プロローグ① 平凡な人生とそれを覗くチャンス
現実世界でどん底に落ちた主人公が、様々な世界の中で最も幸福な世界に転生し、現実世界の時に上司であった人物を隷属させ、魔王となってその世界を滅ぼす物語です。
少し長いかもしれませんが、3話まではプロローグとしたいと思います。
プロローグ① 平凡な人生とそれを覗くチャンス
提案は当社が圧勝した。
契約は締結され、何とかなると考えていた。
みんなの為になると考えていた。
失敗したとしても会社や仲間が助けてくれる。社会は自分を助けてくれると……。
本気で思っていた。
――
株式会社アナミズ建設。大手ゼネコンだ。
俺(国崎邦彦)は個々の営業に配属されて8年目。そろそろ大型な契約をとってきて係長に昇進を決めたい時期であった。
この会社では最速で係長になれるのが5年目。自分は同期に遅れをとっていた。
焦っている? ううん。焦っていない。いや、焦っていないというと嘘になる。
今まで人生はそんなに順風満帆じゃなかった。
大学は第一志望ではないし、一留しているためその時点で回り道をしている。
出世が遅い事なんて長い人生からしたら大したことではない。
母子家庭で育った俺が、超優良企業に就職して自立できた。
これだけで万々歳なのだ。
そんな風に言い聞かせている。
が、実際は人生の長さなんてよくわかっていない。
評価基準がテストの成績から営業成績に変わって、努力だけじゃ営業成績は上がらなくて…、それは運もある。
分かっているけれど、一大決心で入社した会社から評価されない日々は、徐々に自分の心が蝕まれていくようだった。
会社帰りの書店で手に取る自己啓発本には、人に評価される為に努力をするな、とか、他人の責任にせず、自分を改善していこうとか、書いてあって、それはその通りだよな、と思ったし、上司の言うことをきいたり、自分を犠牲にして人の役に立つのが社会人だ、なんて考えて、自分を奮い立たせてきた。
まぁ、長くやっていると、報われることもあるのかもしれない、そんな折、千載一遇のチャンスが突如舞い降りた。
巨大娯楽施設の建設工事請負の入札参加指名業者となったのだ。
リラゾネス。
これは、例のカジノ誘致に伴って、数々の娯楽施設を集めて開発される、数千億円規模の超大型プロジェクトであった。
駄目で元々。2年の歳月をかけてリラゾネス開発委員会に掛け合った末、手に入れたチャンスであった。
そしてこのプロジェクトはチームである課長(杉山主義男)と係長(赤里亜子)との連携で活動を行ってきた。
杉山主義男。
名前からは想像できないが何も主義を持たないヒラヒラした男だ。
組織間の確執を上手くすり抜けて淡々と仕事をこなしていく様は現代サラリーマンの進化の果てと言えるであろう。
商戦の勝ち負けに一喜一憂せず、次へ次へを仕事をこなしていく。遅くとも確実に夜8時には帰宅する。
入社時からこの男の下についているが、最初はこの男の冷淡さに辟易していたものの、この男持前の「処理能力」にいつしか惹かれていた。
赤里亜子。
同期入社の女性社員であり、俺の上司だ。
言っていて情けなくなるが……仕方がない。事実だ。
研修時代は同じ教室で学び、定時後はわいわいと居酒屋で将来の夢を語り合っていたものだ。
しかし、営業に配属されて2年目ですぐさま競技大会用施設の受注を決めた後はたて続けに巨大案件ばかりの仕事をとってくるようになって彼女の印象は一変した。
営業部門長に10年に1人の人材とまで言わしめるようになった。
何が彼女をそうさせたのか、俺には想像もつかなかった。
ラビリンス受注で俺のことを昇格させたいと言われた。
同期に完全に上から目線で俺のことを心配されたことに困惑を隠せないが、しかたない。
――
駅から直結しているランドマークタワーの23階。東京湾が見渡せる会議室。
急ぎの要件で委員会に呼び出された国崎は、窓の外を眺めながら本日の会議の主旨は何だろうかと思いを巡らせていた。
本来、業者選定時は委員会と業者の接触は原則禁止されている。
提案書の提出はもう来週。目の前だ。
よほどのことがあったのだろう。
ここに来るといつも桟橋とふ頭とを行き来するフェリーを眺めながら思う
あと何度会社やここに通うことになるのだろうか。
今までの人生を高所から眺めた事は無かったし、その景色なんて想像もつかない。
もしそういったことが出来たとしても自分をこんな風に冷静に直視できるだろうか……。
そんなことを考えていたおり、委員会担当者の毛利が会議室に入ってきた。
「いやー国崎さん、お待たせしました。また、ご足労頂きありがとうございました」
「とんでもないです。大丈夫です。ところで緊急みたいですけど、いかがしました」
「大変申し訳ないのですが……急遽設備仕様が変更となりまして……」
「それは……このタイミングで、ですか? あれだけ下打ち合わせをおこなったのに」
「本当に、申し訳ないです、実はある先生の一声でどうしても入れないといけないものが……」
政治だ。
大きなプロジェクトというのはそれだけで大人数の人間がかかわることになる。
人数が多くなると必然的に、地域社会とか、弱者を守るとか…、
そういった社会的に正しいことに配慮しなければならなくなる。
価値観が多様化した今の世の中、そういった「正しいこと」に対して完璧な計画がなされることは殆ど難しいと言ってもいい。
絶対なんかあるだろうな、とは思っていたが、今きたな。という感じだ。
世の中に向けた「正しいこと」をするために、目の前の公平な入札手続きが今捻じ曲げられようとしている。
「こんなの……今更できっこないですよ! ……っていうと思いました?」
「え……?」
「カジノ側施設のバリアフリー化ですよね、実はこれは想定済みで、元々当社の提案項目となっておりました」
「え……? 本当ですか!?」
「大丈夫です、早速各入札参加業者に仕様変更を展開してください」
「さ、さすが国崎さんです。あなたにこの件を担当してもらってよかった! さっそく手配します!」
急な仕様変更に迫られ、入札までこぎつけた業者は当社のほか1社。
結果は当社の圧倒的な勝利だった。
これは俺の功績!これは俺がこれから成功を収める英雄譚だ!
……と言いたいところだが、このストーリーを裏で書いた人物がいる。
それが赤里亜子だ。
彼女は華美なカジノ施設に似つかわしくないバリアフリー化案に関していち早く目を付け、商戦時に市民団体の活動を活発化させ施設のバリアフリー化を誘発するよう動いていたのである。