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2話「Welcome to the 異世界」2/2

暖かい日差しがなつみの目蓋を撫でた。


薄目を開くと、目の前に見知らぬ天井が広がっている。


ゆっくりと体を起こすと、隣のベッドに人の形の膨らみが見えた。


頭まで毛布をかぶっていて顔が見えないが、おそらくつかさだろう。


なつみは覚めきらない目を擦り、無意識に携帯を開いた。


朝の9時だ。


元の世界と同じ時間かわからなかったが、充電も切れかけている。


あまり気にすることもないだろうと携帯をしまった。


その時、ノックもなくドアが開き、背の高い金髪の女性が入ってきた。


見た目は30代前半くらいで、質の良さそうなローブを着ている。


「あら、もう起きたのね。若いっていいわね」


彼女はベッドの側に座ると、水の入ったコップを手渡してきた。


「ありがとうございます。あの、王様に会えますか?昨日はテンション上っちゃって、失礼なことをしたかも」


「王様なんていないから大丈夫よ。貴方が見たのはこれの幻覚」


そう言ってみせたのは、昨晩燃やしたピンクの枝だった。


なつみが呆然としていると、女性は笑って言った。


「やっぱり知らなかったのね。これは夢の木の枝よ。樹脂に強力な幻覚作用があるの。焚き火に入れて大量に吸引するなんて、どんなジャンキーもやらないわ」


「そうだったんですか。良かったです。私宝石の国の王様にタイキックしちゃって……」


「宝石の国は許してくれるだろうけど、今貴方のいるアガルタ王国は許してくれないでしょうね。夢の木の吸引はそこそこ重罪よ」


それから彼女は小さな声で「ちなみに果実はもっと強烈よ」と付け加えた。


「あの、助けてくれてありがとうございます。私たちあの森で遭難しちゃって。死んだ後にどの星座の星になるかまで決めてました」


「いいのよ。あの狼煙のおかげで気付けたわ。まさか夢の木の煙だとは思わなかったけど。本当、よくあんな毒々しい色の木を燃やしたものだわ」


なつみが照れ笑いをすると、女性は立ち上がり言った。


「私はホェニナ。魔法使いをしているわ」


なつみは無意識に驚きを隠し、握手をしながら言った。


「私はなつみ。そっちの、まだ宝石の国にいるのがつかさ。あの、助けていただいて本当にありがとうございました、ホェニナさん」


ホェニナは不敵な笑顔を見せると、つかさに目を向けて言った。


「彼女、もう戻らないわよ」


時が止まったように、なにも音が聞こえなくなった。


寝起きの頭には少し荷が重い言葉だ。


一瞬が数十分にも感じられる。頭が回り始めるにつれ、氷が溶けるように、少しずつ理解し始める。


「え、あの、それは、どういう……」


「残念だけど、夢の木をやり過ぎたみたい。木の皮に強い毒があるのよ。正直あなたも死んでいておかしくなかったわ」


ゆっくりとつかさを見る。


ピクリとも動かないその体は、確かに呼吸をしていないようだった。


「そ、そんな……つかさ……」


なつみは震える手で毛布をめくる。


初めてまじまじと見るつかさの顔は、とても安らかで幸せそうだった。


途端に不安が襲ってきた。


既に冷たくなったつかさの頬に、大粒の涙が落ちる。


「嘘でしょ……返事してよ!こんな……こんなところに私を一人にしないでよ!」


ホェニナが微妙な表情をしていることに、なつみは気がつかなかった。


「こんなわけのわからない、イカれた場所で私一人じゃ生きていけないよ! どうせならドラゴンに殺されたいって言ってたじゃん! こんな家畜の肥溜みたいなところでODで死んじゃうなんてとんだ笑い者だよ! よりによってこんな牡蠣食べた後のゲロみたいな場所で……」


ホェニナの咳払いが聞こえた。


「私ならこの子を生き返らせることができるわ。ちなみにこの肥溜は毎月模様替えしていて、インテリアにも凝っているつもりよ」


言い終わらないうちに、なつみは叫ぶように言った。


「お願いします! つかさのためならなんでもします! つかさを生き返らせてください!」


ホェニナは納得のいかない顔をしながらも、ため息をついて言った。


「いいわ。ただし、一つ条件があるわーーーー」


外はいい天気だった。


人が死んだというのに不謹慎に思えるほど、太陽が豊かな緑を照らしていた。


なつみは、雲ひとつない晴天の上でジャッキー・チェンが微笑んでいる気がした。


ーーーーーーーー


つかさは視線を感じて目を覚ました。


目の前には心配そうな表情で目を潤ませるなつみと、背の高い知らない女性が覗き込んでいた。


起き上がろうとするも、うまく体が動かない。


額に手を当て、ひどい頭痛に耐えながら言った。


「おはよう。飲み過ぎちゃったみたい」


なつみは乱暴につかさを抱きしめた。


寝ぼけ眼のつかさの頬に、冷たく濡れる感触が伝わる。


「つかさ……心配したんだから!」


「な、なにを?」


なつみは腕に力を込めた。


安堵と、喜びと、怒りと、様々な感情が渦巻く中で、涙だけが溢れてくる。


「痛い痛い! 殺す気?」


「あなた死んでたのよ」


声のする方に目を向けると、つかさのイメージとほとんど変わらない魔法使いの姿があった。


よく見ると、辺りは禍々しい装飾の薄暗い部屋で、魔法陣の描かれた台の上で横になっていることに気付いた。


「ここどこ?宝石の国は?」


「幻覚よ。貴方、よくない木で暖をとっていたの」


つかさは今までのことをゆっくりと思い出した。


自分が生き返ったばかりだということも、現実味がないからこそ頭では理解できた。


「良かった。私、王様のハゲをしつこくいじっちゃったんだ」


「記憶はしっかりしてるみたいね。動ける?」


つかさはゆっくり体を起こすと、手を握り込んでみたり回してみたりした。


すると、左腕に見たことのない模様の刺青が入っていることに気づいた。


「これなに?まさか酔った勢いで恋人の名前を彫ったとか言わないよね?」


「それは隷属の魔法陣。貴方は私の奴隷になったの。生き返らせるにはそうするしかなかったわ」


つかさは恐る恐る二の腕をさすりながら言った。


「あ、ありがとう。できればもっとかわいい模様が良かったけど」


少し落ち着いたなつみが、鼻をすすりながら言った。


「文句言わないでよね。私は生きてるうちに彫ったんだから。めちゃくちゃ痛かったよ」


見ると、なつみの腕にも似た模様が刻まれている。


「なっちも死んだの?」


「いいえ」ホェニナが疲れたように言った。「彼女は保証人みたいなものよ。貴方が私の命令に背けば彼女が死ぬわ」


つかさはなつみを見た。


目を真っ赤に充血させたなつみは、目を逸らして「しょうがないでしょ」と言った。


その時、ホェニナが倒れるようになつみにもたれかかった。


相当体力を使ったのか、立っているのも辛そうだった。


「大丈夫ですか?」


「私は少し休むわ。貴方たちのせいで、昨日は床で寝たんだから」


なつみはホェニナに肩を貸し、ベッドへ連れて行った。


つかさは体を動かし、掌を見つめた。


違和感はなかった。


「私、死んでたんだ……」


いつのまにか頭痛はほとんど治っていた。


つかさは深く考えることをやめ、再び横になった。


しばらくすると、なつみが戻ってきた。


手には水と軽食が乗った盆を持っている。


「食欲はある?」


「病み上がりにしてはね。まだ動きたくないからここで食べよう」


「骸骨や剥製に見られながら?」


つかさは小さく笑い、なつみが持ってきた軽食に手をつけた。


「案外元気そうじゃん。一度死んで生き返るのはどんな気分?」


「別になんてことないよ。私のおじいちゃんも手術で一瞬心臓止めたし」


なつみはつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「あの人、良い人そうなの?」


つかさが不意に低いトーンで言った。


ホェニナを気にしてか、ドアをぼんやりと見つめている。


なつみは硬いパンに苦戦しながら言った。


「多分ね。私たちを奴隷にはしたけど、こき使うつもりはないらしいよ」


「なんで生き返らせてくれたんだろう」


「自分の庭で人に死なれたくなかったんじゃない?このパン意外とイケるよ」


つかさは天井を見た。


神々しい光を背後に、7人の天使が大きく描かれている。


元の世界でも似たようなものを見たことははあったが、今はさらに身近に、神秘的に見えた。


同じように天井を見ていたなつみが言った。


「サイゼリヤに来たみたいだね」


つかさは、今まさに未知の世界にいる事を肌で感じていた。


心の奥底からなにか言いようのない感情が湧き上がってくる。


つかさはなつみを見ると、叫び出したい衝動を押し殺して言った。


「いたね、魔法使い」


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