3話「乙女座の女」1/5
ホェニナはずっと黙ったままだった。
初めは2人の話を興味深そうに聞いていたが、今では目の前のスープの方が重要なようだ。
時折見せる困ったような表情を気にもせず、つかさは更に大袈裟なジェスチャーでテーブルを揺らすと、満足げに水を飲み話を区切った。
ホェニナは気を使うように言った。
「それじゃあ2人はとても遠いところから来たのね」
「遠いどころじゃないよ。それこそ異世界から来たんだから」
つかさがどこか誇らしそうにそう言った。
ホェニナは助けを求めるようになつみを見たが、ただ困ったようにうなずくだけだった。
「あのね、私が魔法使いとして名を挙げてから100年以上経ったけど、他の世界から来た人間なんて聞いたことがないわ」
「私の世界でもやったのは私たちくらいだよ。やっぱりこれってすごい事だよね?」
「つかさ、夢の木ジャンキーのいとこも似たようなことを言ってたわ」
「信じてくれなくても別にいいよ。研究者ってのはどこの世界でも頭が固いんだね」
つかさは不機嫌そうにそう言うと、大きな目玉焼きを口に運んだ。
スパイスが効いていて悪くない味だ。
ホェニナはため息をつくと、紙と羽ペンを取り出し何かを書き始めた。
「わかった。貴方たちの過去はもう聞かないから。近くの街に腕のいい占い師がいるの。話せば少しは気が楽になると思うわ」
そう言って紹介状と簡単な地図を渡した。
それを聞いたなつみは、口に物を入れたまま目を輝かせて言った。
「占いだって! 行ってみようよつかさ!」
「私はいいや。興味ない」
「こんなところにいても暇でしょ?それにつかさ、すごい闇かかえてそうじゃん」
ホェニナはなつみを睨みながら言った。
「馬車を呼んでおくから。街には色々あるし、楽しいと思うわよ」
つかさは観念したようにため息をつくと、左腕をさすりながら言った。
「はいはい、わかりましたご主人様」
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森を後にした2人は、馬車に揺られながら広い草原を走っていた。
道はほとんど舗装されておらず、車輪が小石を踏むたびに尻に鈍い痛みが走る。
馭者が言うには、向かう先はラプラードという街で、20分ほどで着くという。
つかさは窓枠に肘をつき、顔をしかめて言った。
「これは高級車に違いないね。しかもエコ」
「もう機嫌直してよつかさ。どうせ行くなら楽しまないと」
「なっちが行きたいだけでしょ。あいつ、カウンセリング感覚で勧めてたよ」
「結構面白いんだよ、占いって。私の友達も行ってて、人生変わったって」
「他人に自分の未来のことを上から目線で言われるのが好きなら、私にもできるよ。なっちは今に高い壺を買わされる羽目になる」
「ホェニナさんお墨付きの占い師なんだから間違いないよ。それにこの世界の占いって当たりそうじゃない?」
「どうだか」
空は青く澄み渡り、小鳥たちが楽しそうに戯れあっている。
魔女の森はすでに小さくなり、遠くには大きな街が見えてきていた。
土の匂いを含んだ冷ややかな風が車内を吹き抜ける。
つかさは、気持ちよさそうに深呼吸するなつみを横目に、気怠そうに目を閉じた。
馭者が振るう鞭の音が小さく聞こえた。