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4話「赤い蝋燭」2/6

「着いたよ。あそこに見えるのがホェニナさんの家。壁紙の趣味は最悪だけど許してあげてね」


「ああ、ありがとう。つかさはまた出かけるのかい?」


「うん。お腹空いたら戻るよ」


そう言って引き返そうとしたその時、上空から物凄い速度で何かが降ってきた。


砂埃の中から現れたのは、体と不釣り合いなほど大きな丸い帽子を被った小さな少女だった。


「あら、ボナーじゃない。あなたも呼ばれたの?」


「はい。なにか慌てた様子でしたが何かあったんですか?」


「さあね。その子は?」


少女はつかさを見て言った。


聞いたはいいが、その冷たい瞳からほとんど興味がないことが伺えた。


「最近ホェニナさんが世話してるつかさちゃんです。つかさ、この方はアトリアさんだ。高名な彫刻家だよ」


つかさは嫌な予感がしていた。


ホェニナの家に芸術家達がこぞって集まってきている。


つかさが出る前はホェニナにそんな素振りは見られなかったはずだ。


つかさは挨拶もそこそこに、家の中へ駆け込んだ。


中は見知らぬ人たちでごった返していた。


その中心にはリュートを抱えたなつみが居心地が悪そうに座っている。


部屋を見渡すと、隅でホェニナが誰かと真面目な顔で話をしていた。


つかさはなつみの側へ駆け寄り、困惑しながら聞いた。


「何かあったの?」


「わ、わかんない。私が元の世界の曲を弾いたら、ホェニナさんが突然顔色を変えて……」


「やっぱりクソだって?だから最近の曲は退屈だって言ったでしょ」


「でもYouTubeでは沢山再生されてたよ。私も夢中で歌詞を考察したのに」


「この人たちは?」


「さっきホェニナさんが呼んだみたい。私の曲を聞いて欲しいって」


「演奏したの?」


「うん。私才能あるのかもって思ったけど、みんな拍手もなく真剣な顔で話し始めて。失礼しちゃうよ」


そう話していると、つかさに気づいたホェニナが話を切り上げて二人の元へやってきた。


その硬い表情からはなにも読み取れなかったが、様子がおかしいのは確かだった。


「つかさ、あなたもこの曲を知っているの?」


「何をやったの?」


なつみはホェニナの真剣な表情に気圧されたのか、おずおずと小さな声で言った。


「柳健人の赤い蝋燭」


「知らないな。有名な曲なの?」


「もちろんだよ。みんな知ってるよ」


ホェニナが黙り込んでなにか考え事をしていると、部屋が騒がしくなってきた。


議論が白熱してきたようで、あちこちで怒号に近い叫び声が飛び交っている。


ホェニナはいつもの優しい表情に戻ると、「ごめんなさい。少しこの人達と話したいから席を外してもらえる?」と言った。


二人は部屋から出ると、扉にもたれかかりため息をついた。


「なんか大変なことになっちゃってるね」


なつみは罪悪感を感じているのか、弱々しくそう言った。


「この世界の芸術の扱いは元の世界と違うみたいだからね。悪いことにはならないんじゃない? 異文化交流だよ」


それきり二人はじっとその場で黙り込んだ。


正確には、部屋の中で交わされる会話に耳を傾けていた。


興奮した芸術家の声は、扉越しでも難なく聞き取ることができた。


「彼女はどこの生まれなんだ? 誰もが知っている名曲だと言っていたぞ」


「過去のことはあまり聞いていないわ。おそらく……なにか大きなショックを受けたみたい。二人揃って支離滅裂なことしか言わないわ」


「それじゃあ、あの子が自分でも知らないうちに作り出した曲ってこと? 作者の名前も聞いたことがなかったわ」


「狂人の作った曲ということか! それなら訳が分からなくて当然だ。まともに聴けばこっちまでおかしくなってしまうぞ」


「それでも、確かに何か感じるものがあったよ。分析してみる価値はあると思う」


「重要なのは祈りと愛だ。狂人の戯言にしては考えられないほど作り込まれている。なにか根底にあるはずだ」


「このコードは確かに常人には思いつかないわ。それでも曲の中で見事に調和している。転回形として見ても……」


「そんなことはどうでもいい。これを神に捧げることが許されるかどうかだ。私には存在してはいけない曲のように思える」


「同感ね。この世の理とあまりにもかけ離れ過ぎているわ。あの子は多分、神の存在すら疑っている」


この言葉を最後に、長い沈黙が続いた。


なつみは今にも泣き出しそうな顔で床を凝視している。


窓の外では、何も知らない小鳥が楽しそうに歌っていた。


その声には、確かに魔法が宿っているように思われた。


その時、部屋の沈黙を破る声が聞こえてきた。


それは低く落ち着いた声だったが、つかさはしっかりと聞き取ることができた。


「未知のものはなんでも恐ろしく感じてしまうが、全て歓迎すべきものだ。誰が作ろうと、神が作りたもうたこの世に生まれたものだろう」


それは、ボナーの声だった。


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