シスターの祈りと拠点の活気
厄災の竜の発生源はイムル達が最初に経験した竜戦のすぐ近くであった。
発生するポイントは都市部から離れたところが多く、その法則も良く分かっていない、しかしながら入学当時を思い出し、イムルは少し懐かしい気持ちになった。
その時と違うことは、初戦の撤退先であった拠点にかなりの数のテントが設営されていた事だ。
竜の発生源である草原を見渡せる小高い丘が近くにあり、水源も確保できる。
水源の近くでは既に炊き出しを行っており、芋をふかしたいい匂いがこちらまで漂ってくる。
むさ苦しい兵士だけでなく、料理を作る世話係の若い娘、野戦病院用のテントで活動する看護師等、色々な人間がいる、ここはもうほとんど街であるといってもいい。
このような中で、まず最初に青き翼の団を迎え入れたのは12歳前後と思われる若い娘であった。
「お初にお目にかかります、青き翼の団の皆さま、私はシスターをしているマリーと申します、あの、僭越ではございますが、皆さまのご武運の祈願とお守りをお渡しさせてください」
「ありがとう……シスターマリー」
クラリエが答えた。
マリーは団の人数と同じ数のお守りを6体取り出すと台座に並べた。
お守りはてるてる坊主のように綿を包んだ布を丸めて、布の端の部分を色鮮やかに着色したものであった。
これをポケットに入れて戦場に赴くことで敵からの呪いを代わりに受け止めてくれる、という寸法らしい。
イムルは懸命に祈祷するシスターの想いを感じ、竜戦の成功をいっそう硬く誓った。
儀式の後、それぞれにお守りが配られた。
「これで儀式は滞りなく終了しました、皆さまにトクルの加護あらんことを」
イムルにお守りを手渡しするときに、マリーが言った。
「イムル様、あの、私青き翼ではイムル様のファンなんですよ、貴方の剣の練習、いつも遠くから応援してました! 絶対に生きて帰ってくださいね」
「ええ? あ、ああ、分かったよ、ありがとう」
「私、ティアラのシスターなので、このことは内緒ですよ! では、頑張ってくださいねー」
マリーの不意打ちにイムルはびっくりして気の利いたことが言えなかった。
「やるじゃないの、イムル」
サクラがニヤリとイムルを見た。
「ああ……マリーちゃんか、こんな小さな子も戦場に来るんだな、俺達が……守らなきゃな、あの子を、王都を」
「そうね、若さって点では私たちも負けてないと思うけどね、実際厄災となると人類全て総動員で対処しなきゃならないってところはあるからね」
「ああ、サクラ、厄災の内1匹は俺達の剣で屠るぞ」
「分かったわ、了解!」
戦闘拠点設営にかかわる人材の半分は前回の厄災メキドアの戦闘経験者で構成されており、それぞれの人員がテキパキと効率よく仕事をこなしているように見える。
また、厄災への対処については、その参加だけでも人類への貢献とされるためトクル獲得量が大きく、若い人材は特に志願しての参加が多い。
青き翼の団にとっては、大規模戦闘は初めてであったこともあり、厄災を目の前にして活気づいた異様な雰囲気のある空間に飲まれていた。
ああ、これが厄災戦なのか。
イムルは馬車の中では自身たちの世界観の中で会話してきたが、実際に戦闘準備している人々を見て、かなり心強く思うと同時に、他の部隊には頼れない、と考えていた自分達を恥じた。
同じことを考えていたであろう、クラリエが発言した。
「ああ、皆、何と頼もしい、これが人類の力なのですね、私は彼らを守ろうなど思っていましたが、守られているのは私たちですね、私たちは、私たちのやれることを精一杯やりましょう」
「クラリエ様のおっしゃる通りですね、了解しました」
一同は気を引き締めた。