イムル、運命に打ち勝つ子、エヌトルフォに降り立つ
僕はイムル・アルゼルート。
トルス州アルゼルート地方を預かるラルアハ・アルゼルート男爵の第一子だ。
今年で、12歳。
色々なことに好奇心を持って、いつもそこら中を駆けずり回って……最後にはお父さんに怒られる。
そんな平凡な12歳だ。
この世界はすばらしい。
晴れの日は草木も、虫も、流れる川も、空も、全てが光り輝いて毎日僕を迎えてくれる。
いや、雨の日だって大好きだ。
雨の日に外に出るのは怒られるけど……でも出ちゃう。
水たまりに飛び込んだり、木を揺らしてぼとぼとしずくを落としたり。
色々な事に興味を持ったけれど、中でも一番凄いと思うのは、この世界の通貨だ。
「トクル」といってその人の魂に紐ついた幸福さや、善い行いを定量化する魔法によってその価値が保証されている。
トクルは良い行いをすると増大し、悪い行いをすると減少する。
その取引履歴はこの世界の魂すべてがお互いに監視をしあって厳重に管理されていて、その所持量を改竄することはできない。
過去の大魔法使いによってその仕組みが開発されてから一度も不正を許したことが無いのだ! これはすごいことだと思う。
まぁ、不正と言ってもこの世界には「奪う」という悪い単語自体、使うことが無い。
悪いことをすると生きていけない、そういう世界なのです!
何故、僕がこのトクルに興味をもったのかって?
それは……これはお母さんから聞いた話なんだけど……僕が生まれた時のお話が関係します。
生まれてくるとき、人は一定のトクルを持って生まれてくるんだって。
大体の人は100トクル前後かな。
それは前世にどんなことをしたかで変動するみたい。
例えば、将来英雄になる人なんかは300トクルを既に持っていたりするそう。
この世界の一番偉大な王様は生まれたときに10,000トクル以上持っていたなんて逸話もあるくらい。
逆に前世で悪い事をする人は50トクルしか持っていなかったりするんだ。
じゃあ、僕のトクルはいくつかって?
……ゼロ、だったんだ……。
僕が生まれたとき、それはそれは周りの人が驚いたみたい。
教会からは僕を「呪われた子だ」って言って、差し出すようにお父さんに強く圧力がかけられたらしいんだ。
けどそんな時、お父さんのラルアハは教会に対して言ってくれたそうです。
「この子は私たちの大切な子。トクルがゼロでも積み上げ必ず立派な大人にします」
「それがかなわなかった場合はどうする」
「家族ともどもすべてのトクルを教会に開放し、来世へ旅立ちましょう」
「よかろう……」
そうして、お父さんは僕にイムル(呪いに打ち勝つ者)の名前を付けて大切に育ててくれたんだ。
僕もそれに応えるべく、毎日善行を行うことを日課に生活してきた。
一日1イムル。善行の貯金が積み重なって今日、1,000トクルの貯金が達成される。
1,000トクル。
これは成人の16歳までに稼ぐと凄いとされるトクル量だ。それを4年、前倒しで稼いだ。
そして僕は、これを達成した時、やろうと思ってたことがあったんだ……。
――
アコ。
僕と同い年の村娘。
実は彼女も生まれたときトクルが凄く少なかったから教会に目をつけられていたんだ。
この子の話も僕のお父さんが聞きつけて教会から守ってあげたんだ。
あまりしゃべらず、いつも静かに笑っている彼女だけど、小さな時からいつも一緒で、いつしか彼女のことが好きになっていた。
というか、どうだろう。
僕はもしかしたら生まれたときから彼女のことが好きなのかもしれない。
それくらい彼女にシンパシーを感じていた。
僕は、彼女に求婚する。
――
アルゼルート地方商業地。
アルゼルートは大陸の北東に位置し、気候としてはやや寒冷だが、平地が多くかつ土の質が良く農作物が取れる。
地方への食糧庫としての役割を果たしており、衣料や民芸品等は他地方からの仕入れがメインである。
その為か流通用の馬車道の整備が進んでおり、街は綺麗に区画されている。
住人の気質はおおらかで、仕事が少ない日は勤務中にでも酒をのんだりする。
それが普通だからか、道端でおじさんが飲んだくれて寝転んでいても誰もおどろかないし、通行の邪魔なら、やれやれといった具合に邪魔にならないように道の端っこに寄せてあげたりする。
まぁとにかく、街は色々な人が出入りし賑わっているが、何事にも大雑把という表現が良く似合う長閑な街だ。
「おおイムルぼっちゃん。今日はどうしたんです?」
「おっちゃん、遂に買いにきたよ」
「ほほほ本当ですかい、駄目ですぜ、旦那さんにどやされちまいます」
「いいんだよートクルなんてすぐたまるんだからさ!」
「滅多なこと言わんでくださいよ! しょうがないなぁ……とほほ」
「あれ、ちゃんと確保してくれてたよね」
「ありますよ、まったく」
「じゃあきっちり1,000トクル、受け取って」
「はいはい、分かりました……」
店中に暖かな光が満ちてイムルと店主を包む。
光は銀の婚約指輪を金色に光らせ、まるでその価値を確かめるように指輪の輪郭をなぞった。
その後、イムルの額から更にまばゆい光が発生し…店主に移動した。
取引の成立だ。
「あれ900トクルしか減ってないよ!」
「100トクルは、あっしからのお祝いです」
「だめだよー!婚約指輪は1,000トクルって相場がきまってんじゃん!」
「だめなのは、坊ちゃんの方です。会計法上相手を0トクルにする取引は禁止されてるんです、ちゃんと勉強してください、それにその指輪の額面はちゃんと1,000トクルですから心配せんでください」
「そ、そっかーありがとおっちゃん、この借りは必ず!」
――
街のはずれ。
広く見渡せる丘に大木があり、そのふもとに数件の家が建っていた
その一つの庭先でせっせと箒をはく女の子が一人。
額に汗しながら、何も物言わず、静かにゆっくりと、少しの笑みを残しつつ淡々と箒で落ち葉を集めている。
「アコーーーーーーーー!」
「え?イムル?どうしたの急に」
「これ、プレゼント」
「え? ええ?」
「俺と結婚してくれ!!!」