手を伝うのは魚の血、そして他人の血(短編版)
とびらのさん主催、『あらすじだけ企画』のために書いた、連載作品の最初から最後までを短編として読めるようにした作品です。
なんだかお魚の話考えようとしていたらこの作品が頭から離れなかったのでこちらにて失礼します。ジャンルもよくわからないのでヒューマンドラマとして失礼ながら。
女性主人公が人口の少ない港町で五年前に開いた寿司屋は、地元住民を中心に繁盛している。
開店中は鋭く磨き上げられた包丁で魚を捌き、慣れた手つきで寿司を握っている。
しかし彼女は夜中、目深にフードを被り、ナイフを持って家を飛び出しては人気のない場所で息を潜め、そこを通り掛かった人をそのナイフで切り付けていた。切ると言っても皮膚を薄くそっと剥がす程度である。
ハリのある皮膚をぷちんと破り、柔らかい肉を押し広げる感覚に何とも言えぬ多幸感を抱きながらも、突然付けられた傷の痛みに呻く人を置いて足早に立ち去る。
何度この多幸感を味わったか、彼女はもう数えるのをやめてしまった。
この町は平和そのもので、ここを担当するたった一人の小太りの警官すらも平和に慣れきっている状態だ。彼一人で、町内にいくつもある人気のない場所を張り込むのも限界があるため、主人公が犯人として疑われたことはない。
寿司屋にフリルの付いたブラウスを着た中性的な顔立ちの男性が来店する。姉の影響で可愛いものに目がないという彼はドールとドールハウスを作る仕事をしていると話す。
主人公も彼も二十代、そして可愛いものが好きなことから、男性が何度も来店するうちに意気投合していく。
刃物が苦手だという彼に、時々店で包丁さばきを教えることになった。
「指を切るのって、怖くないですか?」という彼の言葉から、主人公が“切る”ことを快感と認識した日のことを回想する。
主人公が思いきり指を切ったのは、板前の師匠に教わっているときとこの町で店を開いてからの二回。自らの血を見て生じた、人を切りたいという欲望は、一度目は誘惑と言える程度だったが、二度目は衝動という言葉が適切だった。
ある日、常連のでっぷりとした男性がひどく落ち込んでいた。話を聞くと、昨夜愛娘が指を切りつけられ、三日後に迫っていた音大ピアノ科の実技試験が受けられなくなったという。
昨夜聞いた、少女の鈴の鳴るような悲鳴が想起される。
犯人への怒りを吐き出す男性を見て少し良心が痛み、自らの手に嫌悪感を抱く。
しかし魚を捌いているとき、指を切り落としたのではないかというほどの大怪我を負う。
顔が熱くなり、手の震えを止めることが出来ない。
つい先ほどまでの嫌悪感はどこへやら、指の手当てもそこそこにいつものナイフを掴んで人気のない港の近くで通りがかる人を待つ。
波が打ち寄せる豪快な音。髪を揺らす冷たい海風の吹く音。
その中に足音が近付いてきた音が混ざる。足音と、自分の荒い息だけが妙に大きく聞こえる。
フードを深く被り直してその人影に近寄り、走った勢いそのままで腹に対して垂直にナイフを突き刺した。皮膚だけを剥がしていた今までとは比べ物にならないほどの快楽に思わず顔が緩む。
しかし手に温かな血が伝わないことに違和感を抱いた。
普段は顔を見られないように徹底するが、焦って相手の顔を直視した。
そこに顔はなく、刺した相手はただのマネキンだった。靴を履かされた足がぎこちなく動き、何事もなかったように通り過ぎていく。そしてマネキンはそのまま海に落ちた。
茫然としていると、マネキンが落ちたほうから人が現れる。あーあ、ぷかぷか浮いちゃってる。海を見下ろしながら軽く言う。
「やっぱりあなただったのですね、間に合って良かったです」
今度は主人公のほうを真っ直ぐ見た。それはふりふりのブラウスをきっちり着たあの男性だった。
彼は言葉の出ない主人公に向かって突然走り、左鎖骨のあたりにナイフを刺して、力づくでさらに奥に入れる。その瞬間の男性の顔は恐ろしい悪魔のような顔で、主人公は思わず息を呑んだ。
身体からナイフが抜けていく気持ちの悪い感覚。それに続いて声にならないほどの痛みが襲う。
痛みに蹲る主人公のもう一方の鎖骨のあたりを同様に突き刺した。
男性は主人公を置いてどこかへ走り去る。顔を背ける直前、彼の顔には確かに楽しそうな笑みが浮かんでいた。
血に塗れて横たわる主人公を警官が発見したのは十五分後。
主人公が必死に男性に刺されたことを訴えるが、
「この地域での切りつけ事件は、女性が犯人だという情報が多くあります」
と警官はあまり信じてくれない。
腕の神経が脊髄から引き抜かれて麻痺が残った主人公は、寿司屋を続けられず職探しを始める。
男性の名前は警察によると偽名であった。しかしいつだか彼が話した姉の名前とデザイナーという職業は事実で、彼女は五年前に何者かに刺殺されていた。
主人公を切りつけたときの深い憎悪の表情を思い返す。
彼の姉から辿って発見された、彼の高校生のときの写真を見る。写真の中の彼はあの中性的な顔立ちの片鱗もなく、ただ唯一、フリルのついたブラウスだけが一致していた。
何を言いたい作品なのかわからない、これで十万文字書けるのか……うーん。