3話「乙女座の女」2/5
ラプラードの街は様々な種族で賑わっていた。
街の中心には大きな噴水と広場があり、それを囲むように出店が所狭しと並んでいる。
ふと横を見ると、身長が1mもない初老の男性が、台の上で必死に声を張っていた。
車輪のついた屋台には目玉のような物が山のように盛られている。
その隣では、どう見ても腕が4本ある緑色の何かが鳥のくちばしを売り、刺青だらけの半裸の男がそれを買っていた。
2人は広場の熱気に圧倒されながらも、どうにか占い師の店までたどり着いた。
そこは、なつみが想像していた何倍も貧相なもので、店というより簡易的なテントといった方が正しかった。
布がかかっていて中は見えなかったが、小さな木の看板にはガタガタの字で『イルゥの占い館』と彫られている。
つかさは呆れたようにため息をついて言った。
「ここが大魔法使いお墨付きの店?」
なつみが何度もメモと見比べながら「そのはずなんだけど……」と不安そうに言った。
「こんなの看板がなければただのホームレスの家だよ。イルゥって人は自分の未来すら占えないみたい」
「とにかく入ってみようよ。路地裏の小汚い定食屋みたいなものだよ、多分」
「公園のボロいテントだよ。炊き出しの徹夜組なんじゃない?ねえ、あっちで獣人がタピオカ売ってたよ。こんなとこよりそっち行こうよ」
なつみが怒ったようにつかさを見た。
「嘘つかないで。いいよ、そんなに行きたくないなら私一人で行くよ。つかさはトカゲの尻尾でも食べてれば?」
つかさも膨れて言った。
「そうするよ。ラッキーカラーだけ聞いておいて」
なつみはつかさを思い切り睨み、恐る恐るテントの中に入った。
屈まないと入れないほど小さい入り口だったが、中の天井は高く、目の前には長い廊下が続いていた。
明らかに外から見たテントより広かった。
壁には蝋燭が点々と設置され、奥にぼんやりと光が見える。なつみは覚悟を決めると、奥へと進んだ。
廊下は薄暗く、どこからともなく流れていく冷たい風が、蝋燭の炎を揺らしていた。
なつみは突然不安になり後ろを振り返ると、入口の光は見えずただ真っ直ぐな廊下が無限に続いているように見えた。
すぐさま前に向き直り、半分パニックになりながら光のさす方へ走り出した。
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つかさはなつみを見送ると、ぐるりと広場を見渡してみた。
見れば見るほど、売り物も人もよくわからないものばかりである。
どうしたものかと途方に暮れていると、背後で声が聞こえた。
どうやら丁度占い館から出てきたところのようだ。
「よう、冴えない顔だな。親の死期が近かったか?」
声の主は全身緑色の鱗に身を包み、大きな顎に鋭い牙を蓄えていた。
身長は2m近くあり、その大きな体を揺らして笑っている。
それはまるで人型の恐竜だった。
人の常識が通用するかわからなかったが、声の低さからして男性のようだ。
「それならもっと喜んでるよ」
つかさはぶっきらぼうにそう答えた。
「気にすることないさ。未来なんていくらでも変えられる」
「私は占って貰ってないよ。友達の付き添いで来たの。中ですれ違わなかったでしょ?」
「この中は魔法で空間が弄ってあるんだ。客のプライバシーを守るためだとよ。俺はオーケン。この街は初めてか?」
「私はつかさ。最近この辺りに越してきたんだけど、何か面白いものを知らない?」
「それならうちの店に来るといい。すぐそこで魔法具店をやってるんだ。どんなものでも揃ってるぜ」
魔法具。
その言葉につかさは胸をときめかせた。
老婆と水晶玉を眺めるよりずっといい。
二つ返事で話に乗ると、二人はオーケンの魔法具店へと向かった。
つかさはこのめちゃくちゃな街に溶け込み、この世界の住人として認められたような気がしていた。
にわかに広場の喧騒が親しみ深く感じられた。