二人と一人
休日。
イムルが部屋の掃除に精を出しているところにスギが訪ねてきた。
「イムル、よろしいですか?」
「ああ、どうした?」
「今後の州戦略に関してお話を、と思いまして」
「お、いいよー、ちょっと待ってな、これを片付けてから話そう」
「手伝います」
スギとの共同作業で部屋はすっかり綺麗になった。
スギは手慣れた手つきでお茶を淹れた。
「で、単刀直入にいうと、問題はトクルです」
「ははは……やっぱりそうだよね」
イムルは士官学校に入学してからというもの、竜戦等のクラスメイトが共通してトクルを稼ぐイベントしか行っていないということもあって、その貯蓄は他のクラスメイトと比較して緩やかであった。
「やはり所持しているトクル量で取れる戦略の幅が広がります、まだ各州の方向性が決まっていない中で我々がやれることと言ったら、トクル稼ぎを行って各州へ後れを取らないことが第一優先事項かと考えています」
「うん、それに関してはね、俺にも考えがあって……」
「考え?」
「そう、その肝心のトクルなんだが……、どうも基礎トクル論でいうところのトクルの価値は絶対的で変動することはない、という一節に矛盾があるように思えるんだ」
「矛盾……、それは……いきなりですがこの世界の理に対して根本から覆そうというようなことを言うんですね、……それが州対抗戦の戦略にどうつながると?」
「ああ、そうだね、確かに州対抗戦の戦略に落とし込むにはまだ踏み込みは甘い、けど、時間を有効に使えれば単純なトクル貯蓄よりも効果のある方法になると踏んでいる」
「なるほど、是非聞かせていただきたい」
「トクル……この価値は極めて相対的だ」
「……相対的? もう少し具体的に教えてもらえませんか」
「トクルは人がもたらした幸福度を数字化できるようにした魔術だ、それを通過に応用した形をとっている、幸福度は絶対的なものと定義されているが、通貨として利用した時点でその利用方法や行動で価値が変わってくるはずなんだ」
「利用方法や行動で価値が変わる?」
「もっと具体的にいうとリンゴ1個は0.01トクルで取引されているけど、リンゴが好きな人が買うリンゴとリンゴを嫌いな人が買うリンゴでは、リンゴによってもたらされた幸福度が違うはずなんだ」
「……たしかに」
「普段我々は、日々食べる料理で得られる幸福度に違いがあるものの、その違いは微小すぎてトクル経済に影響することはないし、微小な幸福度のズレが積み重なった際も教会での祈りで調整されている、そこにトクル教育でトクル価値が絶対的なものという教えを我々が受けることで、トクルのズレを最小にしている、と俺は考えてるんだ」
「なるほど……」
「ここから先は……推測だけど、少ない消費トクルで得られる効果を増幅させることは可能だろうと考えているんだ、その成功例の一端がアルゼルート流剣術だと考えている」
「……分かりました、つまり貴方が言いたいのは、優先すべきは所持トクルの増加ではなく消費トクルの抑制と効果の増大化、……トクル効率の向上、とでもいうのでしょうか」
「スギ! ご名答……」
イムルが指を鳴らしてスギを褒めようとしたところ、イムルの部屋の窓が開いた。
バーン! カラカラ
一応窓は鍵が閉められていたがその機構ごと吹っ飛ばされたようだ。
敵襲と勘違いした二人は構えを取ったが、窓の外にいたのはフォーアであった。
その顔は恍惚としており、窓は魔力でこじ開けられたのだと悟った。
一瞬イムルは彼女と戦闘になるのか、と焦ったが、彼女が興奮したように第一声を発した。
「いい! いいよ……二人とも、トクル効率に目を向けるとは……君たちは本当に見込みがあるね……」
「え……えっと何しに来たの? フォーアさん」
「今日は君たちを偵察しに来たのだよ、どうせろくでもないことを話しているのだろうと思って聞いていたら、まさか私のトクル研究にも通ずる真髄を話していたとはね……、正直おどろいたよ、ほら、何をしているんだい! 続きを話しようではないか!」
「フォーア殿……偵察しに来たって……ご自分で言ってしまうのですね……」
「偵察などということは、トクル研究と比較したら些末な問題ではないか! 私もこうして姿を現したことだし、この件はもういいだろう、さあ! 続きを!」
イムルとスギは呆れた。