死後、世界の最果て、神からの提案
黒。
暗闇。
この中を一定の速度で落ちていく感覚があった。
自分が死んだのか、まだ死んでないのか、良く分かっていない。
落ちる感覚があることは、落ちた先があるのかもしれない。
落ちる恐怖と、逆に落ちた先があるだろうと、なんだか妙にワクワクもした。
シヒューーー!
風が吹いたかと思うと暗闇が吹き飛ばされるように目の前が白に広がった。
落下しているような感覚は止まった。
下を向いてみたら、水面に自身が立っている状態であると自覚できた。
水面の広がりは無限で目の前には地平線が見えた。
沈むことは無さそうだ、重力は……あるような、ないような、不思議な感覚だ。
「さて、どこを向いておる」
後ろから声がした。
振り返ると、そこに14,5才くらいの、白いベールを何重にも重ねたドレスをまとった女の子がいた。
天使だろうか。翼は……いや、生えていないようだ。
白のドレスに金色のストレートな長い髪がかかって、とても美しかった。
「あ、あなたは?」
「私はお前たちの世界でいうところの神かの、イムスと呼ぶがいい」
女神……と呼ぶには幼い感じだ。
神が出てきたということは、多分俺は死んだのいだろう、でも、今話ができる。
何故か酷く安堵感を覚えた。
「なるほど、死んだらこういう場面がやっぱりあるんですね……やっぱり俺の場合は、地獄行きですかね……」
「地獄か、それはそなたらが勝手に作った死後の世界感だな、生前の行いによって死後天国と地獄どちらかに行くことになる……まぁ確かにこれは、群衆を統制するには都合が良い考え方だの……」
「はぁ……」
「特にその……地球か……この世界のケースは死んだ魂はほぼ確実にその二択を聞いてくるのぉ……文化活動レベルをかなり上げて多様化を促進しても、死後はその二つの観点に収束するのは……あれか? やはり創造主は人間の頭の作りを根本的に間違えておるのかのぉ……」
自分の今後の行く末を案内されるのかと思ったが、何を聞かされているのか、さっぱりだ。
「あの……イムス様? 私はどうしたらいいのでしょう」
「ああそうだな、この先には地獄や天国と定義されている世界は無い、お前たちの考えで一つ合っているものは……、そう、輪廻転生だな」
「はぁ……」
「転生先の世界としては、理不尽の横行する地獄のような世界もあれば、そこに住む魂全体の幸福度が異常に高い天国のような世界もある」
「ああ、では私は人を殺めたので、結局理不尽な地獄のほうの世界に飛ばされそうですね」
「なぜそう結論を急くのか、何故生前のお主の行いを悪と決め付けるのか」
「ん-まぁでも人殺してますし、あげく自殺で自分の命を粗末にしてますよ」
「殺すのは悪か? 人間は食べていくために日常的に命を殺しているではないか」
「でも私の場合、殺しても食ってないですし」
「食用に殺した生命も毎日大量に破棄しとるじゃろ」
「それだとむちゃくちゃ自己正当化できますね、価値観の違いですかね」
「思考が可能な生命の精神の根源を極端に突き詰めると…行きつくのは……結局のところ自己正当化じゃよ……、とまぁ、この話はどうでもいいか」
「はぁ……」
話が色々飛ぶ神様だ。
何となく、この神、よっぽど話がしたいんだろうなぁ、という感じが伝わる。
周りを見渡しても、地平線、暇もつぶせそうにない。
今がチャンスと言わんばかりにベラベラしゃべる。
「私がお主に会いに来たのはだな、今回お主の魂がかなり深い闇のレベルまで落ちておったからなのだよ」
「はぁ……それは、真っ黒に染まりましたね、確かに」
「実はお主の魂は歴代かなりの功績を上げておってな、次期にでも神の仲間入りでもどうかと神界でもっぱら噂されるほどの人材だったんじゃ」
「私がですか……」
全然実感がわかない。
「そうじゃ、前世ではある国の治水工事を達成して人々から尊敬と感謝を集める偉人であって、多分今世はその時の記憶がうっすらのこっておったから、建築物に関わる仕事を選んだのじゃろうて……、だがな、ちょっと興味があったのはお主の前世、日本に送り込んだらどうなるかっていう話でな」
「はぁ……」
「あそこに魂を送り込むとな、大概の魂は黒く染まって帰ってくるんじゃ……」
「はぁ……神界レベルでブラックなのか、日本……」
「そうなのじゃよ……あそこは神々のちょっとした実験場になっていてな……、っとまぁ日本の話は置いといて、次期神レベルの魂をもったお主が最上級に真っ黒な魂に染まったのでちょいと頼み事をしに来たのだよ」
「私は、要は魂が真っ黒に染まったわけですよね、それで神にはなれないと、それは失敗じゃないのですか?」
「うんにゃ、失敗ではない、むしろ実験は最高に成功している、とも言える」
「私は、そんな実験に付き合わされて……、母の死を直面して……、怒る気にもなれないな……」
「お主の母上の件に関しては本当にすまなかった、辛い思いをさせたと思っている、本当に申し訳ない」
「殺しが悪ではないと言ったと思ったら、死に対して辛い思いをさせたという、理解できないな」
「わしはお主の悲しみに向けて言ったのじゃ、お主に殺された人間にも悲しみがある、その感情に対して、わしは平等じゃ」
「理解できない」
営業を経験した自分にとっては雑談で相手の人となりを知ることを職業柄やってきたが、神の事情や発言は良く分からないと素直に思った。
しかし同時に、何故このようなまどろっこしい話をされたのだろうという興味もあった。
「まぁそれはいい、数か月の間に救いようのない人間への絶望感を得たお前に頼みたいことがある」
「はぁ……」
「先ほど言った天国のような世界」
「はい」
「ここを滅ぼしてほしい」
「はい?」