アコの愛
アコはいきなりの求婚に少し驚いてみせたが、基本的にはその静かな笑みを崩すことは無かった。
「なんで、あたしなの?」
「なんでって、いつも一緒にいるでしょ?」
「でも、別に私はイムルに何かしたってわけでもないし……」
「でも、いつも一緒にいてくれてるでしょ?」
「いつも一緒にいてくれるのは、イムルの方でしょ?」
「え、アコが一緒にいてくれてたんじゃないの?」
「もう……」
二人は、生まれたときから、いつもこんな感じだ。
好奇心旺盛なイムルに対して、アコはいつも静かに佇んでいるだけだった。
出生時所持トクル量が極端に低かったこともあり、彼らを見た村人は、最初こそ気味悪がったが、領主ラルアハの人徳や、イムル自身の熱心な善行の積み重ねによって次第に二人はこういうものなのだと分かり、あるエピソードがきっかけでこの二人がアルゼルート領の奇跡の子だ、と認識するようになった。
彼らが10歳頃、一日一善を必ず行うイムルに対して、アコは毎日、何もしなかった。
アコの両親は、教会かばってもらったラルアハへの恩や、同じ境遇のイムルの頑張りに対して引け目を感じ、アコにもっと頑張るよう叱ったが、それでも、アコはただ、ひたすら静かにほほ笑むだけだった。
生まれてから10歳までに貯めるべきトクルは約400、そこからは少しペースをふやし16才の成人までに1,000を貯められれば、相当立派とされる。
そんな中、現在のアコのトクルは8。生まれたときのトクルが3。
稼いだ5はイムルが強引にアコに譲渡したものだった。
バシィ!!
アコの何もしないさまを見て腹を立てた父親はついにアコに手をあげた。
「お前は、受けた恩を忘れて、なぜトクルを積むことをしないんだ」
その周りには村人やイムルがいた。
この世界では、親が子供に手をあげるのはかなりの罪となる。
場合によっては年単位で稼ぐトクルがその行為への罰則として消費される。
それでもなお、アコの父は手をあげることを選んだのだ。
イムルの前で手をあげたのも、彼らへの恩義に引け目を感じていたということ自体を伝えたかったのかもしれない。
いや、そんなこと説明せずとも周りの村人はアコの父親の苦悩を分かっていた。
ここは、こういう世界だ。
「ごめんなさい。お父さん」
父親に手をあげさせたという事実は、常に冷静なアコもさすがに動揺した。
「私、お父さん……悲しませてた……ごめ……んなさい……」
「ア……アコ……すまん! すまんーー! ああああああ」
イムルを含めて、この二人を見守るしかなかった。
一通り泣いてアコのしゃっくりがやんだころ、彼女は言った。
「私が善行を積むと、イムルの分が無くなっちゃうから、私はみんなが感動しないけど、でもちょっとだけやっておいた方が良い事だけをするわ」
この瞬間、この村の温度が上がった。
感覚的にも物理的にも。
トクル取引時の暖かな光が辺り一帯をつつんで二人を囲む村人のトクル値が上がったのだ。
トクルが上昇する条件はいくつかあるようだが、全てが解明されているわけではない。
アコの台詞にある通り、人間の感動にそのトリガーがあるようだ。
感謝を引き起こす行為ほどトクルを稼ぐことが出来る。
善行、困っている人を助ける。助かった人が感謝する。助けた人のトクルが上昇する。
市場でリンゴを買う、リンゴを手に入れた人が感謝する。リンゴを売った人のトクルが上昇する。
物を取引する場合、それに財産価値があれば、それに対応するトクル量が移動する。
どうやら行動が人に認識されることが重要であり、一方で人の感動が介在しない善行ではトクルを稼ぎにくいという側面があった。
街へいけばそこは綺麗に整備されているものの、そこの清掃活動に関しては、自発的に行うというよりかは、清掃活動時間を設定し奉仕活動を行っていることを街全体が認識することで、活動による取得トクル量を確保する必要があった。
このような状況下、この時の現象を奇跡が起こったとして、村はこの二人を奇跡の子と呼ぶようになった。
……ただ、このような中でもアコのトクル値は上昇しなかった。
まるで彼女自身がトクルの上昇を抑えているようだった。
ずっとこんな調子であったので、あえてイムルはアコを選ぶ理由を考える必要もない。
必然だった。
イムルは、自分が稼いだトクルはアコのものだし、領地の民全員のものと考えていた。
イムルは金銭としてのトクルではなく、通貨の機能としてのトクルへの興味が強く、
巨額のトクルを動かしてみたい……という思いはあるが、それを自分の為に独り占めしたいと思うような男ではなかった。
アコに対してもトクルを稼がない姿勢は逆に興味をそそられるものであり、人はトクルを稼がなくても生きて行けるのか、という興味をかきたてられたし、何より村人に奇跡を見せるアコの方が自分よりも何倍もすごいと思っていた。
そんな中イムルが12歳でアコにプロポーズをする理由は、16才になる前に1,000トクルの婚約指輪をもってプロポーズをした事例が確認できなかったからである。
純粋に彼女を驚かせたかったのだ。
――
まぁでも案の定、予想通り、彼女の反応はそっけなかった。
「そう、ありがとう…」
「え?どっち?」
「いいよ、結婚」
「っしゃ~~~~」
このような感じだった。
ただ、イムルはそれがとても幸せだった。