぷるぷるの薫の唇が目に入るし、寝息も私の顔にかかる。背中に手を回したから体温だってダイレクトに伝わる上にコイツは高熱。だからいつもより熱くてなんか……エロい。もしかしたら自分は今とんでもないことをしてしまっているんじゃないかと思い始めた。
ぶんぶんと首を振って全力で否定する。そんなわけない。コイツは病人。私は病人のリクエストに応えているだけ。ドキドキする必要なんてない!
無情にもドキドキは止まることなく2時間近くが経過した。その間ずっと一人で起き続けているから変な孤独感を味わっている。抱きしめる人がいるのに、孤独。なんだか哲学書に出てきそうな状況だな。
「……む」
あれ、薫が目を覚ましたぞ……。熱の時は眠りが浅くなるタイプなのか。でも私としては好都合。なんとかこの抱きつきだけは解いて欲しい。
「おや、情熱的なアプローチだね、明日香」
「なっ、い、いやこれは……」
そういえば私も抱きついていたんだ! 2時間はこのままだったから忘れていた。そりゃ起きてみて抱きつかれたら情熱的だなくらい思うよな。
すかさず回していた手を解いて抱きつきの姿勢をやめる。するとちょっと薫は不満そうな顔を見せた。
「なんだ、安心するからもっと抱いていてくれても良かったのに」
「いや、違うからな? これにはわけがあって……」
「まぁ私は抱かれるより抱く派だから。次は私からするよ?」
「話を聞けい!」
薫め……まったく私の話に耳を貸さないじゃねぇか。このままじゃ私が好きで薫に抱きついたみたいじゃねぇか。
「あのな、これには理由が……」
「スゥー……」
ね、寝やがった……。コイツ、私の大事な話を無視してそのまま寝やがったぞ!
もういい、今度は逆に薫に背を向けて寝てやる。今なら薫もホールドしてきていないし、体の向きを大きく変えられるしな。
薫に背を向けて寝転んだら案外眠れそうだった。なんだ、顔を見ていたからドキドキして眠れなかったのか。看病して疲れたし、これなら寝れそうだな。
一応後ろの薫にあいさつだけしておこう。
「おやすみ、薫」
そこから意識は落ちていく。その日見た夢は一生忘れることはないだろう。薫にずっと抱きつかれる夢。まさに悪夢だったな。
ちなみに次の日薫が病院に行くと結果はインフルエンザ。言うまでもなく私にもうつっていて1週間学校を休んだ。ごめんな、イチゴ。もしかしたら1番の被害者はイチゴなのかもしれない。