水の極意
「ぐっ!」
ミランディは腹と足から血を流し倒れこんだ。
一方宝児は全力で走っていた。
「ミランディさん、無事でいてくれ!」
しかしまだ場所へは遠い。
ザネリーは勝利を確信した。
「もう終りだな」
じりじりとザネリーは迫る。
その時ミランディの服から手紙が落ちた。
「えっ?」
そこには「母より」と書いてあった。
それが目と心を奪った。
数十秒前まで殺される事しか考えていなかった自分。
それが吹き飛んだ。
目が聖霊が宿る様に輝きだした。
「お母さんが秘密で手紙を?」
「どうした? もう終りの様だな」
ミランディは無理を百も承知で懇願した。
そこには戦う意思は本当に捨てきった態度があった。
「お願いです。私はもうあなたに勝ち目はありません。だからせめてこの読んでいなかった手紙を読む時間だけ下さい。3分だけで、いえ1分でも」
「何だと? 隙を作って反撃する気か?」
しかしザネリーは思った。
この娘、闘気の様な物が完全に消えている。本気で言ってるのか。
ミランディは闘争心が完全に消え観念しただ死ぬ前に母の手紙を読みたい、それだけになっていた。
「お、お願いします」
「30秒、いや45秒だけやろう」
手紙にはこう書いてあった。
「ミランディへ お父さんは前に貴方にひどい事をした。でもあの時、食堂へ行こうと言った時は違ったの」
その時の回想に入る。
父は言った。
「ミランディ、今日は美味しい夕食を食べに行こう」
「いやよ! 私をどこかに置き去りにする気なんでしょ!」
「……」
「私、お母さんの事しか信じない!」
手紙の続きに戻る。
「あの時はお父さんは本当にミランディに美味しい食事を食べさせようとしていたの。前に置き去りにした時は随分ひどい人だと思ったけど、きちんとお父さんは貴方の事を考えてるわ」
そしてミランディはその後の剣の稽古を思い出した。
父はミランディに極意を説いた。
「水のように剣を使うのだ」
「水のように」
「うむ、水の様な流れる太刀筋は私には出来ん。お前の才能なら出来る。速さ、流麗さ、破壊力、それら全てを兼ね備えた剣をお前なら使える」
「全てを兼ね備えた……」
「扇を描くように弧を描くように月を描くように」
「月を描く」
父はさらに説いた。
「漕ぐのでもなでるのでもなく流れに心も体も剣も乗るんだ。勿論地上に水はない。そこに水がある様に切るのだ」
「水がある様に」
ミラムロはすり足で体重移動した。
「うむ。まだ完璧でないな。水の流れに棒を突っ込み逆らわず流させる」
「棒を流すって事?」
「違う。流すのではなく棒は立ち続けるのだ。勿論流れに逆らうのではなく乗って立ち続けるのだ」
「うん」
「そして剣が折れても心は折れてはならん。さすれば剣は折れん!」
ここで回想は終わる。
そしてミランディは力を振り絞り立ち上がった。
「ぐっ!」
「何? 立つ気か? その傷でか?」
これまでとは違う覚悟と強さが目にあった。
「はあ、はあ、お父さんが伝えようとした水の奥義の極意。今試す!」
それは父の思いを初めて知り何かに開眼した様だった。
「これまでとは違う、何だこの全く相手に気配を掴ませないような無心の様な構えは! まるで水の様だ」
ミランディは落ち着ききっとした目で前を見た。
再度剣を構えすり足と水の様な流麗な動きで切りかかった。
そして攻めた。
先程のいきり立ったり恐怖を隠すような動きはそこになかった。
ザネリーは変化に驚いた。
「どう言う事だ? まるで別人だ! 動きと言うよりもまるで何かを纏っているような」
「はあ!」
文字通り「流れる」剣で切り込んでいった。
まるで水や空気に乗るような流麗な動きであった。
「おのれ!」
とザネリーは反撃してくる。
しかしザネリーの攻めを軽くかわし次の攻撃もいなした。
「おのれ! おのれ!」
ザネリーはやけになって大味な攻めを繰り返した。
しかし次々出す攻撃は文字通り水のように受け流された。
硬い鉄に打つのではない。柔軟な糸で相手の剣を捕らえる様だった。
ミランディは声を上げた。
「これが水の極意の奥義!」
「ぬっ!」
「はああ!」
しかし、ミランディは手許が狂い切り損ねた。
ザネリーはこれをかわした事で勝利を確信した。
「驚いたぞ、さっきまでとまるで別人だ。よくやったな。だがそれでも私を倒すには至らんな」
ミランディは腹を押さえた。
「くっ、まだ未完成、それにこの傷が」
「もう手は出し尽くしたかな」
「ミランディさーん」
そこへ宝児が来た。
「宝児さん!」
そして皆到着した。
「遅くなった!」
「シギアさん! 皆さん!」




