木剣、握りしめて
ラルアハは心配していた。
イムルの剣術が上達しないのだ。
領主としては、剣術の腕がイマイチでも、それは何とかなるところはある。
剣術が無くとも、対竜戦の方法は様々あり、今ではより効果の高い兵器が開発されている。
が、しかし、だ。
剣術はすべての基本と位置付けられているところが大きい。
戦闘能力面では、言うまでもないが実力がそのまま戦闘力に直結し、対人戦でも勝敗が明確にわかる。
その他、意外に重要視されるのが、知覚能力面だ。
自身が武術を修めることにより、相手の技量を正確に把握できるようになる。
これが重要なのだ。
領主たるもの敵対した者の実力を瞬時に察知し、対処をする必要がある。
たとえ自分が対象を捌けなくても、それに対応できる達人が用意できれば事足りるのだ。
イムルの政治能力は心配していなかったが、物理的な危機を察知、把握し、適切に対処するために剣術は必要と考えていた。
屋敷中央広場の稽古場。
少し寒くなってきた。木剣を握る手が痛い。
14歳のイムルは不満だった。
「父さん、もう、いいでしょう」
「何が、いいんだ」
「剣術は主に対人戦で必要となる技術です、今の敵は竜です、竜のほとんどは飛竜です」
「だから?」
「剣では、飛竜に刃が届きません、対飛竜戦の訓練をさせてください!」
「本当に?」
「だから、私は! 人を傷つけたくないんです! 人を傷つける技術を学びたくは……ないのです……人を切ると血がこうドバっと出て……それは悲惨なんです……」
「お前、色々勘違いしてるな」
「え?だって剣って人を切る為のものでしょ……」
「はぁ……何から説明すべきか……まず……」
ラルアハは、項垂れるイムルの姿勢を正して仕切り直した。
「1.剣は人を守るためにある」
「それは……詭弁だ! 剣をふるえば相手は傷つく」
「まぁ、聞け」
「むぅ……」
「2.敵は飛竜、地竜等の竜種族だけではない」
「え……? 竜以外に……もしかしてお伽話に出てくるような、鬼とか?」
「まぁ鬼と言えばわかりやすいか……、そろそろお前にも話しておかないといけないことがある、人の敵は……結局のところ、人だ」
「いやいやいや、人と人が争うなんて……そんなことしたらトクルが無くなって生きていけなくなるでしょ」
「この世にはトクルを放棄した人間がいるんだよ」
「そんなことしたら食料を買えないよ?」
「奪えばいい……」
「!? 奪……う……それは口に出すとトクルが減る禁句です……」
悪事を口にしただけでトクルが減少することは殆どない。
ただし、口にして相手を傷つけた場合は減少することがある。
この世界では、悪い事は基本的に言わないようにしている。
悪い言葉を話すとトクルが減る、は諺のようなものだ。
「あ……もしかして……最初からトクルが無ければそれ以上減らない」
「そういうことだ、トクルを放棄した人間は常に禁じられた行動がとれる」
「……俺そんなの……考えた事がなかった……」
いや、正確に言うと考えたことはあった。
トクルを稼がない存在、アコが身近にいたからだ。
「トクルを放棄した人間、通称シャドウ、こいつらは食料を奪ったり子供をさらったり色々悪事をしている、そしてお前が生まれたとき教会がアコとお前を連れ去ろうとした理由」
「……!!! ……まさか俺たちがシャドウだと?」
幼少の頃に村の連中が奇妙な目で自分たちを見ていたのはそういうことだったのか、と知った。
「……アコはまだ8トクルを貫いてます……大丈夫なんでしょうか……」
「相当危ない、村の連中が目を光らせているからまだ安心できるが……まぁ、この国の国民性もあって教会に勤めてる連中も大分適当な人材だからまだ放置されているといったところか」
「あの……本当に大丈夫なんでしょうか……」
「話、戻すぞ、人間の敵はシャドウ、これはお前が士官学校に入学すればいずれ学ぶこととなる、あと教会は基本的には味方だからな」
「分かりました…民をまもるため、アコをまもるため、行く行くは剣が必要になると」
「まぁ、そうだ、教会は味方だからな、一応、……敵視するなよ、アコにアクセントをつけすぎててバレてるぞ」
その後シャドウの基本的な情報をラルアハから聞いた。
アルゼルート領北に未開の地があってそこに根城があるであろうということ。
どうやらこの世界の体制の崩壊を画策しているであろうということ。
そういう奴らからアコを守る。
そう考えるとイムルの顔つきが変わった。
「じゃあここで、俺をそのシャドウと見立てて、打ち込んで来い」
イムルは木剣の握りを変えた。
柄をつかむ手の間を教えられたより少し広くとり、小指の力を強め、逆に人差し指の力を
抜き上段に構えた。
「こいつ……」
ラルアハは教えた事と違う構えをとるイムルが気に入らなかった。
こいつは何でも自分流でやろうとする。
そんな雑念が沸いたせいか、気が付いた時にはイムルの木剣は流れるようにラルアハの頭上へ降り立とうとしていた。
木剣の軌跡はまるで扇のように広がり、その動きは単純な速さではない、奇妙さをラルアハに感じさせた。
一瞬、見とれたのだ。
遠い異国の妖艶な舞を見たかのような感覚に陥った。
が、すぐに目をさました。
そこは、剣でのし上がってきた領主の意地であろう、体が自動的に防御姿勢に入り、舞う木剣を食い止めた。
(なんだ……この違和感、俺が教えた剣筋じゃない……?)
ラルアハの鼓動が早くなった。
昨年、災厄級の地竜メキドアの襲撃があった。その竜と対峙したときの鼓動と同様か、
あるいは、それ以上であった。
恐怖?興味?良く分からなかった。
考えてもしかたがない。今は自分自身を収めるだけで精一杯だった。
「やっぱ本気出しても父さんには一太刀も浴びせられないね」
一呼吸おいて落ち着きを取り戻した後、思い出したようにラルアハは言った。
「最後に」
「まだあるんですか?」
「お前は勘違いしているようだが、俺の刃は飛竜に届く」