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4話「赤い蝋燭」1/6

なつみは最高の気分で目を覚ました。


カーテンの隙間から差し込む朝日は楽しい1日を告げ、小鳥の囀りに乗せてどこからかリュートの音が聞こえてくる。


なつみは大きく伸びをしてベッドから体を起こすと、音の鳴る方へ向かった。


どうやらリビングから聞こえるようだ。


半分夢の中のなつみは、麗しい貴婦人が優雅に演奏を楽しんでいる姿を想像した。


だが、目の前に現れたのは膨れっ面をしたつかさがぎこちなくリュートを弾く姿だった。


そばに立っていたホェニナは厳しく言った。


「そこ、もっとテンポを落として。気持ちを乗せて演奏するの。もう一回やってみて」


「どんな気持ちを乗せればいいって言うの?私の知ってる音楽家はみんなクスリのことで頭がいっぱいだったよ」


「もっと曲に寄り添って。大事なのは上手に弾くことじゃ……あら、なつみおはよう」


「おはようございます……何してるんですか?」


「魔法を教わってるらしいよ」


つかさは明らかに不本意な様子で、リュートを置いてそう言った。


ホェニナは困ったようにため息をつくと、リュートを手に取り諭すように言った。


「いい? 魔法の基礎は自然の神秘を愛することよ。音楽はこの世界を理解する一つの方法なの。吟遊詩人の詩が呪文になるし、優れた吟遊には魔法が宿るわ」


そう言ってホェニナは歌い始めた。


言葉の意味は理解できなかったが、つかさがこの世界に来るときに詠唱した呪文と似ているようだった。


ホェニナの落ち着いた声と、元の世界と微妙に違うキーやコードが神秘的に響いた。


ひとしきり歌い終わると、ホェニナは優しく微笑み言った。


「魔法というのは、呪文を覚えれば誰にでも使えるものじゃないわ。呪文に込められた思いと自分の心を共鳴させて、神に祈りを捧げることが大事なの」


つかさはちらりとなつみを見ると、「私には向かないな」と小さく溢した。


ギターの経験があるなつみは興味津々の様子で、「私にもやらせてください」と興奮を抑えきれない声で言った。


ホェニナはリュートを渡すと、基本的なコードや楽譜の読み方を教え始めた。


しばらくは様子を見ていたつかさだったが、痺れを切らしたように「散歩してくる」と言って外へ出た。


森は朝のひんやりとした空気に満ち、目を覚まし始めた動物たちが、思い思いの時を過ごしている。


つかさは深呼吸をすると、未だ謎の多いこの森に思いを巡らせた。


この世界ではちょっとした散歩も冒険だ。


新しい発見に心を躍らせ、どこへ向かうでもなくゆっくりと歩き始めた。


逆立ちをして耳で歩くうさぎが、つかさを歓迎するように飛び跳ねた。


しばらくして、つかさが虫取りに夢中になっていると、突然背後から声が聞こえてきた。


「やあ、お嬢さん」


つかさが驚いて振り返ると、そこには小汚い格好をした初老の男性が佇んでいた。


その男は心配になる程痩せており、ローブから覗く手はほとんどミイラのようだった。


「ホェニナさんとこの子かい?」


男は人懐こい笑顔でいった。


見た目に反して若々しい低い声だった。


「そうだけど」


「やっぱりそうか。私はボナー。絵描きをしているんだ。会えて嬉しいよ」


つかさは警戒を解かなかった。


芸術家にロクな人間はいないと知っていたからだ。


「私はつかさ。ホェニナさんに何か用?」


「ああ、ついさっき呼ばれたんだ。案内してくれるかい?」


つかさは渋々承諾し、二人はホェニナの家へ向かった。


ボナーはお喋り好きのようで、つかさが半分以上理解できない話を延々と続けた。


ほとんど機械的に相槌を打っていると、ふと関係のないことが頭をよぎった。


「そういえば、魔法って信仰心がないと使えないの?」


ボナーの呆気に取られた顔を見るに、話の流れを完全に無視した質問のようだった。


それでもつかさからの質問が嬉しかったのか、ボナーは嬉々として喋り出した。


「信仰心と言うと語弊があるけど、基本的にはそうだね。ただ、呪文が神を称える文句ばかりではないように、何気ない日常を描いた絵にも魔法が宿る。さっきの魔法陣の話に繋がることだけど、結局のところ魔法は個人的なものであり、また客観的なものでもあるんだ。つまり、外部からの刺激がその個人を通すことによって、この世界に異なる形で影響を与えることになるんだ。魔法を使う為に必要なのは、究極的に言えば個人と世界の繋がりがあればいい。我々が作る魔法陣も、生命力に欠けるが確かに効果がある。それは個人を拡大する行為に他ならないんだ」


つかさは背の低い木に実った小さな果実を見た。


太陽の光を存分に浴び、大地の恵みをその小さな赤い体に集めている。


つかさは幼い頃、よく近所に生っていたブルーベリーを食べていたことを思い出した。


持ち主に見つかった時はこっぴどく怒られたものだ。


なんでも、ブルーベリーは育てるのが難しいらしい。


あの真珠のように輝く青い実を一粒食べれば、一日中走り回っていられた。


「人は一生孤独だが、どんな時でも世界と一体なんだ。ほとんどの人は身近な社会にそれを見出すが、表現するとなると必然的に視野を広げなくてはいけない。完全な理解を得ることが不可能だからこそ、他者との繋がりを感じることができるんだ。それは幻想というには貧しすぎる、霧のようなものだが、それこそまさに希望なんだ。わかるかい?」


「全く」


つかさは素っ気なく言った。


つかさはなぜか、ある種の安心感のようなものが芽生えていた。


自分の知らない世界で、アホらしく思えてくるようなことに真剣になっている人がいる。


それが無性に嬉しかった。


ボナーの話はほとんど聞いていなかったが、この熱心さには好感が持てた。


「今度絵を見せてよ。話すよりそっちの方が早いでしょ?」


つかさは笑ってそう言った。


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