19話 添い寝のお誘い
7時まではまだあるな。ここで一睡しておくくらいがちょうどいい気がする。なんの医学的根拠もないけど。
「少しは寝れそうか?」
「明日香が頭を撫でてくれたなら眠れるかもね」
またコイツは変なこと言い出しやがって。いや、この薫の真剣な表情……まさかガチで言ってるのか?
薫の表情はからかっていたり煽ったりしているような表情ではない。真剣に、私に頭を撫でて欲しいと訴えているような表情だ。ま、マジで?
普段なら「冗談じゃない、寝てろ」って言うところだけどコイツは病人だしな……少しくらい甘やかしてやってもいいか。
「はぁ。わかったよ、撫でてやるから寝ろ。な?」
「えっ」
「いやなんだよ『えっ』って。薫が言ったんだろ?」
なんで心底意外そうな顔してるんだよ。病人だから仕方なく要望通りにしてやるって言ってるのに。
撫でてやるために手をあげると薫はビクッと肩を震わせた。
「な、何だよ。嫌なら嫌って言えよな……」
「い、嫌ではないよ。ただすんなり受け入れられてびっくりしているというか何というか……」
なんだよ薫らしくもない。もっと堂々と撫でられればいいものを。
ジリジリと手を薫の頭に近づけていくにつれ薫がプルプルと小刻みに震えだした。まるで家に来て1日目の猫を撫でるみたいだな。
ポンと薫の頭に手を置く。サラサラの髪に沿うようにしてなでなでしてやった。
「どうだ? 寝れそうか?」
「あ……うん」
掛け布団をついに目までかけてしまった薫。まったく表情が読めないんだけど。今どういう感情なんだ?
とりあえず眠れるようにゆっくりと優しく撫でてやるか。
「案外、心地いいものだね」
「そうか? それならまぁいいんだけど」
せっかく撫でてやったのに「下手」とか言われたら普通に傷つくしな。心地いいと思ってくれたならやった甲斐があったってもんだ。
「明日香は本当に惑わせてくるね」
「ん? どういう意味だ?」
惑わす? わからん。まったく意味がわからない。
「なんでもないよ」
どうしたんだ? 熱で頭がボケちゃったのか?
しばらく頭を撫でていたら薫の小言は減っていき、次第に小さな可愛い寝息へと変わっていった。ようやく寝たか。手間のかかるやつだな。
ってか目の真下まで布団をかけていたら寝づらいだろ。少しズラしてやるか。
ほんの少し、薫にかかっている布団をずらしてやる。口が出るくらいまでズラしたところで、やっぱりコイツは美人だと再確認した。寝顔がパーフェクトに可愛い。くそ、ずるいな。写真撮って待ち受けにしてやろ。白目の写真をアップした罰だ。
寝ている薫の顔をパシャリと一枚。うん、可愛く撮れた……って白目の写真の報復が普通に可愛い寝顔の写真をアップするわけでもなくただ撮るだけって、それ報復になってるのか? まぁいいや。とりあえず待ち受けに設定設定。
試しにスマホの電源を再起動させる。再起動した瞬間、画面にはすやすや寝顔の薫がアップで表示された。ぷっ、なんか面白いな、これ。
さてさて遊びはそろそろ終わりだ。ご飯の準備でも始めますかね。といっても卵うどんはササっと作れるからそんなに気合を入れる必要はないんだけどな。
卵うどんを作り始めてから数分、いい香りが立ってきたころに薫が目を覚ましたようだ。ベッドからゴソゴソと音が聴こえる。
「む……寝てたか」
「どう? 寝たら少し良くなったか?」
寝ぼけと熱の辛さが混ざったようでトロンとした表情の薫。まだ質問には答えられないかなと思ったけど一応首を縦に振って反応してくれた。
ちょうどいいタイミングで起きてくれたな。卵うどんが完成した後に私から眠る薫を起こすのは正直気がひけるし、自分で起きてくれてよかった。
「よし完成っと。ほれ、食べられるだけでいいから食べてみ?」
何かはお腹に入れないと回復も遅くなるしな。残してもいいと付け加えることで無理させることも防げたし、わりと完ぺきだろ私。
「お、上手にできてる」
我ながら良い完成度。優しい味わいながら物足りなさは感じさせない。卵うどん界でもトップクラスの完成度……って勝手に思っている。
「……本当だ、美味しいよ明日香」
ひと口食べたら少し元気になったようで、さっきより目が開いた薫。私の料理で元気になれたのなら良かった良かった。
「しかし意外だね、明日香に得意なことがあっただなんて」
「……嫌味を言えるくらい回復したか。じゃ帰るぞ」
「じょ、冗談だよ明日香。悪かったって」
焦って私の袖を掴む薫。そんなに一人でいるのが嫌なのか?
そういえば薫って薬とか持ってるのかな。市販のでもいいから飲んでおいた方がいい気もするけど……。
「なぁ、薬って持ってるのか?」
「いや、ないね。明日病院に行ってもらってくるよ」
そうか……私が今から薬局に行って買ってきてもいいんだけど下手なことしたら悪化させかねん。体質に合う合わないもあるしな。
結局卵うどんは半分くらい食べた薫。少しはマシになったかもな。このまま明日は自分で病院に行けるくらいに回復してくれるといいんだけど。
洗い物を済まし、ふとしたことに気がつく。あれ、私は今日どこで寝ればいいんだ? 薫って一人暮らしだし、もちろんベッドは1つ。ソファーらしきものはこの部屋では見たことない。客用に布団とか持ってるのかな。流石に布団もなく私を泊めたりしないよな?
「なぁ薫、客用の布団ってどこにあるんだ?」
「ん? そんなものないよ」
……は? じゃあコイツは私をどこで寝させる気なんだ? まさか床で寝ろって言うのか? ナチュラルに鬼畜じゃねぇか。
「んじゃどこで私は寝ろっていうんだよ」
そういうと薫は不思議そうな顔をした。……なんか変なこと言ったか? 至極真っ当な質問をぶつけたつもりなんだけど。
すると薫は掛け布団を少しだけペロッとめくった。
「おいで明日香、一緒に寝よう」