サクラ回想1
士官学校女子寮。深夜。
サクラの部屋は4階、寮は街の端に位置しており、王都の夜の活気はその窓には届かなかった。
そのかわり、星が瞬いており、この世界にも月に位置づけされる衛星が夜を美しく色づけるのであった。
「じぃじ……、あたし……もうやだ……」
自身の寝言に気が付いたのか、サクラは起きた。
目には涙が溜まっていた。
「あ……、昔の夢を見たのかな……、久々に剣の練習をしたからかしら」
サクラは時計を確認した。深夜の2時だ。
サクラは再び瞼を閉じ、昔のことを思い出した。
――
「じぃじ!じぃじ!」
「おお~サクラか、抱っこしてほしいのかぁ?」
早朝、壮年後期と思われる精悍な顔立ちをした男が屋敷の広い庭先で剣の素振りをしていたところ、5歳ほどの女の子、サクラが話しかけた。
「じぃじ、それ」
サクラは祖父の木刀を指さした。
大好きな祖父が毎朝欠かさずに行う剣の型の素振りを見て、自分もやりたいと思ったのであろう。
「おお、これか、でもなぁ、サクラにはまだ早いぞぉ」
「いやだ! あたしもやるぅ!」
サクラの祖父、レンシンはサクラをおしとやかに育てていきたいと考えていた。
しかし、誕生日のプレゼントで人形を与えても、綺麗な服を与えても、それらに興味を示さず、目を離すと勝手に木刀を持ち出してレンシンの剣の練習を見様見真似で始めるのであった。
剣聖サクラの剣の家系であり、それを受け継ぐ道場であったため、確かに木刀は沢山置いてあるのだが、いかんせん5歳の女子にはそれは大きく、サクラは刀身を振り上げては一緒に転げ落ちるのであった。
その姿には周りの門下生にも微笑ましく映った。
そんなサクラにレンシンは根負けし、彼女用の小さい木刀をプレゼントしたのであった。
「じぃじありがとう! これでサクラも練習できるね」
レンシンは、血は争えないと思い苦笑いをした。
春、夏、秋、冬。
いくつかの季節が過ぎた。
毎朝、一連の型を終えるまで約1時間を使う。
最初の頃こそ、彼女に合わせて剣の降りを遅くしたが、すぐにその必要もなくなった。
レンシンは特にサクラに剣を教えているわけではないが、サクラは見よう見まねで、勝手にレンシンの横にたち、素振りを行った。
一日も欠かさず。
彼女の身長が伸びるにしたがって、レンシンは彼女の体に合わせた新しい木刀を作り、与えた。
彼女の部屋には、成長に合わせて大きくなっていく木刀が、何本も並んでいった。
さらにいくつかの季節が過ぎた。
朝日を浴びながら、寸分違わぬ同じ動きで、剣の型をこなしていく二人はまるで、舞踊を見るかのように美しかった。
いつしか門下生が集まり、その2人の姿を見ることが日課となっていた。
あまりにも美しすぎる2人の中に割って入ることがおこがましく、邪魔にならないよう皆遠目で見守るのであった。
この時既にサクラの所作は完璧であった。
「おじいさま、今日、私は10になりました」
「お、おう、おめでとう……、また刀をつくってやらにゃなぁ」
「おじいさま、私が欲しいのは刀ではございません」
レンシンは遂に恐れていた時が来てしまった、と感じた。
「私を門下に受け入れてください」
「……うむ」
門下生から歓声が上がった。
――
道場にてサクラとレンシンが対峙していた。
門下生を含め、場が緊張に包まれていた。
「ならんぞ」
「私も12になりました、掟に従い、剣士として場内試練をください」
「お前はまだ剣士ではない」
「何故です、私は師匠に従い、道場に入ってから2年、毎日欠かさず鍛錬してまいりました、私も剣士です」
「あれは、お前が勝手にやったことだ」
「では……、いつになったら試練を与えてくださるのですか」
「……」
サクラはずっと剣を交えて戦いたかったのだ。
道場のルールに従い、剣士が門下となった際はその力量を見定める為の試練(練習試合)を行うのである。
見かねた一番弟子のユキシロが発言した。
「師匠、彼女の実力は私も分かっております、彼女は剣を交えることを何年も心待ちにしていたのです、大丈夫ですよ、我々も初学の者に本気でかかることなど……怪我などしません」
「ぬぅ……」
ユキシロは発言力があった。
レンシンの右腕として、公務でもユキシロを頼りにしており、その彼に意見を言われると弱いところがあった。
「ユキシロ……、本気でかかることが無いとは、どういうことですか」
サクラが割って入った。
その顔はサクラのものとは思えないほどに怒りが現れていた。
門下はその気迫に戦慄した。
「お嬢様、この場で私共に本気を出させるとはどういうことか、お分かりか」
「分かっています」
「貴方の腕ではせいぜい5番手のタクロウまでが限界です」
「ユキシロ、貴方の方こそ、分かっているのですか」
「……」
無邪気に殺気を振りまくサクラに対し、レンシンは冷ややかであった。
「分かった、勝手にするがいい……」
――
試合用の竹刀と防具を装備したサクラの姿は滑稽であった。
子供用と言えど、12歳の彼女には大きく、防具に着られているようであった。
門下は30人のほどいるが試合を許されている16番手の門下生から相手をすることとなった。
「では、はじめ!」
パァンッ!
開始の発声と同時にサクラの竹刀が16番手の門下生の面を捉えた。
背丈の差があったが、相手の頭部へまっすぐ跳躍し、瞬時に面を入れたのだ。
防具に着ぶくれした姿からは想像できない速さであった。
スパァン! バシィ!
試合は次々と進み、門下生が次々とサクラの前に倒れていった。
遠慮のない彼女の攻撃に門下生は防具をつけていたとしても大きくダメージが残った。
ユキシロが予想したタクロウとの対決もサクラの圧勝で終わった。
その光景はまるでサクラが道場破りをしているかのように見えた。
「ユキシロ……次、貴方ですよ……」
サクラの目が恐ろしく光った。
「よく、ここまで来ましたね」
ユキシロが立ち上がろうとしたとき、レンシンが割って入った。
「待て、私が相手をする」
「なにを! 掟を師匠自ら破るおつもりですか」
「これはもう試練などではない」
サクラはほほ笑んだ。
「師匠……、おじい様、やっと、仕合えるのですね……」
「……ふぅ……」
レンシンは深くため息をついた。
「では、私が立ち会いましょう」
ユキシロが審判役を買って出た。
「皆、負傷者を連れて医務室へ行け、これから二刻ほど、この道場に入ることを許さん!」
「何をしようというの」
サクラは人払いをする意味が分からなかった。
「一子相伝の技がある、門外不出だ」
「そういうこと、分かったわ」
3人のみとなった静かな部屋で、レンシンとサクラが対峙した。
「では、はじめ!」
レンシンもサクラも動かなかった。
お互いを凝視し、一部の隙も認めない、そのような空気であった。
開始から数分は立ったであろうか、サクラが動いた。
小手先から崩しを狙った。
しかしサクラが視線を落とした瞬間、レンシンの竹刀が彼女の胴に入っていた。
サクラは道場の壁まで吹き飛ばされた。
ドスン……
衝撃で気を失った。
「やりすぎです、レンシン様……」
「すまんな……」
「いえ……」
――
サクラは気が付くと自分の部屋のベッドの上であった。
傍らでレンシンが濡れたタオルでサクラの顔の汗を拭きとっていた。
「おじい様、ここは……、私は……試合はどうなったのですか、思い出せない」
「途中サクラの熱が出てしまってな、倒れたのだ」
「そんな、あれだけ楽しみにしていたのに……」
「サクラの家系はな、血の巡りが良すぎて長く剣を振り続けると高熱が出てしまうのだ」
「そう……なんですね……」
「特にサクラの女はな、血が流れすぎてしまう、お前ももう12だし大人の女になる、これからは、血を抑制する薬を飲むんだ」
「はい……」
レンシンはサクラに深緑色の丸薬が入った小瓶を渡した。
サクラはその丸薬を飲むと力尽きたかのように再度眠りについた。




