対人戦闘訓練③
「ルルーア、ベルナってどうなの?」
フォーア対サクラの試合後、各州のクラスメイトが談話する中、イムルはルルーアに話を振った。くじの結果、イムルの対戦相手はベルナとなるらしい。
「お? そっち行っちゃう感じ? メスゴリラちゃんいっちゃう? でもさぁ……わかる、わかるよぉ、凄いよね、うん」
「そ……そうだよな、胸おっきぃよなぁ……じゃなくて、次、俺ベルナと模擬戦みたいなんだ」
「ん? 夜のじゃなく?」
「夜のってなんだよ、昼の模擬戦だよ!」
「ああーそういうのもあるのかぁ」
「今まさにやってるやつでしょうが!」
ルルーアはとにかく人を突っ込ませたいらしい。発言殆ど全てに突っ込みどころを入れてくる。
「あいつは対地竜戦特化型だからなぁ、大きな斧で弓や砲術でビクともしない皮革をまっぷたつ、人間なら当たるとお終いだねぇ」
「速さは?」
「速いよ?」
「じゃあさ、ルルーアだったらベルナとどう戦う?」
「どう戦うって?……逃げるね」
「あははは……参考にならねぇ」
「よく言われる」
試合前の緊張はほぐれたかな、といったところで、イムルは心の中でルルーアの軽さに感謝した。
――
「えー第3回戦、ベルナとイムルだが……今回ベルナには剣で戦ってもらうこととした、斧は模擬斧でも殺傷能力が高いからな」
次の試合に当たってブレイスが説明した。
「あたしは全然かまわないよ」
イムルは内心ほっとする。
「アルゼルートの剣士ラルアハの名前は知っているよ!実はあたしは君とずっとシたかったんだ、この組み合わせに感謝するよ!!」
「ずっと……シたかったってあんた……」
イムルはベルナの言い回しに彼女との別の営みを想像し赤面した。
「んでは、はじめえぃ!!」
ベルナが大きく振りかぶってきた。
体も大きいが、手足も長く、各関節も良く動くため、一つ一つの動作が大きい。
慎重としてはイムルが160m,、ベルナが175cmほどだが動いているところを見ているとベルナの大きさがイムルの2倍にも3倍にも感じ取れるほどであった。
剣で受けると弾かれる。
イムルはベルナの剣撃をギリギリのところで見切って回避していた。
「どおおしたああ! イムル! 君は撃ってこないのかあ!」
ザシュン! ザシュン!
一振り一振りが轟音を出す攻撃のなか、ベルナ怒号が飛んだ。
イムルはまずはベルナの剣筋を見極めようと思ったが……。
どうも集中できない。
一振りするたびに大きく揺れる二つのふくよかな、それに目を奪われているのだ……。
「べ……ベルナ? ちょ たんま!」
「戦場にまったは無いぞおおおおおお!」
次の瞬間、ベルナの模擬専用戦闘服から、その二つのふくよかなそれが、飛び出した。
「こ……こんにちは……」
イムルは真正面でそれを直視してしまい、思わず挨拶した。
「ぎ……ぎゃああああああああああ!!!!」
ベルナは大慌てで闘技場から逃げ出していった。
――
「あ~~え~~~、気を取り直して……はじめえぃ!!!」
ベルナはさらしを強くまき直し、戻ってきた。今度は大丈夫そうだ。
思わぬ僥倖? に一同微妙な面持ちになりながらも試合は続行となった。
ザシュン! シュババッ! ザシュン!
「すごいな……父さんとの剣の練習ではこんな自由闊達な剣は出てこなかった」
イムルはベルナの大振り後に攻撃を当てて、また距離をとるヒットアンドアウェイ戦法をとっていた。
しかし大振り攻撃の割りにはその後の隙が少ないベルナに致命打を当てられずにいた。
「ハハッ! あたしとヤルやつは大体お前みたいな戦法をとるね、でも分かっただろ、小手先での一撃では私は倒せない!」
「そうだな!」
戦局は膠着状態だが、イムルは段々と面白くなっていくのを感じた。それはベルナも同じだった。
二人ともただ闇雲に攻撃と防御を繰り返しているわけではなく、第一試合でスギが見せたように、少しずつ技の出し方を変えているのである。
少し違うところといえば、今回は、イムルもベルナもそれを面白がっているところだろうか……。
コールアンドレスポンス。
これならどうだ? と技をだすと別の技で返す。
このやり取りに二人は得も言われぬ高揚感を感じてた。
とはいえ、傍から見ていてこれは少し、イラつく展開ではあった。
その試合展開を見て、リザイは目を見開いて応援していたが、ルルーア、モルク、ダイアは少し冷ややかな態度をとっていた。
「あーこれはやってるねえ」
ルルーアがほのめかすように言った、ところモルク、ダイアも同意した。
「感じあってるな」
「戦闘民族に特有の剣での語りあいですね」
「え?」
リザイは理解できなかったようだ。
不良同士が喧嘩の果てに仲良くなるというアレだ。
この試合、本人たちは最高潮だが、周りから見ると早くしろよと突っ込みたくなる展開ではあった。
膠着状態が続いた結果、丁度、医務室からリロとサクラが闘技場の観覧席に帰ってきたころだった。
イムルが動いた。
「じゃあ、そろそろ、俺から良いかな!」
「え? なんだって?」
「じゃあ行くよ!」
イムルの動きに合わせてスギが叫んだ。
「イムル! いけません! まだそれは!!」
イムルが剣の握りを変えた瞬間それは起こった。
イムルの動いた軌跡に残像が残り、まるで別空間となった。
その動きは舞。
剣の軌跡が美しく何重にも重ねられ、まるで芸術でも見せられているかのようだった。
その軌跡がベルナに集中した。
ベルナは何をされているか把握できなかった。
剣の軌跡はベルナを中心として花びらが咲き誇るかのように広がった。
シュバパァッ……!
ベルナが倒れると同時にイムルも倒れた。
二人は倒れたまま向き合っていた。
「ああ……気持ち……良かった……ベルナ……またよろしく頼む……」
「ああ、こちら……こそ……」
全力を出し合った二人は意味不明な挨拶を交わしていた。
(ああああ!! もう! それは州対抗戦まで取っておこうって言ったのに!)
スギはイムルに対して、州対抗戦の奥の手として残しておくために剣の舞を見せ無いように注意していた。
また、ラルアハからも同じように使うなと言われていた。
それは、単純にこの技の威力が高いことのほかに、どこの流派にもない技だからである。
しかし、イムルはベルナとのやり取りの中で、彼女が舞を受けられるとの確信に至り、その技を放った。
イムルの今は、将来訪れる州対抗戦のことなど、どうでもよく、ただ、舞うことで目の前の扉を開きたかった。
彼のビジョンに雲がかかった感覚の払拭をしたい思いと、ベルナの技がそうさせたのであった。
イムルが奥の手として残しておくべき剣の舞は、こうして白日の下にさらされたのである。
イムルはとても満足そうに眠った。
またも会場は唖然としていた……。
その始終をそれぞれがそれぞれの思いで見ていた。
――
「クッ! ……」
「サクラちゃん!?」
リロと試合を見ていたサクラは席をはずした。
舞を目の前で見た瞬間、直感したのだ。
これは……私には遠く及ばない境地だ、と。
剣聖直系の血がありながら、優秀の域を出ないサクラには酷であった。