16話 お見舞い大作戦③
本来ならすぐ帰ったほうがいいだろう。インフルエンザかもしれないくらいの高熱だし、うつる可能性が高くなる。でもここまで弱った姿を見せられるとな……。
「わかったよ。側にいてやるから早く寝ろ」
「……ありがとう、明日香」
そう言って安心した表情になる薫。まぁ、熱の時って誰かがいてくれると安心するよな。
マネージャーとアイコンタクトを取って、マネージャーは帰らせることにした。何人もいられたらゆっくり眠れないだろうし、ここは私一人だけの方がいいだろ。
さて、薫が寝た後私はどうすればいいんだ? まさか鍵をそのままにして帰るなんて怖いことはできないからずっといるしかないのか。
「眠れないね」
ボソッと薫が呟く。すぐ寝てくれるものだと思ったけど予想が外れたな。
「何か欲しいものでもあるか?」
そう言うと少し悩むような素振りを見せる薫。何かを欲しがるようには見えないけど……
「そうだね、明日香が側にいてくれるならそれでいいかな」
「そ、そうか」
やけに素直だしやけに甘えてくるから調子狂うな。病人だから気持ち悪いとか言えないし。これならいつもの薫の方がいいかも?
でもこれくらい素直な薫なんてもう二度と見られないかもしれないレベルのレアなケースだろ。病人じゃなければ楽しむんだけどなぁ。
「濡れタオルとかいるか?」
「そうだね。よろしく頼むよ」
なんか普通に看病コースに入ったな。まぁいいんだけど。タオルタオル……はタンスの中か? とりあえず上から開けていくか。
「あ、そこは!」
「へっ?」
薫が声をあげる前に1番上のタンスを開けてしまった。中には……パンツがたくさん。おお、パンツ天国や。ファンならたまらないだろこれ。
あえて余計なことを考えて変なことをしないという作戦。そっと見なかったことにしてタンスを閉じる。……イメージ通り黒系のパンツが多かったな。って違う違う、忘れろ!
「み、見なかったことにしてくれ。あとタオルは1番下のタンスだよ」
「あ……うん。なんかごめん」
別に相方のパンツを見たくらいなんてことないはずなんだけどなぜか変な空気が流れる。その嫌な空気を吹き飛ばすためタオルに浸す水は全力全開フルパワーで蛇口をひねった。ジャーーって音が気まずさを晴らしてくれる……気がする。
タオルを冷たい水に浸しながら頭の中では見えたパンツを身に纏う薫を想像しては首をブンブン振るを繰り返していた。何をこんなに思い出してんだよ……。相手は薫だっての。
十分に水を吸ったタオルを9割くらいの力で絞る。少ししっとりしてるかな? くらいのところで絞るのをやめて薫の元へ。
「ほれ、おでこに乗っけるぞ」
「あぁ。ありがとう」
すんなりと受け入れる薫。やっぱり小言を言ってこない薫は慣れないな……。タオルをおでこに乗っける時ほんのり指が触れたけどまた少し熱が上がっている気がするな。
タオルをおでこに乗っけたまま、特に目を閉じたりすることなく横になっているだけの薫。寝付けないのか?
「……午前中寝続けていたからか眠れそうにないね」
その気持ちはわからなくはない。寝なきゃいけないのはわかってるんだけど、風邪の日ってお昼くらいに寝れなくなるんだよな。午前中ずっと寝ることなんて健康的な普通の生活サイクルではあり得ないことだから体がビックリしてこれ以上寝させてくれないんだろう。
「じゃあ話でもするか? 薫の体力があるならでいいけど」
「……うん。お願いしようかな。特にこの1週間での成果は知りたいところだね」
というわけで薫の家に来る前に事務所で聞いた今週の成果を隠すことなく薫に伝えた。
大手週刊誌では超小さく欄外に書かれていたこと、中堅や小さい週刊誌ならそこそこ大きく写真付きで報じられていたこと、その影響かファンクラブに入ってくれる人は少し増えたこと。すべて伝え終わると薫は安心したのかホッとした表情になった。
「一応効果はあったということだね。今後が楽しみだ」
病気で心も弱ってるはずなのにわりと前向きな発言をする薫。すごいな。弱ってるのか弱ってないのかよくわからんぞ……。
ここからしばらく無言の時間が続いた。このまま薫が寝てくれればいいんだけど、寝付くまでには至らないようで目を閉じたり開けたりしている。弱っている薫には悪いけどちょっとその仕草は可愛かった。
「む……やっぱり眠れないね」
時刻は午後3時。もう薫の家に来てから2時間も経っている。本当の恋人だったらいい雰囲気になるのかもしれない時間帯だな。恋人いたことないから知らないけど。
「少し、無駄話をしてもいいかな?」
「雑談する余裕があるなら別にいいけど」
何だよ改まって。いつもは前置きなんかせずに勝手に話を始めて気がつけば私をチクチク攻撃してくるくせに。
「なぁ明日香、君は私のこと、嫌いかい?」
「はぁ?」
なんだその質問。めんどくさい恋人かよ。まぁ嫌いといえば嫌いだよな。攻撃してくるし、嫌味ったらしいし。でも風邪だしなコイツ。あんまり本音でズバッと言っちゃうとかわいそうか? 仕方ない。なら……
「嫌いじゃねぇよ。私たちはチームだろ?」
ちょっと優しい言葉をかけてあげるくらいがちょうどいいかな? まったく、普段言われている嫌味のことを考えたら私は女神級に優しいことになるぞ?
この言葉に薫は「そうかい」とだけ返すかと思った。でも、意外にも何も返さずに時間が過ぎていった。