団体戦初戦
皆が一言で振り返った。
「俺も行く」
声は抑えめでぽつりとではあるが、芯に決意の強さの感じられる言い方であった。
先程までの様に高圧的、皮肉的でない。
フィリオは聞いて歓喜した。
「シギアさん! やっぱり行ってくれるんですね!」
しかし、騎士達は怪訝な表情で顔を見合わせた。
そしてレオンハルトは少し考えた後、はっきり申し出を拒絶した。
感情を抑えてはいるが。
「……お前は来るな」
仲間外れいじめ等でよくある意地悪な言い方ではなく、戸惑いや疑念と共に少しシギアの行こうとする気持ちを理解しながらも、重い言い方で力を借りたくない拒否姿勢を表した。
厳しさを出し、心を鬼にした。
「……」
その時シギアは下を向き、何も言いかえさなかった。
怒りもある、しかし同時に悲しさを目ににじませていた。
さらにレオンハルトは付け加えて拒絶姿勢を強調した。
「お前の力を借りずとも俺達の力でやる」
これも意地悪と言うより責任感が前に出ていた。
すると先輩騎士達も揃って同調した
これは言い方がレオンハルト程真面目ではなかった。
「そうだそうだ」
「お前はここでせいぜいねんねしてろ」
「クリウと仲良くな」
「お前なんか足出まといだ」
と矢継ぎ早に嫌味を言った。
シギアはまた怒りは顔に出さず、何も言いかえさなかった。
下を向いたままだ。
クリウは慰めた。
「レオンも他の騎士達もプライドが高くて口が悪いのよ。でもそれでも国の為命を懸けている。今は皆が1つとなるときよ」
「……」
シギアの沈黙は反感を持っていると言うよりも、自分が何故拒絶されるのか半ば理解している意味があるようだった。
理解されない悲しみもあった。
フィリオはクリウに疑問をぶつけた。
「男としてですか、それとも騎士としての意地でしょうか」
「騎士として、ではなく、やっぱりシギアさんとぶつかった以上ね……」
「せっかくシギアさんと騎士さんが一体になる機会だったのに」
「後ろにいるだけでもいいから行きましょう」
クリウ、フィリオ、シギアは後を追って行った。
その頃城下町には20、30人近い兵士が闊歩していた。そのうちの1名が叫んだ。
「勇者とやら出てこい!」
ヘリウム兵士は驚いた。
「何だと⁉️ もう情報が」
これを聞いた帝国兵士は自分達の力を自慢し説明した。
「我々の諜報能力を甘く見るな。全て筒抜けだ」
さらに続けた。
「何か知らんが勇者とやらは今後敵となる可能性がある。よって今潰す!」
帝国兵士達は近くにいた女性の手を引っ張った。
「いや!」
「貴様が人質になれ!」
騎士たちとシギア、クリウ、フィリオは皆外に出たが、副隊長はシギアに言った。
「君は下がっていろ」
「……」
「君が集中的に狙われる危険性がある」
「……はい」
シギアは下を向きやむなしと言う表情で頷いた。
クリウは心配しながら見ていた。
副隊長はクリウに頼んだ
「君も、怪我人が出たら治癒を」
「はい、お気をつけて」
フィリオもやむなく見守る事になった。
フィリオは
「ああ、私には副隊長の仰ることが正しいのか分かりません」
と戸惑い悩んだ。
騎士は銘々叫ぶ。
「俺が行く」
「俺もだ!」
「皆行くぞ! 騎士団の誇りを見せる時だ」
ヘリウム中堅騎士は若手を鼓舞した。
「こしゃくな奴らめ!」
「すぐに戦いを終わらせてやる!」
と帝国兵はいきり立ち、同時に嘲笑った
ヘリウム軍も隊長が呼びかける。
「私に続け!」
「はい!」
帝国兵は完全に馬鹿にし煽った。
「雑魚どもが」
先輩を立てようとレオンハルトは意気揚々と出た。
しかし死と隣り合わせの決意も同居していた。
「私が前に出ます!」
先輩が言う。
「レオン、あまり無理するな」
「はああ!」
レオンハルトは切りかかり一気に2、3人蹴散らした。
「こしゃくな!」
と言った敵兵の剣をうけとめ鍔迫り合いした。レオンハルトは叫ぶ。
「負けてられん!」
全体的にヘリウムが人数が多く、また訓練度は精鋭である騎士団である為優勢であった。
敵兵はあまり位が高くない者が多いようだ。
「ふん、ならば」
と帝国兵がナイフを人質の女性に突きつけた。
「動くな! 人質を殺すぞ!」
さすがに皆動けなくなった。
「くっ!」
「少しでも動くなよ!」
「いや!」
女性は怯えて真っ青な顔で叫んだ。
こ、ここは冷静にならんと、とレオンハルトは思った。
しかし人質を盾に兵士の1人がぐさりと騎士の1人を切った。
「許さん!」
この卑劣な手段を見てレオンハルトはついに糸が切れリーダー格に突っかかった。
しかし帝国兵士は人質を見せつける様に前に出した。
「人質だ」
「くっ!」
その隙をついてレオンハルトは切られてしまった。
「レオン!」
帝国兵士はレオンハルトを捕らえた。
「貴様も人質にしてやる」
「待てっ」
ヘリウム騎士団隊長は言った。
「私が代わりに人質になる」
「ふん」
「…だから女性を解放しろ」
帝国兵は冷酷にこれを固辞した。
「駄目だ」
他の騎士たちは驚いた。
「なっ!」
さらに兵士は続けた。
「貴様が自決でもすれば考えてやる」
「な」
騎士たちは口々に叫んだ。
「やめて下さい隊長!」
「隊長!」
しゃがんで自決しようとした隊長に帝国兵士は冷酷にいい放つ。
「やはり俺が直接殺す」
「なっ!」
「ふふ! 死ね!」
兵士は動けない隊長を切ろうと大きく剣を振りかぶった。
その一瞬だった。
突如シギアが現れ素手でその剣を受け止めた。
「え、ええ!」
皆どよめく。
真正面から刃ではなく兵の手首を片手で押さえた。
シギアも敵兵もギリギリと手が震えている。
「なっ!」
細めのシギアの腕だが、兵の手の震えからしてすごい力が加わっている。
シギアは兵の凶悪さをどこか虚しく憐れむ様な視線で見つめながらも、同時に苛立ちの歯ぎしりをしていた。
怒りを隠しきれないのか体が小刻みに震えている。
それと、剣をまだ抜いていないので、素手で剣を持った相手と相対する恐怖心も実は少し彼にはあった。
「何だこいつ……」
敵兵は腕が動かなかった。
兵が驚いたのはシギアが突然現れた事だけではない。
彼の握力や腕力がすごく、これが並の人間かと感じた事もだ。それに彼の存在感にも。
レオンハルトは叫んだ。
「シギア!」
どう言うつもりかと言う疑念と、来てくれた喜び両方があった。
あれだけ悪口を言われたのを忘れかけていた。
敵兵達の目が一斉にシギアを見る。
しかしシギアはひるまなかった。
逆に目や体から圧を発し、牽制をしている様だった。
敵兵士のリーダー格の男は何だこの男は、と怪訝な顔をしていたがやがて落ち着いて言った。
「ひょっとして貴様が勇者か。ふん、ならばこちらも!」
ちょうどいい、いずれ出てくるだろうと言う雰囲気だった。
リーダー格は後ろを向いて誰かを呼んだ。
「スケイン、出ろ!」
呼ばれたその男は顔に焼けただれた跡や傷などがあり口をだらっとあけ何やらフーフー呟いている。
一見してまるで墓場から出たての屍の様な顔をしている。
理性がない、餓死寸前の人間に肉のかたまりを出した時の反応の様な、だらしなく下品な「ふっへっへ」と言う笑いを向ける。
ヘリウム騎士たちは驚いた。
「なんだあいつゾンビか⁉」
シギアは静かに見つめる。
敵兵は説明する。
「あいつの人生があまりに悲惨でそうなったのを俺たちが目をかけ戦士にしてやった。優秀な兵士にな。頼むぞ」
「了解です! ああああ」
と叫びスケインは奇怪な表情でシギアに襲い掛かった。
レオンハルトは叫んだ。
「シギア! 逃げろ!」
しかしシギアは直立不動で逃げなかった。
じっとスケインを見すえている。
シギアはまだ剣を構えていない状態である。
スケインは動きが速い上に法則性がなく、関節の壊れた人形の様なぶらぶらがくがくした挙動が先読みを邪魔した。
「はっはーっ!」
シギアは目をそらさない。
剣を抜く暇がない為、必死に相手の剣をかわす。
「はっはー!」
「……」
騎士達は心配した。
シギアは神経を集中させ剣を見切り、隙を見て自分の剣を抜くタイミングを見計らっている。
「くっ!」
スケインの剣がぎりぎりシギアの顔や上半身をかすめる。
今にも刺されそうで皆はらはら、ぞっとした。
しかしシギアの巧みな足さばきと上半身スウェーによる回避はとても速く的確で、無駄がない。
サイドステップも身軽だ。
明らかに違う世界の人間的な雰囲気がする。
しかし本人は決して余裕でもなめているわけでもなかった。
シギアは実は苦しい。
何とか剣を抜きたい。このままじゃ不利だ。
苦しさ、弱味を見せない様に努めているのは別に格好つけではない。意地でもない。
見ている人に心配させたくない、弱い所を見せたくない、そんな複雑な気持ちだった。
スケインは無防備なシギアを突くのを楽しむかのように剣を繰り出して行く。
「ぐっ」
「ちい!」
しかし中々当たらずスケインは悔しがった。
先輩騎士はシギアの目を見ていた。
「あいつ俺達を助けようと?」
レオンハルトも「あいつ……」と言いたげな顔をした。
シギアの言葉にならない感情を感じた。
何か彼を誤解していたのではないか。
スケインは狂った恍惚の表情で攻めてくる。
シギアは必死にかわし、やっと間を見て自分の剣を腰から引き抜いた。
そして間合いを取ろうとする。
「はああ」
スケインは構わず攻めて間を詰めようとした。
しかし間を取りシギアが構えるとその立ち姿にスケインは一瞬たじろぎ、後ろに退きそうになった。
シギアの顔が変わった。
険しく鋭く、反対に悪への憐れみの様な感情や、強い責任感も感じさせるまなざしだった。
自分が何とかしようと言う気持ち。
相手に負けないと言う気持ち。
クリウも見入った。
そしてシギアは切りかかる。
「行くぞ」
皆はシギアの剣さばきにぼうっとした。
明らかに他のヘリウム騎士より速く、巧みで優れていて流麗である。
いや、レベルが違う程だ。
苛立つスケインの振りかぶり切りを最小限の払いでいなす。
速い振りかぶりに対し無駄のない防御、切り払い。入り。
更に続く袈裟切りを同様に防いで見せる。
怒ったスケインの横からの切りもぎりぎり防いだ。
決して余裕ではない。
ぎりぎりの気持ちで戦っている。
クリウも心配しながらじっと見つめる。
両者共間合いを取った。
右に引くスケインを追い込み、体の向きを変えて打ち相手をさらに追い込む。
スケインはさっきの狂乱ぶりが嘘の様に余裕をそがれた。
「ならば俺の奥義で」
スケインがそう言うと、シギアも呼応するように構えた。
するとシギアの剣から光があふれ出た。
皆騒いだ。
「あれ何の剣術だ? あれが勇者の奥義⁉」
そして中央で両者が思いきり剣を振り下ろし、どちらが勝ったのかわからなくなった。
2人の体が静止する時間が過ぎた後、固まった人形がゆっくりと倒れる様にそのままの恰好で力なくスケインは倒れた。
「勝った……⁉」
敵も味方も皆戸惑った。
兵のリーダー格は言った。
「刺客がこうもあっさり、お、おのれ引け!」
「待て!」
若手が追うと副隊長は止めた。
「いや追うな!」
「あいつ、俺達を助けようと」
と騎士は言う。
「皮肉も挑発もなく、真剣な表情で戦ってた」
「シギア……」
とつぶやきレオンハルトは複雑な表情で握手の手を差し出した。
シギアはレオンハルトの手を見つめながら少し辛そうに
「俺を狙っていた、だから相手をしただけさ」
と言いその場を去った。
嫌み的ではなく、自分は祝福される存在ではないとでも言う様な一種謙虚な感情だった。
シギアは丁寧に握手を引っ込め、何か残念そうに下を向いた。
それはどこか自分が正義感や人を助ける気持ちがあるのを知られてしまった悔しさと恥ずかしさ、レオンハルトの握手に微妙なうれしさを感じた複雑な気持ちかもしれない。
その後シギアは部屋で休んでいた。
彼の気持ちをそっとしておこうと察したクリウは食べ物を外に置いておいた。
「シギア、食べ物置いておくわ」
そう言って去った。
フィリオも寂しげにその様子を陰から見ていた。
次の日、シギアはいなくなった。