mistake9.私の、祖国の仇です
翌日、街で作戦会議を立ててからトルスとリエルは魔王城へ向かった。
街で聞いたところによると、魔王城はここから北に歩いてすぐ、だそうだ。
なんでも、あの街は魔王城のお膝元、つまりは城下町だったらしい。
「なんだいお客さん、観光客かい?魔王様の城は一度は拝んだほうが良いぜ、壮観なんだからな!」
「魔王様の城に入る?おいおい、何言ってんだい。衛兵に捕まって殺されちまうぜ?」
「あぁ~、俺も上級魔族になって魔王様にお目通りを願いたいぜ!」
「まおうさま、つよいの!かっこいいの!すてき!」
「ガルルルル……グオオーン!」
グレイマウンテンの麓の村、グリモル村の時と何も変わらないような民衆の噂話、情報にトルスは頭を痛めつつ、リエルは耳寄り情報を得ましたよ!と駆け寄ってきた。
「裏口があるんですって。昔、魔王の城の清掃をしていたっていう魔族さんに話を伺ったんですけど、多分、今も使っているんじゃないか?って」
「魔族の言う『昔』って何年前……?100年前とかじゃないよね?」
「5年くらい前らしいです」
「最近!」
なら、魔族の寿命の感覚から言っても、そうそう変わらないか?
トルスはなんだか、魔王城という敵の本拠地の入り口がそんな感じで良いのだろうかという妙な不安を感じたが、情報は情報だ。
「よし、行くか」
「はいっ!」
2人は魔王城に向けて歩き出した。
◇
「……ほんとにすぐだったな」
「ですねえ。周りを濃い霧が包んでいるせいで気付きませんでしたけど」
歩いてほんの30分ほど。
魔王城は、そこにあった。
「……確かに、壮観かもな」
それは人間界の王都の、見事な作りの王城とさほど変わらない様式の、立派な城だった。
「大きいですよね~」
観光に来たんじゃないんだから、と言いたくなるようなリエルの口調に呆れつつも、トルスは似たような感慨を抱いている自分に気付く。
「で、裏口だっけ」
「はい」
2人はまだ魔族の姿に変身していたので、そのままこっそりと気付かれないように裏口に回る。
「……どこに入り口があるんだ?」
「ええと、確か……ここですね」
魔族から得たという情報のメモを読み返して、城のレンガの数を数えているリエル。ある1点を見つけると、そこにスッと腕を伸ばす。
「おい、ぶつか」
らなかった。
「ほら。ここ、すり抜けられるんです」
なんと、レンガをスゥッとリエルがすり抜けた。
「……幻術?」
「です」
なるほど、理にかなっている。こんな『裏口』、知らなければ気付くはずがない。
「……勇者として正面突破、ってのもちょっとやってみたかったけどな」
「そんなの、余計な体力消耗しちゃうじゃないですか」
リエルが正論を唱え、それもそうだ、とトルスは笑う。
2人らしくなんとも呑気な、魔王城突入であった。
◇
裏口からの侵入とはいえ、見張りが0ではなかった。
魔王城に入った途端、リエルの変身魔法は何らかの結界に察知されたか、あっという間に解けてしまった。
「これは、戦闘を覚悟しないとですね」
「どのみち覚悟してたさ。魔王のところまで完全に無傷で辿り着けるなんて、虫の良いことは考えてなかった」
そして、予見していた通り辺りからワラワラと中級魔族や上級魔族らしき魔族が現れ不審者を前に立ち向かうが、魔力が絶好調な今のリエルと、そのアシストを存分に受けられるトルスの振るう聖剣の前の敵ではなかった。
右から左、左から右へ次々と魔族をなぎ倒し、トルスは確信していた。
「勝てる……!」
魔王城を守る連中がこの程度なら、魔王軍四天王みたいな奴がいようが、魔王の右腕だか左腕だかが現れようが、全然負ける気がしない。
リエルも全く魔法の威力が衰える様子はなく、先日と同様に少し興奮気味なのが気にかかる程度だった。
「ふっ、はっ、はぁっ……」
「リエル、大丈夫か?顔が赤いけど」
「だ、大丈夫、です。少しだけ……魔法を使いすぎちゃった、かな?」
リエルはにこりと笑い、トルスの心配を吹き飛ばす。
2人は力を合わせて、どんどんと魔王の城を進んだ。
トルスは力強く聖剣を掲げて、言った。
「待ってろよ、魔王……!絶対に勝って、帰ってやる……!」
勢いづいたトルスの傍らで、少しだけ不安そうな顔をしたリエルの姿には、全く気付く事ができなかった。
◇
そして、城の中枢部……恐らく大広間と思われる場所に辿り着いた2人は、1人の魔族と思しき男と対峙した。
「よくぞここまで辿り着いたものだな、リエル=フォルシュタイン。まさか再び相見えようとはな」
「……エグネヴィア……」
訳知り顔でリエルのフルネームらしき名を呼ばわる男。
トルスは自分以外の人間がそれを知っていることに、何故か本能的な不快感を覚えた。トルスは尋ねる。
「……リエル、誰だこいつ?お前の知り合いなのか?」
するとリエルはいつになく険しい顔でそこにいる男を睨み、重々しい声で言った。
「……私の、祖国の仇です」
「な……」
トルスは驚愕する。そして自分もエグネヴィアと呼ばれたその男に向き直り、睨みつけた。
(こいつが、リエルの故郷を……)
トルスに、言い知れぬ怒りが湧き上がる。
自分の故郷を滅ぼした魔物とは別だろうが、我が事のように怒りが芽生えてくる。
―――だがそれは、しょせんは他人事だったのだろう。
リエルの底知れぬ憎しみと怒りは、推し量るに余りある。
その事実を目の当たりにしたトルスは、言葉を失うことになる。
「……絶対に許さない」
ぽつりと、静かな怒りをたたえて言ったリエルに、冷静に、慎重に行こう……と言おうとした瞬間には、全てが動き始めていた。
「ははははは!!祖国の仇!?笑わせてくれるわ!!
リエル=フォルシュタイン!!末席とはいえ貴様も我らの同胞のなればこそ、人間の世界など取るに足らぬ事は理解していようが!!!」
な……何?同胞?
トルスがその言葉の意味を理解するよりも早く、
「黙れ!!!」
リエルは『変わって』いた。
◇
「ぐ……あ……き、貴様、いつの間に……これ程の、力……を……」
地に伏すエグネヴィア。
あっという間の決着だった。
リエルは角と羽、そして尻尾を生やした姿でそこに立ち尽くしていた。
服は破れ、腹の部分には何やら邪悪な紋様が浮かび、身体からは闇の魔力を迸らせ、聖女たる彼女の面影は、何一つ残っていなかった。
それは、まさに……魔族。
魔族そのものの姿でエグネヴィアに立ち向かうリエルの強さは、鬼神の如くであった。
放つ魔法の一つ一つがエグネヴィアの四肢を吹き飛ばし、もぎ取り、粉微塵に変えた。
―――――5発。
恐らく、視認できたのはそれだけ。
聞いたこともない呪文の詠唱がわずかにトルスの耳に届いただけだった。
闇の呪文―――――
かつて下級魔族が唱えていたそれとは、較べるべくもないが。
「ま、魔王様の右腕たるこの私を……赤子の手をひねるかのように……倒すとは、な……くくく……がふっ……ふはは、しかし、喜ばしき事よ……貴様が聖女の真似事などやめ、我々魔族の同胞として、魔王様にお仕えすれば……この世界はきっと……」
「黙れ」
リエルは冷酷な瞳を祖国の仇に向け、静かに最後の一撃を放つ。
エグネヴィアは跡形もなく消し飛んだ。
何の感慨もない勝利。
憎しみと怒りに囚われ、魔族の力を顕現させたリエルの胸に去来する想いは、ただただ、虚しさだった――――。
◇
「り、リエル……お前……その力、一体……?」
「あ……」
角が生え、羽が生え、尻尾が生え、腹に邪悪な紋様が浮かび。
そして、何よりも。
『聖女』に似つかわしくない、邪悪そのものと思える闇の魔力を全身から立ち上らせるリエルの姿に、トルスは言葉を失う。
「リエル……お前、まさか」
「見ないで!!」
リエルは角を必死で押さえて隠す。
「見ないで……見ないで下さいっ……!こんな、醜い姿……あなたには、見られたく、なかった……!!」
リエルは泣きじゃくる。
トルスは困惑する。
「リエル……お前、魔族……だったのか?」
ビクリ、と身体を震わせるリエル。
「ずっと……隠していたのか」
絶望的な声音。騙されていた。誰よりも信頼していた。命の恩人だった。そんなリエルに。
「と、トルスさん……私……」
リエルは顔を上げ、トルスの顔を見つめ、そして。
「……ごめんなさいっ!!私、もう、あなたと一緒に、いられない……!!」
リエルは脱兎のごとく逃げ出した。
あとに残されたトルスは、ただ呆然とその様子を見守るしかなかったのだった。
まちがいだらけのプリンセス、第9話です。
ついに明かされたリエルの正体。
伏線自体は3話からずっとばら撒いていたので、結構分かりやすかったかな?
物語を構成する上では、この辺のバランスが凄く難しいですね~。
一応、アニメシリーズ的な話の構成でやってるつもりなので、
ならこのテの山場は8~9話だろう!と思いました。
さぁ、リエルの正体という真実を受けてトルスはどうするのか。
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