2話 百合営業
「はぁぁぁ!?」
「…………」
驚きの声を全力であげる私と絶句したのか無言の薫。こいつと、百合営業!?
「その反応、百合営業のことは知っていると思っていいのね?」
「まぁ……この業界にいるなら聞いたことくらいあるから……」
百合営業……それは、アイドルグループ内でアイドル同士があたかも恋愛関係にあるように見せかけること。
実際、多くのアイドルが百合営業をしていると聞いたことはある。中にはテレビに出てくるような大物アイドルも百合営業しているなんて噂もあったりと、この業界では割とメジャーな用語なのだ。
「なら話は早いわね。百合営業、よろしく!」
グッと親指を立てて私たちに向けるマネージャー。いやいや、いやいやいや、ちょっと待てって。
「あの……普通に疑問なんだけど。何で私たちが百合営業なんかしないといけないわけ?」
これまで約1年やってきたことをほっぽっていきなり百合路線に舵をとる意味がわからないんだけど。
「知っての通りウチの事務所って大手でしょ? トップアイドルの[アップる]だって抱えているわけだし。でも今まで百合営業をさせたことなんて一度もなかった。そこでお偉いさんがね、事務所で抱えている中堅アイドルの中から百合営業を試しにやらしてみようって言い出したのよ」
「なるほど……つまりは私たちは実験台ということだね? マネージャー」
薫が冷たく突き放すような口調でマネージャーに言葉を投げかける。でも確かにそうだ! まるで私たちを実験台のように扱うなんて認められない!
「い、いやそういう訳じゃ……め、メリットもあるのよ? 百合営業をしたグループには新規ファンが増えるというデータもちゃんとあってのお偉いさんたちの案なんだから!」
必死に違う違うと言い張るマネージャー。メリットがあるデータはあるとしても実験台は実験台じゃん。それによりにもよって薫と百合営業って……。
チラッと横目で薫の顔を見る。まぁ……顔はいいよね。クールビューティ、認めたくはないけど確かにそうだ。黒髪も綺麗だし肌も綺麗。完ぺきな美少女ではある……って何意識してんの私! キモいキモい!
「だ、だいたい! 薫と百合営業なんて死んでもゴメンなんですけど?」
「ほう。久しぶりに意見が合ったじゃないか明日香。私も明日香とだけはやってられないね」
この……! やっぱりコイツ、仕事モード以外では最低だ! 絶対に百合営業なんて上手くいかないって!
「あんた達よく1年近くやってこれたわね。信じられないくらい仲悪いじゃない」
マネージャーは呆れている様子だけど何かメモを取り出した。何だろう……本能がアレを書かせたらマズイと感じる!
そう思ったら次の行動は早かった。マネージャーからなんとか紙を奪い取ろうと動くけど流石は若手マネージャー。俊敏な反射神経で私の手を避ける。
「ふふん。残念だけどね、これはもうお偉いさんたちの中では決定事項なの。もうこうなった以上あなた達には百合営業をする以外の道は残されていないわ!」
メガネを光らせてドヤ顔をするマネージャー。くっ……もう私には諦めることしかできないの……? でも薫なんかと百合営業だけは絶対に嫌!
「ねぇ何とかならないの? 薫と百合営業とか本当に無理なんですけど」
「無理よ。もう決定事項だから。とりあえず落ち着いて座りなさい。これからやるべきことを伝えるから」
私も薫も興奮して立ち上がっていたことに今ごろ気がついた。もう覆らないのか……仕方ない。と薫も私も諦めて席に着く。
あくまでこれは実験。もしかしたらすぐに終わるかもしれない。というかそれだけを頼りに生きていくしかない。
座ったところでマネージャーから資料が配られた。やけに分厚い……もしかしてこれお偉いさん達かなり期待してない? ……いや、気のせいでしょ気のせい! こんなのすぐ終わるって。そう信じてないとやってけない……。
「じゃあ説明するわね。これから2人には百合営業。つまり恋人のようにイチャイチャしてもらうわ。もちろん人目のつくところでね。なんでかわかる?」
人目のつくところで薫とイチャイチャを……? オエッ、考えただけで気持ち悪い……。
「いっぱい人の目につくためでしょ?」
「半分正解。薫はわかる?」
チラッと横目で薫の顔を見るといつも通り冷静な表情だった。もっと薫の方が嫌がるかと思っていたのに。大人だな……薫は。
「週刊誌に目をつけられることかな。この大アイドル時代と同じく、大週刊誌時代でもある。今や新聞やテレビより週刊誌の情報を信じる人も多いからね。つまり、あえてスクープされよう、ということだろう?」
「正解! 満点よ!」
ほへぇ〜……ワザと週刊誌に載って話題性を集めるってことか。で、それを見た百合好きの人たちが新たに私たちのファンになる……と。
まぁ偉い大人達がしっかり考えた計画だから当たり前なんだろうけど、意外にちゃんとしてるなぁ。
「じゃあ1ページめくってもらえるかしら」
言われた通りペラっとページをめくってみる。目次か。なになに……『イチャイチャお家訪問大作戦』『イチャイチャ遊園地デート大作戦』『イチャイチャお忍び旅行大作戦』……ってなんだこれ!?
「何これ! 頭悪そう!」
「こらこらそんなこと言わないの。偉い人たちが飲みの席で考えた名案だらけなんだから」
「半分遊んでるだろそれ!」
くっそ……遊び半分で私たちのアイドル人生を決めやがって。でも事務所のお偉いさん達の案だから逆らうこともできないのか。
やっと掴んだ夢のアイドル。厳しい戦いを経てやっと中堅と呼ばれるまで来たんだ。こんなところで引き返すわけにはいかない!
「……わかった。やるよ。やればいいんでしょう? 正直嫌だけど……恋人のフリくらいやってやるわよ!」
いつかは女優にも……と思っている私にとってはこれはチャンスでもある。上手く恋人を演じることが後々いい影響を与えてくれるかもしれない。
それにお偉いさん達に媚を売っておくことは大事だしね。もしかしたら気に入られてゴールデンのテレビに出演できたりなんかして……。
そんな妄想をしていないとやっていられなかった。