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4話「赤い蝋燭」4/6

聖リーサ修道院は森の奥深くにあった。


錆が浮いた門の向こうには、飾り気のない建物がいくつか立ち並んでいる。


庭の掃除をしていた修道女の一人が、二人に気づき駆け寄ってきた。


「なつみとつかさですね。お待ちしていました、さあどうぞ」


彼女は立て付けの悪い門を荒々しく開けると、二人を招き入れた。


「はじめまして、院長のイラといいます。お二人のことはホェニナ様から伺っております」


イラは礼儀正しくそう言うと、深々と頭を下げた。


両耳の上品なイヤリングが揺れ、慎ましく輝いた。


年は30代後半といったところだろうか。


整った顔だが、目の横に小さい傷のような刺青があった。


つかさの遠慮ない視線に気づくと、イラは笑って言った。


「この刺青はリーサ様にあったとされている傷を模したものです。お二人に強制するつもりはありませんよ」


「よかった。これ以上墨が増えたらお嫁にいけないよ」


「リーサ様ってどんな人なんですか?」


なつみはイラの丁寧な物腰に安心したのか、いくらか砕けた態度で聞いた。


「偉大な吟遊詩人です。100年前に聖人と認定され、この修道院ができました。そのため、ここには敬虔な音楽家たちが多く集まっているんですよ」


イラは上手く驚きを隠してそう言った。


「二人ともお疲れでしょう。今日は宿舎で休んでください。明日ここを案内いたします。ついてきてください」


二人は黙ってイラの後に続いた。


敷地内は綺麗に整備されており、どこかから楽器の音が聞こえてきた。


自然の中にぽつりと浮かんだこの場所は、確かに神聖な雰囲気が感じられた。


宿舎には二人の部屋が用意されていた。


必要最低限のものしか置かれていない質素な部屋だ。


「13時に昼食ですので食堂に来てください。それまでは自由にしてくださって結構ですよ」


イラはそう言うと扉を閉めた。


二人は適当な場所に荷物を置くと、倒れ込むようにベッドに座った。


「卓球台あるかな」


「ちょっと面白いから許すけど、イラさんの前では変なこと言わないでよね。ただでさえ私たちはビョーキだと思われてるんだから」


なつみは呆れたようにそう言うと、ポケットからスマホを取り出した。


画面には時間と魔法陣が写っている。


「ホェニナさんに充電してもらえて良かった。これがないと生きていけないよ」


「ホェニナさんから連絡は来てる?」


「まだみたい。ホェニナさん、使い方わかってるかな?」


「ツムツムに夢中になって忘れてるんじゃない? ねえ、なんかゲームやらせてよ」


「駄目。こっちは充電できないんだから。連絡が来たらすぐ電源を切るよ」


なつみはそう言ってベッドに横になると、ぼんやりと天井を見つめた。


ホェニナの言葉が何度も頭の中を行き来する。


なつみにはホェニナの考えを完全に理解することは出来なかったし、ホェニナも全てを語っているわけではないだろう。


それでもなつみは、何も考えずに従うだけの器があった。


ーーーーーーーーーー


「ホェニナさん、なつみ達はいつごろ戻る予定なんですか?」


ボナーはコーヒーをすすりながら聞いた。


ホェニナは読んでいた本を閉じ、物憂げな顔で窓の外を見た。


「あまり早すぎても角が立つわ。一、二カ月は二人に我慢してもらう事になるわね」


「イラさんがごねるかも知れませんよ。あの人もなつみの曲を聴けばただ事ではないとわかるでしょう」


「あの子の手に負えるような曲じゃないわ。二人の隠蓑としてはあそこが一番安全よ」


「まさかそれだけじゃないでしょう? なにか企んでますね」


ホェニナはボナーを真っ直ぐ見つめると、恐ろしいほど抑揚のない声で言った。


「聖遺物を盗むわ」


流石のボナーもこれは意外だった。


彼はしばらく黙っていたが、ホェニナはなにも言わずにまた本を読み始めた。


ボナーは仕方なく言った。


「魔法使い様の考えることはわかりませんね。なぜ、どうやって聖遺物を盗むのです?」


「あそこにはリーサ様の手書きの楽譜が安置されているわ。中には公開されていない曲もあるけど、厳重に保管されていて見せてもらえなかった。研究すれば新しい魔法が作れるはずよ」


「だからあの二人に行かせたのですか?」


「芸術家連中になつみの曲を任せたくなかったのは本当よ。彼らは神への冒涜だとか言ってあの曲を拒絶するわ。馬鹿馬鹿しい」


「……そうですか」


そう言うとボナーは立ち上がった。


「私はそろそろ失礼します。今日聞いたことは忘れましょう。それでは」


ホェニナはボナーの後ろ姿を見送ると、黙って読書に戻った。


ーーーーーーーーーー


食堂には多くの修道女が集まっていたが、誰一人喋ることなく食器が擦れる音だけが響いていた。


二人は悪目立ちを避け、黙々と食べ物を口に運んだ。


すると、乱暴に扉を開ける音と共に一人の修道女が食堂へ入ってきた。


彼女は集まる視線を気にもせず、つかさの前の席に座った。


「新入りだね? なにをやらかしたんだ?」


「アズナ」


イラの咎める声が聞こえていないかのように、アズナと呼ばれた少女は平然と質問を続けた。


「盗みだろ。違うか?貧乏くさい面してるもんな。生きるためならしょうがない。神も許してくれるさ」


二人はなにも言わなかった。イラのため息が聞こえてくる。


「あんたは売春だろ。え? 何か言ったらどうだ?」


「面白ければ笑うよ」


つかさは水を飲んでそう言った。


アズナはつかさを睨み何かを言いかけたが、イラの怒鳴り声に制止された。


アズナは舌打ちをすると、なにも言わずに食事を始めた。


その時、静かになった食堂に「ライン!」という音が響いた。


つかさは呆れた目でなつみを見る。


なつみは慌てて席を立った。


「その声で歌ってくれるのか?」


アズナの笑い声を背中に受けながら、なつみはスマホを開いた。


ホェニナからだった。


「連絡遅くなってすいません(>_<)


無事着きましたか?


ボナーは引き込めませんでした(ノД`)


楽譜は聖堂に厳重に安置されています!


くれぐれもバレないように:;(∩´﹏`∩);:


急がなくて大丈夫なので、たまには連絡くれると嬉しいです☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆」

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