4話「赤い蝋燭」3/6
芸術家たちの会議から1週間が経った頃だった。
あれから、ホェニナはなにもなかったかのように二人と接していた。
つかさも魔法を諦め、魔法具を漁ることに熱中していた。
ある月明かりの眩しい晩に、ホェニナはさりげなく言った。
「ねえなつみ、修道院に行ってみない?」
二人はすぐにあの曲のことだとわかった。
なつみは黙ってホェニナを見た。
明らかな悪意は感じなかったが、どこか後ろめたいものがあるようで、困ったように笑っている。
「私を隔離する気ですか? あの曲そんなに駄作?」
「そうじゃないの。あなたは素晴らしい才能があるわ。それを社会に受け入れられる形にできれば、正当な評価を受けられるの」
「あれは他人の曲だって言いましたよね。編曲するなら許可を取らないと」
なつみは怒ったような、悲しんでいるような口調でそう言った。
つかさは珍しく居た堪れない気持ちになり、言葉を選びながら小さな声で言った。
「私たちが異世界から来たって信じなくてもいいけど、いたいけな女の子をいじめるのは良くないと思うな」
「ごめんなさい。下手に物を知っていると、新しいものに過剰に反応してしまうの。勿論、無理にとは言わないわ。でも、これはなつみのためにもなることだと思うの」
つかさはそれまで部外者の立場を保ってきたが、このホェニナの言葉は許せるものではなかった。
状況をややこしくすることは承知の上で、それでも声を張らずにはいられなかった。
「やめて。お互いの利益を考えるのが大人のつもり?正直に研究の為のモルモットになってくれって頼んだら? 頼み事をする時は頭を下げるのが筋でしょ? 違う? 違うなら無視して。なんせ他の世界から来たものだから」
ホェニナは組んだ手をじっと見つめたまま、なにも言わなかった。
なつみは痛みに耐えるかのように目を閉じた。
長い沈黙が続いた。
部屋の全てが、時が止まったように物音一つ出さなかった。
「そうね」
ホェニナが独り言のように呟いた。
「これは命令よ。修道院に行って、芸術を学びなさい」
なつみが息を飲む音が聞こえた。
ホェニナは自分の手を睨んだままだ。
「ちょ、ちょっとまって、ホェニナさん、そういうつもりで言ったわけじゃ……」
つかさは慌ててそう言った。
だが、ホェニナの表情を見れば本気なのは疑いようがなかった。
なつみの刺青が薄く光った。
ーーーーーーーーーー
ホェニナが部屋に入ると、それまで交わされていた会話がピタリと止んだ。
ホェニナは睨みつけるように芸術家たちを見回すと、黙って席に着いた。
劇作家のレフが咳払いをして言った。
「それで……話の続きだが」
「なつみたちはもう発ったわ。明日の朝には聖リーサ修道院に着くでしょう」
そう言うホェニナの声は、部屋を凍りつかせるように冷たく響いた。
「つかさと言ったか、あの子も行かせたのか?」
「ええ。過去に何があったにせよ、二人は行動を共にしていたわ。なつみの創作に必要な事かもしれない」
「問題を起こされても困りますよ。人は仲間がいると気が大きくなるものです」
「二人は私の奴隷よ。命令に背くような事はしないわ。それに、なにも危害を加えようとしているやけではないでしょう。喜んで主に奉仕してくれるわ」
「そうだといいがね。なんせ素性の知れぬ狂人だ。最悪の事態を想定しておかねば」
「レフさん、そのくらいにしておきましょう。ホェニナさんもそれくらいわかってます」
ホェニナは静かにため息をついた。
なにもかもが馬鹿馬鹿しく感じられてきたのだ。
こんな話は本来芸術家のすることではない。
子供の喧嘩か、思春期の反抗に付き合わされている気分だった。
ホェニナは他人を巻き込んだことを後悔していた。
「あなたたちの考えはよくわかるわ」
ホェニナが話し始めると、芸術家達は動きを止め一斉に視線を向けた。
ホェニナはたっぷり間を取って諭すように話し始めた。
「私はこんな話をするために皆を集めたわけじゃない。私一人ではなつみの曲を判断できなかったからよ。でも何人集まっても同じみたいね。みんな新しいものに怯えるか、自分の手柄にすることを考えるばかりで、曲そのものに向き合っていないわ。修道院に行かせたのもそのためよ。あなた達にはあの曲から新たな魔法を作り出すのは無理。できるとすればそれはなつみ本人だけよ」
それまで沈黙を貫いていたボナーが重々しく口を開いた。
「あの曲はあまりにも異質です。それに急ぐ必要もありません。ホェニナさんには馬鹿馬鹿しく聞こえるかも知れませんが、我々には曲を噛み砕いて胃に収める時間が必要なのです」
「意見が一致したみたいね」
そう言うとホェニナは立ち上がり、振り向きもせずに部屋を出た。
無駄に煌びやかな装飾に彩られた廊下を進み、レフの家を後にした。
ホェニナは長い呪文を唱え終わると、その場から忽然と姿を消した。




