1話 新プロジェクト
満員の観衆、ほとばしる熱気、注がれる視線、容赦無く照らしてくるスポットライト。それらに煽られて、私たちのライブは始まる。
私たちは一人じゃない。隣にはもうすぐ1年の付き合いになるパートナーがいる。
誰にも聞こえない声量で、そっと相方に呼びかける。
「……行くよ、薫」
「いつでもどうぞ、明日香」
スゥーっと息を吸い込む。心臓のドキドキは止まらない。でも不思議と、今の私はなんでもできる気がした。
「「feliz、ミュージック、スタート!」」
ここから約3時間に及ぶライブの、幕開けだった!
世はまさに大アイドル時代。少女たちは皆アイドルを目指し、たくさんの少女たちがアイドルになる時代。
これは……私たち中堅アイドル「feliz」が送る、苦悩と、青春と、ドキドキと、ワクワクををぎゅっと詰め込んだ物語だ!
◆
「なぁ〜〜んか伸び悩んでるのよね〜」
大手アイドル事務所、その5階の小会議室で悩み節をあげるのは私たちのマネージャー、花守ひなた。26歳。
私たちとは10歳しか離れていない若手マネージャーで、事務所からの信頼も厚い。
赤い眼鏡をクイっと指で押し上げ、マネージャーは私と薫の顔を見た。
「伸び悩んでいる……そうかい?」
そう呟いたのは私とユニットを組む薫。今日も長い黒髪を揺らし、クールなアイドル然とした佇まいで椅子に座っていた。
「先週のライブも成功したじゃん。何が伸び悩みなの?」
薫に同調して私も疑問をぶつける。
自分で言うのも何だけど、私たちfelizはそこそこの人気を博している中堅アイドルだ。結成から1年もせずにホールを埋めたんだからいい方だと思うんだけど……。
「ん〜、まぁ今までのファンはちゃんと応援し続けてくれている。それはいいことよ。でも……どうにも新規参入のファンが少ないのよね。ファンクラブ新規加入者も毎月右肩下がりだし」
そうなんだ……その辺の状況については私たちは知らされていなかったから初耳だ。
約1年前、私は根暗な自分を変えたいからとオシャレを始めた。
金髪に染めたり、ワンサイドアップの髪型にしてみたり。そうしたら渋谷でスカウトされ、憧れだったアイドルの道へ。相方の薫と「feliz」というグループを結成させられ、気がついたら中堅アイドルまでに成長していた。
ここまで順調に物事は進んでいる。このまま順風満帆なアイドル生活を……と思っていたけれど、現実はそう甘くないらしい。
ちなみに問題はまだある。それは……
「なら明日香のせいだな。君の活躍度が低いから新規参入者が少ないのだろう」
「はぁ!? アンタ何言ってんの? アンタが無愛想なのが悪いんでしょうが!」
そう、felizの相方である薫と不仲なのだ。
もちろん仕事の時は仲良しを演じていられる。でもアイドルの衣装を脱いだら馴れ合いは終わり。いつもくだらないことで言い合いをする毎日だ。
「無愛想……ね。どうやら明日香の辞書にはクールビューティという言葉が登録されていないらしい。可哀想だから教えてあげよう。クールビューティとは、私だ」
「やかましいわ!」
胸に手を当てて誇る薫にツッコミを入れる。
そう、私たちは毎日こんな感じ。薫が私を煽っては私がそれに応戦する。
世間では「金髪×黒髪の王道仲良しアイドルfeliz」と報道されているけど、実態は「金髪×黒髪の邪道不仲アイドルfeliz」なのだ。
「アンタさぁ、クールビューティ(笑)なのはいいけどもう少し私にも愛想よくしたらどうなの? 仮にももうすぐで1年の付き合いになるんだから」
そう私が言うと薫は心底不思議そうな顔をした。それに少しイラッとしたけど今はスルーしてやる。私からキレたら負けだ。
不思議そうな表情の薫はすぐにいつもの冷静な真顔に戻る。
「メリットがないね。明日香に愛想を良くしたところで何があると言うのかな?」
「ウザ」
もういい疲れた。毎日毎日こんなやりとり。これこそお互いにメリットがないじゃん。むしろデメリットだっての。
こんなに言い合いしてるってのに見慣れたのかマネージャーはずっとウンウン唸ってるし。
で、1番ムカつくのはやっぱり薫。私を馬鹿にしてニヤニヤしている。何がそんなに楽しいんだか。
「……で、マネージャーとしては何か良い案はあるのかい?」
薫がマネージャーに質問する。こういう時はやっぱりズバッと良い案を出して欲しいよね。と期待するけど……
「まったく出てこないわよ。だいたいfelizが2人ってのが問題なのかしらね〜。もう1人増やしちゃう?」
また思いつきで変なこと言うし。逆に既存のファンが離れていかないのそれ。それにこのギクシャクした関係のfelizにまた新しい風を入れるとなると……うわ、怖。考えただけで恐ろしいわ。さらにそれが薫みたいな奴だったら……ひえっ、もう考えるのやめよ。
「ふふ。何を考えているか分かりやすいね、明日香は」
「わ、悪かったわね。単純で」
何よ、コイツずっと私の顔見てんの? 怖いんだけど……。でもコイツのことだから純情な乙女心から顔を覗いていた、というよりは「隙が生まれたらいつでも食ってかかるよ」というメッセージな気がする。
なんだこの駆け引き。不毛の極みだな。
「はぁ。アンタ達ねぇ、ベタベタしろとまでは言わないけど、もうちょっと仲良くする努力をしなさいよ。もし週刊誌に不仲説なんかが載ったらどうする気?」
「うっ……それは……」
もっともな忠告だ。この大アイドル時代、当然のように週刊誌たちも盛り上がりを見せている。
やれあの未成年アイドルがタバコを吸っていただ、あのアイドルと俳優の熱愛発覚だとか。そんな話題は後を絶たない。
そんなスクープを狙ってか、最近では私たちfelizにまで週刊誌の魔の手が迫ろうとしている。中堅アイドルの宿命ってやつかもね。もう知名度も上がってきたし。
「そこはちゃんとしているつもりだよ。私は明日香と外でもきちんと話すようにする。もちろん表の顔でね」
アイドルが表の顔とか裏の顔とか言うな。ファンが真っ直ぐな夢を見られるようにするのが私たちアイドルの使命なんだから!
……おっといけない。ちょっとアイドルオタクだった頃の私が出ちゃった。今は憧れる側じゃなくて憧れられる側なんだから、もっと堂々としないと!
「まぁそれならいいけどさ。私は伸び悩みよりもアンタ達の関係が外に漏れることが心配なのよね〜。ベタベタしろとは言わないからせめて普通の仲くらいになって欲しいんだけど……ん? ベタベタ?」
何か思いついたのか、マネージャーが腕を組んで考え事を始めた。ブツブツと何を行っているのかはわからないけれど呟いているのはわかる。ちょっと怖い……けど私たちのために頑張って考えてくれているわけだからその気持ちを無下にするわけにもいかないよね。今は見守ることにしよう。
「ふふ……2人とも、最高の案が出てきたわ! とりあえず上司に送るから決まったらまた呼ぶわね。今日はこれで解散よ!」
「えっ、もういいの? 2つ目の案とか出さなくてもいいわけ?」
いつもなら2つ3つ良い案を出してから解散するのに。こんなこと今まで無かったけど?
「大丈夫よ。これは事務所も推し進めようとしていた計画の一環だから。ちょうどピッタリよね。うんうん、これから頑張ってもらうわよ?」
なんかすごい自信だしちょっと怖いけど……まぁそれだけマネージャーが胸を張って提案したものなんだから信じよう!
「……じゃ。帰るからね。クールビューティさん(笑)」
「あぁ。どうぞご自由に」
くそっ。いつも通り涼しい顔して効いてないアピールしやがって! マジでムカつく!
ムカムカした心のまま髪を下ろしてから必需品のマスクをかける。事務所の外に出る前にこうしておかないとちょっとした騒ぎになることもあるしね。この前駅で人だかり作っちゃったし。
そう、私たちは何度も言うけどそこそこに人気なのだ。他のアイドルとは違って男女問わず人気を集める。それが私たちfeliz。って今読んでるネットニュースに書かれている。
初めてネットニュースに自分の名前が出た時は衝撃だった。たしかニュースのタイトルは「宮野明日香×泉薫、今話題の人気アイドルに迫る」だっけ。未だにスクショを見返したりするくらい嬉しかったなぁ。
今日も電車内でネットニュースのアイドルの欄を見ているとマネージャーからfelizのグループにメールが届いた。まだ解散してから20分くらいなのに。もう話通ったのかな。
<お疲れ様。さっき私が言ってた良い案なんだけどね、ちゃんと通ったわよ。明日は2人とも学校休みよね? 10時に事務所に来てちょうだいね>
10時か……朝から薫と顔を合わせるとなると重いなぁ。まぁもうプチ喧嘩にも慣れたからいいけどさ。
とりあえずマネージャーへの返信として<おけ>とだけ送っておく。
この金髪、ワンサイドアップの髪型から想像つく人も多いかもしれないけど私は一応ギャルっぽさで売っているところもある。そこに薫っていうクールな真面目ちゃんが加わることでいいギャップが生まれてfelizは人気が出た……ってマネージャーが言ってた。
薫からは返信はまだなしか。まぁ別にどうだっていいんだけど?
スマホの画面に釘付けになっていたら自宅の最寄駅を乗り過ごしそうになった。危ない危ない。駅から歩いて3分。ようやく癒しのマイホームへ。
「ただいま〜」
返ってくる声はない。それもそのはず。私はアイドル活動をするために1人で上京してきたから。
まぁここはセキュリティもちゃんとしてるし……ってことでお母さんとお父さんも明るく送り出してくれた。アイドルになる! って啖呵切ってた頃は衝突も少なく無かったけど今ではすっごい感謝している。
「さ、飯食って明日の準備すっか!」
当然宿題は後回し。面倒だしキャラに合わないからね。根暗時代も宿題はやってなかったんだけど。面倒だし……っていう理由の方が強いのが正直なところです、はい。
私の部屋は事務所の最寄駅からは4つ、通っている学校へは徒歩で行けるという最高な環境なのだ。いい環境もらったっしょ。
コンビニで買ったお弁当を食べたら至福のアイドルタイム! テレビに映るトップアイドルたちを眺めて憧れを抱くのが日課なの。
「はぁ〜、[アップる]可愛い〜♡」
いつか私もゴールデンタイムに放送されるテレビに出られたらなぁ。そのためには今日マネージャーが言ってたように新規のファンをたくさん取り込んでより有名に、より人気にならなきゃダメなんだよな。
テレビを見てようやくマネージャーが悩んでいた理由が理解できた気がする。
テレビに釘付けになっていたらいつのまにか時刻はもう午後9時半。そろそろ寝る準備しないとな。
普通の高校生たちと比べたら早すぎる就寝時刻かもしれないけど夜更かしはお肌に悪い! アイドルとしてこういうところはしっかりやっていかないとな。……コンビニのお弁当を食べていたのは内緒にしよう。たまには良いだろ、たまには……。と誰に聞こえるわけでもない言い訳をしながら布団に入る。
明日はどんなことを言われるんだろうか。ちょっとワクワクする。新曲を作る? 衣装を新調してみる? どんなやり方で新規ファンを集めるのか……期待しかない。だってこれが、私がずっと望んでいたアイドル活動だから!
目覚ましの音で目がさめるということは寝坊の心配はなさそうだな。時計を確認するとちゃんと目覚ましを設定していた朝8時ジャスト。うん、狙い通りの起床時刻だ。
スマホを確認するとようやく薫から返信が来ていた。なんだよ朝の3時に返信って。まさかその時間まで起きてるのか? その上であんなに肌綺麗なのか? だとしたらムカつく。ムカつきすぎて殴りたくなる。
トーストにブルーベリージャムを塗って食べる。うんうん、新しいことを告げられるに相応しい爽やかなモーニングだ。
食べ終わって顔を洗って歯を磨いて変装したら準備完了。さて、どんなワクワクが待っているかな〜? 楽しみ!
電車に乗って4駅、事務所のある渋谷駅に到着。さて歩いて行こうかねってところで……
「げっ!」
薫を発見してしまった。しかもバッチリ目が合ってるし。
「おはよう明日香。良い天気だね」
目があった瞬間にニコッと笑って挨拶してくる薫。その顔が美人すぎて自然と顔をそらしてしまう。
「う、うん。そだねー……」
コイツは基本的に外では良いやつなんだ。昨日の話題にも出たように私たちは週刊誌に都合の悪いことをスクープされるわけにはいかない。それは薫もわかっているからこそあの態度は事務所内や2人きりの時だけに控えている。
「今日はいったい何が発表されるのだろうか、楽しみだね明日香。君となら何だってできるさ」
「お、おう……」
流石クールビューティ薫様。これはこれで逆に私をからかってるんだろうけど通行人から「おぉ〜」と歓声が上がる。薫の中では自分たちの売り込みも兼ねているんだろう。
まぁぶっちゃけ仕事モードの薫はすごく頼りになるし……あんま褒めたくはないけどカッコいい。女性ファンが増えるのも頷けるクールビューティさだ。でもなんか調子狂うんだよな。
そんなこんなで歩いてようやく事務所に到着。仕事モードの薫の横にいるとMPが減ってる気がするんだよな〜。まぁプライベートモードだとHPが下がるんだけど。勘弁して欲しいわ本当。
いつもの場所になっている5階の小会議室へ足を運ぶともうすでにマネージャーが座っていた。なんかいつにも増して偉そうなんだけど。知的キャラを演じたいのか時折クイっとメガネを手で押し上げている。
「よく来たわねあなた達。さ、座って座って」
言われた通りに座る薫。それに続いて私も横に座った。
さぁ……これからようやく発表されるんだ! 私たちのこれからの新たな取り組み、チャレンジが! きっとキラキラしていて毎日が楽しくなるような、そんなチャレンジが!
「私、もったいぶるのはあまり好きじゃないから率直に伝えるわね。よく聞いてね、あなた達は今日から……」
ドキドキ……心臓の鼓動がやかましい! でもそれも悪くないと思える。だってこれはワクワクだから!
「百合営業をしてもらいます!」
……………………は?
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