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クリウの微笑みと若き騎士との対立

「で、彼がそうだ。今客室にいる」


 家来達はドアの影からそっと覗きこむ。

 勇者はどんな人か、あれが勇者かと。


 シギアは城の客室にいた。


 シギアはベッドの上で頭の後ろに手を組み足も組んだ姿勢でいかにも怠惰に寝ていた。

 女性達は噂した。


「あれが彼のくつろぎ方?」

「何か品位がないと言うか」

 噂は芳しくなかった。早くも不評を買っている。


 はたから見れば緊張がなくただひたすらだらしなく見える。


 しかもふてぶてしい。

 横柄だ。俺様の部屋だとでも言いたげだ。すました寝顔だ。


 女性達は顔をひきつらせた。

「普通もう少し遠慮するわよね」

 と口にした。


 家来たちは若いメイドに申し付けた。

「メイドさん頼むね」


 メイドである女性、サーシャは恐る恐るシギアのいる部屋に入った。

 培ったプロ意識で、好感を持たれる様にへりくだり好意と真面目さを前面に出して話しかけた。


「シギア様、何なりとお申し付け下さい。今お食事を持ってきます」


 なるべく本音の感情を出さないように。

 感情を抑える事は何年か働いて身に付けたつもりではいた。


 しかしシギアは返事がなくそっぽを向いている。

 サーシャは刺す様な痛みと煮えくりかえる怒りを覚えた。


 しかし我慢し退出した。

 外で手を震わせた。


 サーシャが再度来てノックした。

「シギア様! お食事とお茶の用意です!」

 不安と緊張を精一杯の笑顔でカバーした。


 シギアは半分顔を向けて冷たく言った。


「そこへ置いておけ」


 この一言にサーシャはかああとなり逆上しそうになった。体が沸騰する様だった。

 しかし最大限の自制心で笑顔で答えた。


 サーシャは悔しかった。

「は、はい、かしこまりました」


 ドアを閉めたとたん湯沸かし器の様に感情が燃え上がり顔が紅潮した。

 他のメイドが心配して来た。


「大丈夫?」

「ひどい男なんですよ!」

「私が次行こうか?」

「いえ、いいんです」


 メイド達はシギアの部屋を覗き込んだ。


「食べてすぐ寝てる。疲れてるのかしら?」

「怠け者なんじゃない?」


「怠け者勇者って笑えるよね」

「常識無し勇者も似合う」


 シギアはあまり食事を楽しまない。

 美味しい物でもまずい物でも、無表情に流し込む様に食べる。

 目に動きがない。


 気丈にサーシャは食器回収にシギアの部屋に入った。

 今まで蓄積した感情を抑え、あえて元気に好感が持たれるように努力した。

 しかし返って来たのは恐ろしく冷たい言葉だった。


「まずい」


 ぐさりと突き刺さる言葉だったがサーシャは怒りを顔に出さない様こらえた。

「作り直します」

「あ、いやいい、いいよ」 

 少しだけ表情に情けがあった。


 少ししてフィリオはシギアの部屋に怒鳴り込んだ。


「シギアさん! 何であんな横柄な態度を取るんですか! あなたは勇者として遣わされて来てるんですよ! 少しは自覚し期待にも応える様にして下さい! それとも何かあったんですか?」


 シギアはサーシャと話した時より少し真面目な雰囲気で言った。

「……君に話す事じゃない」


 この反応は少しフィリオにとって意外だった。

 しかし強く言い返した。


「いいえ! 私は把握しておかなければいけない立場です! これ以上何かしたら女神様に言いつけます!」


「君にわかる事じゃないよ」


 シギアは何か辛く疲れた様に反対側を向いて寝ている。


 沈痛な面持ちでサーシャが出てくると、他のメイド達は集まって噂した。


「なにあの男、あれが勇者⁉」

「人違いじゃないの⁉」


 サーシャは怒った。

「私何とかこらえたけど本当は怒り心頭よ! 塩入れてやろうかしら」

「ただクールとか粗暴に見えるけど意外に甘やかされたお坊ちゃんだったりして」


「それがかっこいいと思って振舞ってるとか?」

「そうね。全部母親にやってもらってるようなわがままな息子かも」

 悪口と笑いが乱れ飛んだ。


 そこへフィリオが来た。


「す、すみません皆さん! シギアさんが大変迷惑を! さっききつく言っておいたんですけど」


「ま、まあ気にしないで」

 とサーシャは苦笑した。


 メイドの1人はフィリオに聞いた。


「彼昔からああなんですか」

「少し暗い性格だったみたいですが、あそこまでじゃなかった。何かを気にしてるみたいで様子が変なんです」


「何か?」

「私がさっき聞いてもはぐらかされまして……」


 その時冷静そうな若い騎士が近くを通りかかり、その様子が気にかかり顔をしかめていた。


 そこに修道僧の様な格好の少女が通りかかりメイド達に話しかけた。

「あの、良ければ私にやらせてもらっていいですか?」


 その女性は水色の髪をしていて、とても素直そうな目つきと口元をしていた。


 誰もが吸い込まれて癒されそうな感じである。

 物腰が穏やかで丁寧だった。


「ええ……」

「大丈夫?」

 メイド達は不安視したが、その女性はにっこりと笑って見せた。


 その女性はシギアのいる部屋をノックした。

「いいですか?」


「ん?」


 柔らかく優しい声だけでシギアはこれまでのメイドと何か違う印象を受けた。


 彼女の振る舞いは楚々としていた。

 体の動きが緩やかに感じる。


 女性は中に入った。

「あの」

「……」


 女性は恐る恐るでなく優しく微笑んだ。

 ある種の堂々さえ感じた。


「お体の具合はどうですか?」

「あ、いや」


 笑顔なだけでなくメイドと明らかに違う雰囲気にシギアは少しだけ戸惑った。

「あなたが勇者様、お強そう」


「……変なお世辞は止めてくれ」

 そこには微妙な照れがあった。


 シギアは不思議に思って聞いた。

「あんた、メイドじゃない?」


 笑顔のまま女性は言った。

「メイドでなければお茶を持ってきてはいけませんか?」

 

「い、いや」

 意外な事を言われ少しあたふたした。


「はい」


 と女性は丁寧にかつてきぱきとお茶を差し出し、シギアは少し遠慮を持って受け取った。


 地上に来て初めて見せた態度かもしれない。


 恐る恐るでなく少し微笑みながら言った。

「お茶おいしいですか?」


「あ、ああ」

 聞かれた事が意外だったのか、また戸惑いが入っていた。


 さらに聞いた。

「メイドさんのより美味しいですか?」


 この問いもシギアには少し意外で一言前より戸惑った。

「どっちも、あ、こっちが美味いよ」


 女性はいたずらっぽく笑った。


「ふふ」

 何だ、ペースを乱される、とシギアは感じた。


 また女性は笑った。

「ふふ」


「何だ?」


 怒りより戸惑いと何を言おうとしてるのかわからない読み取れない気持ちになった。 

 しかしワンザ達に会った時の様な敵意が少し自分でも弱まっているのを感じた。


 女性はいたずらっぽく言った。

「ブーです」


「はっ?」

 これでシギアは調子を崩された。


「不正解です。それはメイドさんが入れた物です。私が入れたと思いました?」

「……」


「ふふっ」

「……」


 シギアは1本取られたとぽかんとした。

 自分よりずっと弱そうな女性に。

 恥ずかしそうな顔だった。


 女性は真面目に自己紹介をした。

「私はこの城の従軍看護師、白魔術師をしていますクリウといいます。シギアさんですか? あなたの事少し聞かせてくれませんか?」


「俺の事?」


 実に落ち着いている。

 しかも物腰が柔らかい。

「ええ、どこから来たのか? どんな世界から来たのか」


 シギアは戸惑いとうつむきを交えゆっくり絞るように切り出した。

 どこか思い出したくない事が有る様にも見えた。


「俺は……天界から来た勇者とは名ばかりの最低ランクの勇者さ」


「ランク?」

「ああ、天界の勇者には格付けがあるんだ」


「AからZ?」

「いや、Eが最低さ」


 クリウはどこかシギアがそれを気にしている様に感じた。

「別に私はそんな事気にしてません。勇者として認められてるんですよね」


「まあいらなくてもいいぐらいに思われてるんじゃないか」

 少し溜息混じりだった。


 笑顔と真面目さが混じった問いをした。


「そんな事、わからないけどだって女神さまは貴方を期待して遣わしたんでしょ」

「いや、そうじゃないんだ。おれは天界の隠した秘密に触れようとして格を下げられたんだ」

 いつの間にか言ってしまった。


「秘密?」

「あ、これ以上は何も言わない」


 シギアは自分が言わなくても良い事まで言った事に言ってから気が付いた。


 クリウは少し話を変えた。

「花と団子どっちが好きですか」

「花も団子もあまり好きじゃない」


「美味しいもの好きじゃないんですか」

「あまり食べるの好きじゃない、料理は少し好き」

「料理作るんですか」


 メイド達は陰でそっと覗いて噂した。

「す、すごい、クリウさんのペースになってる」

「やっぱりあの子すごい」


 そこへ18歳ほどの若い騎士が通りかかった。

 と言うより様子を伺っていた感じだ。


 部屋に金髪のやや長めの洗いざらしの様なさらさらの髪をなびかせている。


 とがり気味の顎ではあるがきりっとした口元、端正な目鼻立ちを持ち、真っすぐで透明感もある、厳しそうでかつしっかりした目つきをしている。


 洗練された外見で高貴そうではあるが他人に厳しそうな軽薄とは無縁な感じの外見の騎士が入って来た。


「レオン」

 不安げにクリウは彼を呼んだ。顔が雲っている。


 クリウがレオンと呼んだ騎士は訝しげにじっとシギアを見つめた。

 シギアは敏感にぴくりと反応した。


 何か意味のある視線と感じ、いきなり睨まれ何だと言う不信感のこもった目でシギアは睨み返した。

 

 言葉は発せずとも会ったとたん一触即発の雰囲気を醸し出しクリウはハラハラしながら見ていた。


「この人はレオンハルト。王宮の騎士よ」


 クリウの紹介を受けて礼はしたものの、自己紹介はせずレオンハルトと呼ばれた騎士は切り出した。


「君、何か知らないが、随分と横柄な態度だな」

 レオンハルトは出来るだけ冷静を装った。


 クリウは少しどきっとした。騒乱が起きそうだと感じた。


「……」


 シギアは少し下を向き黙っている。

 反省している様にも見える。


 レオンハルトは相手の態度や反応に構わず続ける。

 クリウの表情も含めて。


「メイドさんが泣いていたぞ」


「……」

 シギアはまだ黙っている。


 しかし右から左の態度ではなくきちんと聞いているのは伝わる。

 眉間にしわを寄せている。理解はしている様だ。


 少し怒っていながら少し下向きで悲しげである。

 少しだけメイドに言った事を反省するふしもある。


 レオンハルトは聞いた。

「君が勇者なのか?」


 シギアは今度は何か言いたそうに 間を置いてうなずいた。


 レオンハルトを馬鹿にする感じはなかった。

 警戒している感じだった。


 レオンハルトは目を細めながら説明した。


「今は王様方からの勅命でお城全体が君を客人としてもてなせ、失礼がない様にと仰せ使っている。それは分かる。だが……」


 だが……から一層に強い言い方になっていた。

「ここは厳粛な場だ。皆忙しく働いている。君を長時間お客様待遇でもてなす暇人はいない。それを分かってもらおうか」

「……」


「ここは君の家ではない。横柄な行動は慎んでもらいたい」

「……」


「王様が君を呼び出し期待してるんだろうが皆が大歓迎で迎えてるわけじゃないんだぞ。さっきからの君の態度でみんな不愉快な思いをしてるんだぞ。皆が優しくしてくれると思うな」


 まだシギアは黙っている。

 実はレオンハルトはわざと挑発的な言葉を言いシギアがどう反応するか試していたのだ。


 さらに加えた。

「俺は前へならえが出来ない人間が嫌いなんだ。ついでに言うと品位のない人間もな」

「……」


 シギアは真面目な顔でじっと黙っている。

 目線はレオンハルトを見たり下を見たりを繰り返した。


「規律を乱す人間、合わせない人間、順序を無視しルールに従おうとしない人間たちがだ。君が別世界の勇者だと言っても例外ではない」

「……」

「だからここではそうしてもらう」


「わかった」

 シギアは初めて答えを返した。


 その答え方は真面目だった。


 決して軽くもいい加減でもなかった。

 敬語ではないが一種の誠実さもあった。


 レオンハルトは問いかけた。

「何も言い返してこないのか?」


 レオンハルトには意外に言いかえさないのがどこか不思議な雰囲気に映った。

 しかしシギアは少しトーンを変え不意に聞いた。


「あんたはその主義と言うか考えを、自分で考えて言ってるの?」


 これにはレオンハルトはどきっとした。

 体のどこかをつつかれた様だった。


「ああ、俺はそういう環境で育った。自分でそう考えて思ってる」

 少しだけ焦りがあった。


 彼の脳にふいにある少年時代の回想が浮かんだ。

 ある人物が子供時代のレオンハルトに言った。


「それ、自分の意見?」

 何故だ、あの時のあいつの言葉が浮かぶ、と思った。何故こんな事を思い出す、と。


 レオンハルトは頭を抑えないように目をぱちくりさせる反応だけで済ました。

 ここで回想は終わり部屋に戻る。


 部屋のやり取りの様子を先輩騎士たちは陰で見て噂した。くすくす笑っている。


「あの少年意外と言い返してこないな」

「しかしレオンの挑発じみた注意も相変わらずだな」


 シギアは急に話題を変えた。

 今までより嫌な面倒くさそうな言い方だった。

「俺はこんなへんぴな所にいる場合じゃないんだ」


「へんぴだと?」

 いきなりレオンハルトの怒りの度合いが上がった。


 さらに怒りを増す事を言った。

「俺は天界の勇者だ、お前らとは違う。こんな国に関わっている暇はないんだ」


 静かに抑え気味に言うのが逆に怒りを買った。

 歯ぎしりをしながら自制心を必死に出しレオンハルトは言った。

「プライドの塊だな」


「ああそうだ」

 否定をせずしっかりプライドが存在する事を認める様にシギアは言った。


 先程までの面倒くささがなかった。


 レオンハルトの言葉には悲しさがあった。

「だがな……君がこんな国呼ばわりしたこの国を俺は愛している。誰よりもと言うつもりもないが誰にも負けたくない」


 シギアは気持ちを半ば理解し少し好戦的に言った。

「じゃああんたが守ればいいだろ」

「言われなくてもそうしてやる」


「お客さんであろうとここは言わせてもらう。今の君はお客様として王様たちが取り計らっているが度を越した無礼はやめて頂きたい。理解できないのか」


「ああ、出来ないよ」

 またこれがレオンハルトの癇に障った。


「君がどれだけの力があって立派な人間かは全く知らんがどうもしつけ全般が出来ていない人間としか俺には映らない」


 また影で先輩騎士たちが見ていた。またにやにやしている。


「またややこしいのが来たな」

「へそ曲がりというかわからずやと言うか」

「そんなレベルじゃないだろ」


 貧乏ゆすり、苛立っている何かに、急いで焦っているような態度、とクリウは推測した。


 先輩たちが入って来た。

「まあまあ」


「先輩」

「レオンハルト、あまり1人で突っ走るな」


 しかしレオンハルトは続けた。

「君はおぼっちゃまでいつも身の回りの世話をやってもらったのではないか」


「また不要な皮肉言ってる」

 と小声で先輩は噂した。

 しかしシギアが次の瞬間空気を切り裂くような事を言った。


「もう少し気の利いた皮肉を言ったらどうだ」

 流石にレオンハルトは怒りシギアに歩を進めた。


 これは睨み合いになった。

 クリウは心配している。


 レオンハルトは精一杯抑えて言った。

「悪いがそういう規律に反した行動を取る人間が私は1番嫌いでな。まあよく堅物と人に言われるが」


「……」


 しかしシギアはこれに言いかえさなかった。

 緊張感は消えない。


 今度はシギアは黙った。

 しかしレオンハルトは言う。


「大体そんなえらそうな態度を取るのが君の世界の勇者の定義なのか? 理解出来んな」


 シギアは言い返した。

「王様に忠誠を誓っているんなら大人しく聞いたらどうだ?」

「何?」


 さらに言いかえしは続いた。

「意見は王様やあんたの上司に言ったらどうなんだ」

「貴様」


 真剣で相手を馬鹿にしている様子はなかった。

 冷めたようで目を離さずレオンハルトは憎しみのこもった目で歯ぎしりしながら睨んだ。

 

 その時突如集合令がかかった。

「敵襲だ!」


「城下町が帝国に襲われている! 騎士、兵士は直ちに出動を!


 クリウは言った。

「こんなタイミングで敵襲なんて……」


 当然、レオンハルト達も行く。

 先輩騎士達が先導した。

「じゃあ我々も行くぞ」

「はい!」


 レオンハルト達若手は気合いを込め返事した。

 そこへ、突如後ろから声が聞こえた。


「待ってくれ」

 みな一言で振り返った。


「俺も行く」

 それはシギアだった。





メイドとのやりとりを少しカットしました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] キャラ立ちがはっきりしていて、それぞれのキャラがアニメのように浮かんでくる、表情までせりふ回しや一言一句から、堅固な性格であったり温和な性格であったりが想像できました。
[良い点] シギアの拗ね方というか捻くれ方が、リアルで面倒くさそうなところが( ^ω^ )笑笑 しかし、ランクを落とされたということは、その前のランクが気になる気になる(゜∀゜) レオンハルトの実…
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