飛竜の鳴き声
「本日からは予定を変更して対竜戦の実践とする」
「「え!?」」
対人戦闘訓練でお互いの親交を深めた俺たちは、戦闘術、魔術、対竜戦術、一通りの基礎座学を終えて、半分退屈をしていたころであった。
ところがここ最近、王都寮近辺、ヘヴンリア側に大量の飛竜が出現したとの報告を受けた。
士官学校のカリキュラムには対竜の実践のカリキュラムがあるが、竜に関してはその出現が予測できないことがあり、実践が可能なタイミングで行うというルールがあった。
それにしても、竜の発生から翌日にカリキュラムの変更をぶち込んでくるあたり、この士官学校は相当柔軟に物事を進められる。
というのも、対竜戦はあくまで対竜戦術を履修後、実戦にでられるかの検定を行うのであるが、このクラスの場合は特別、実戦経験者もおり優秀な生徒が多いため、さっさと竜戦をやってしまえ、という判断となったのだ。
この判断の速さにルルーアとリカルマが反応した。
「うへー、昨日の夜に魔導通信で竜の発生が報道された直後っしょ、さすが世界一激しい士官学校だけあるわぁ……」
「そうだな……まさかとは思っていたが、このタイミングで来るとは」
「そういうことだ、ただ、今回は飛竜戦なので、リカルマとベルナは基本に忠実に囮役に徹してもらいたい、囮部隊、リーダーリカルマ、副リーダーベルナ、メンバー、サクラ、イムル」
「「はっ!」」
「リカルマは全部隊の総指揮官だ」
「は!謹んで拝命します」
ブレイスは続けて部隊編成の発表を展開した。
「攻撃役はダイアを中心とした弓部隊を編成する、リーダーダイア、サブリーダーモルク、メンバーは、フォーア、リザイ、スギ!」
「リザイとスギは、弓適正の確認もかねてこの配置とした、特にリザイは魔術矢を活用することを期待している、フォーアはリザイ以外の各弓兵の魔術強化役兼、狙われた場合の防御術式展開をたのむ」
「「はッ!」」
「補給、回復役はリーダーリロ、サブリーダークラリエ、メンバーはルルーア、マイア!」
「マイアは総合的な物品管理、ルルーアは剣士であるところ囮役としたかったが、補給回復部隊の護衛役をやってもらう!」
「「はっ!」」
「ルルーア、済まんが今回は我慢してくれ」
「いえ!命に代えても3人を守り抜きます!!!」
ブレイスからの言葉は剣士であるルルーアに対して前線にいけないことを慰める言葉であったが、この場にいる男子は全員思った。
(いやいや、こいつ絶対よろこんでるだろ)
女性に囲まれて行軍できる喜びにルルーアの顔は崩壊していた……。
――
普段の訓練の成果もあってか、朝の9時のミーティングで竜討伐が告げられた後、10時半には行軍が開始できるよう準備ができていた。
対竜戦用実戦武器、普段から手入れが行き届いていることを示すかのようにそれぞれの武器は輝いていた。
部隊毎に馬車は分けられ、それぞれの馬車にはその目的毎に物品が搬入されていた。
お昼過ぎには竜発生の現場につくであろう、そんな手際の良さであった。
【囮部隊馬車内】
「今回、総指揮官を拝命したリカルマだ、よろしく」
誇らしげにリカルマが挨拶をした。
「よ……よろしく、リカルマ殿」
「ははは……」
「うむ! よろしく! みんな!」
言ってみたかったことを言ってやったぞ、いう感じだ。
続けて前線を任される囮部隊の作戦について話始めた。
「サクラ殿とイムル殿は竜戦は初めてでしたね、でも、基本に忠実に対処すれば大丈夫です、イレギュラーが起こったとしても私とベルナ殿に任せておけば大丈夫でしょう、あなた方は絶対に死なせません」
「そうだな、まぁ今回は弓兵の強化に主眼を置かれているからな、彼らがうまく狙いやすいように我々は派手にターゲットされないとなぁ」
「そうですね……ベルナ殿の挑発は見ものですよ……マネしたいとは思いませんがね……、話がそれました、囮の一方でその挑発が外れた場合の対処についてです」
ベルナからの睨みから一瞬で話題を戻す。この呼吸、夫婦漫才か。
「うん、俺もそれは気になっているんですよね」
「竜の大群が弓兵に襲って行ったら距離の取れない彼らでは成すすべがありませんね」
「そう、そこで万一ターゲットが弓兵に集中した場合は、私とベルナが弓兵に助太刀に行こうと考えています」
リカルマの心配に対してイムルは率直に思っていることを口にした。
「なるほど……でもフォーア殿がいるので何とかなってしまいそうな気もしますね」
「その点については……そうですね、それを期待しますが、彼女は今回クラリエ殿と離れての行動です。つまり魔術用トクルの供給源のクラリエ様なしで、今回の支給トクルの範囲内では竜を屠ることができる上級魔術発動は難しいでしょう、ましてや、トクルは弓兵の強化に注がれています」
「そうですね(いや……あいつだったら絶対少ないトクル消費で竜の全滅すらやっちゃうだろうな……)」
「一方で、サクラ殿、イムル殿には私は一定の信頼を置いています。君たちの剣の腕であれば飛竜ごときではやられないでしょう…」
ルカルマの言葉にベルナが同調した。
「だな、私が保証する」
「……」
サクラは複雑であった。彼女はまだ自分自身の腕前を信用できないのである。
――
【攻撃部隊馬車内】
「今回は、恐縮ですが私、ダイアが攻撃部隊のリーダーとさせていただきます。皆様、よろしくお願いします」
「ダイア殿の腕前、期待しています」
モルクが反応した。
ドラゴンハンターを目指すモルクにとってダイアはライバルであった、実は対飛竜戦ではモルクは既に実戦を経験していたが、それはリーダー役の選定には関係しなかった。
座学では圧倒的にダイアの方が上だったからである。
モルクは弓の腕前については目を見張るものがあるが、こと座学となるとどうしても集中が途切れるのである。
その差が出た形だ。
モルク自身もそれが分かっているから今回の人事に不満はない。
「リザイ、スギ、弓の調子どうだ?」
「うん、僕結構弓好きかも」
モルクの言葉にリザイは万遍の笑みを浮かべた。
「悪くないですね、私もこのまま魔術習得を進めてリザイ殿と同じく魔術矢を磨く方向性にしても良いかもしれない」
スギもまんざらでもない、という考えだ。
「それは良かった、お前らは前向きで本当にいいよな」
モルクは答えた。
しばらく弓に関する会話が中心であったが、魔術矢に反応したフォーアが首を突っ込んできた。
「魔術矢、実態のある矢に魔術を込めて物理と魔の両方の性質で相手を撃つ、今後の竜戦に置いて重要な位置づけとなるだろうね」
「お、フォーアさんも乗ってきたね、なんでだい?」
「竜はね……進化しているのだよ……」
その場の全員が息をのんだ
「竜も我々には狩られまいとその性質を少しずつ変化させてきている、身体強化の弓術だけでは物理面しか破壊できないが、今後物理面の対策が完璧な飛竜が出てきたら、魔術での対処が必要となる」
「ふむ……なるほど、そういうことか、魔術での竜対処に関しては飛竜との距離が取られる場合、その距離に応じて魔力が減衰する、物理存在の矢に魔力を宿して攻撃すればその魔力をそのまま維持して竜に当てられると」
「ご名答だよ、スギ君! 君はいいねぇ、実に考え方が魔術向きだよ、今からでも遅くないからこちら側に来ないか……あははっはー」
「考えておきます……」
フォーアの説明の一端をスギが補完したが、それはフォーアを感心させたようだ。
その後フォーアの一方的な魔術論が展開され、攻撃部隊馬車内は戦闘前から異様な疲れを見せたのだった……。
――
【回復・補給部隊馬車内】
「ああ、もう! ピクニックかよぅ!」
ルルーアの顔はほころんでいた。
リロはみんなのお腹が減らないようにとサンドイッチを作ってきた。まさかあの短時間で。
「まぁリロさん! 奇遇ですわね、私も作ってきたのですよ~~」
クラリエも何やら大きなバッグを持っていると思ったらどうやらお弁当らしい。
「ああ!!! もう!! 天国かここは!!!」
「あの……さっきから何騒いでるんです?」
「あ、いや、マイアちゃん、こっちのことだよ、気にしないで~」
マイアはルルーアの態度にフフンと笑ってみせ、会話の矛先をリロに向けた。
「リロちゃん……もしかして……そのサンドウィッチ、本当は誰に食べさせたいのかな~~~言ってみ~~~」
マイアがリロに絡みだしたのと同時にルルーアの顔が瞬時に真顔になった。
「え……あの……みんなでおいしく食べたいなぁって思ったのよ……」
「みんなぁ~~~みんな同じくらい~~? 特に食べさせてあげたい人がいるぅんじゃないのぉ~~?」
マイアの絡み方はおっさんのそれであった。
「そ……そうですね……仲の良いサクラちゃんと……」
「サクラちゃんとぉぉ~~~?」
「イムス君に……竜戦終わった後に食べてもらいたいなって」
今度はクラリエの顔が真顔になった。
「リロさん」
「はい?」
「残念ですが、今回の囮部隊の食事担当は私クラリエですわ……」
「え?たしかクラリエ様は弓兵担当じゃ……」
「だよねぇ、私が行軍計画書見たときにはそう……」
マイアが計画書に目を通すと囮部隊食事担当は確かにクラリエだった。
「今回は私がこの特性サンドウィッチをイムスさ……ごほごほ……リカルマ様達に味わっていただくのよ!!! おおーーっほほ……」
(……この女、計画書を改竄したな……)
(マジか……恐ろしい事実を目の当たりにしてしまった……)
リロは何が起こったのか分からないといった表情であるが、
マイアとルルーアはクラリエが計画書を改竄したと確信した。
行軍の中、既に飛竜の鳴き声が聞こえてきている……。
そんな飛竜の声をよそに、馬車内ではそれぞれが思い思いに発言し、これから戦闘するとは微塵も感じさせない緊張感のない雰囲気のまま現場に突入するのであった。




