mistake6.分かってるんじゃないですかー!
トルスとリエルが魔王城を求めてグレイマウンテンの山中で出会ったのは、森の奥からふらふらと姿を現した……旅の神官と思われる女性だった。
「……人間?」
「だ、大丈夫ですか?」
トルスはまだ警戒を解かない。何せ、魔王の居城があると言われる山中である。女性の姿を取って油断させておいて襲ってくる魔物、という可能性を排除してはいなかった。
しかしリエルはすぐさま近寄ると、
「大丈夫。人間です」
と言って、回復魔法をかけた。そして水を差し出し、飲ませる。
「……けほっ、けほっ。あ、ありがとうございます。どなたかは存じませんが、この恩は……」
「しゃべらないで、いま食料を差し上げますから、ゆっくり、ゆっくり食べて下さい」
そう言うとリエルは簡易糧食を鞄から取り出し、神官らしき女性へ渡すのだった。
「……リエルがそう言うなら、まぁ、大丈夫かな」
トルスは警戒を解き、安心してリエルの介抱の様子を眺めるのだった。
◇
「本当にありがとうございます。わたくし、流浪の神官で、名をシースと申します。このお礼は必ずやお返しします」
「いえそんな。旅は道連れ世は情け、と申しますし」
リエルはいつぞやと同じく気取らない笑顔をシースに向ける。
こういう所、本当に器が大きいよな。全く恩に着せる様子がない。トルスはそう思った。
自分も勇者としてそういう態度をいつも取っているつもりだが、リエルの慈母めいた振る舞いは、やはりひときわ大物に見える。
「普段はあんなにポンコツなのになぁ」
「口に出てますよ、トルスさん!」
「おっと」
いつから口に出していたのかは定かではないが、トルスは笑って口をつぐんだ。
そんな様子を見ながらシースは尋ねた。
「あの……お二人は、何故このような場所に?」
トルスは答える。
「俺は勇者志願者の1人でトルスっていう。魔王討伐のため、この山に来て探しているところだ。こっちはリエル……えーと」
トルスはリエルの肩書を自分から言うのもなんだから、とリエルを促す。
「旅の……せ、聖女、です」
何を言いかけたのかは知らないが、一瞬言い淀んでからリエルはそう言った。
『聖剣の守護者』と『聖剣の勇者』って話は、まぁ、内輪の呼び名という事で自粛しておいたのだろう。改めて考えると自意識過剰感があるというか、2人の間以外には言いづらい肩書だよなとトルスは思うのだった。
「で、質問を返すようで悪いけど、あなたこそ何故こんなところに?」
シースは答える。
「はい……それがですね」
◇
いわく、シースはそもそもこんな山の中にはいなかったらしい。
北大陸の森の中にいたとの事である。
ここが中央大陸の最南端、グレイマウンテンの山中である事を聞かされ、驚いていた。
彼女が、巡礼の旅をしている最中のことだった。
いつものように朝の祈りを済ませた後、森の奥で小さな井戸を見つけた彼女は、水を汲んで飲もう……としていたところ。
不思議な光がその井戸の奥に見えたという。
なんだろう?と覗いた瞬間だった。
……気付くと、彼女は、見たこともない世界にいた。
地形や天候の雰囲気は自分がいた世界と変わりないが、何せその世界に充満する魔力の濃さ、邪悪な気配の満ちる大地に神官である彼女はすっかり参ってしまったらしく、気が動転して、元の世界に戻るべく必死で辺りの様子を調べまわり……
そして気付いた。
転移の魔法陣らしきものがある祠を発見したのである。
とにかく一刻も早く戻りたい。
そう願った彼女は、一縷の望みを賭けて魔法陣に飛び込み、祈った。
『元の世界に……帰りたい』
すると気づけばこの山中に迷い込んでおり、散々に歩き回った挙げ句、行き倒れてしまったという。
―――そう、話を総合するとつまり……彼女は北大陸の森から、『魔界を通じて』ここ中央大陸へ『転移』してしまったという事らしいのだ。
◇
「……図らずも、魔界への入口があることが判明したな」
ごくり、とトルスは息を呑む。
「ねっ、私の推測、当たってたでしょう」
ドヤッと緊張感のない笑顔をトルスに向けるリエル。
「そうだね、偉いね」
頭を撫でて欲しそうな顔をするので、仕方なくトルスは律儀になでなでしてあげる。顔を綻ばせるリエル。
「わたくしは北大陸からこんな世界の反対側まで飛んできたというのですね……まるで、神の御業の如しですわ……
そして、命の危険を救って下さったあなた方には感謝の言葉にたえません」
シースは恐れおののきつつも、運命とリエル達に感謝し、手を組んで神に祈った。
「ここはグレイマウンテンの中腹。シースさんがこれまで辿ってきた道は多分、俺達が探している道なんだ」
トルスは話を進めた。シースはなるほど、と頷く。
「一度、麓まで下りて村まで行こう。シースさんも体力を相当消耗しているだろうから。明日、改めて探索に来よう……シースさん、悪いけどその時は道案内をお願いできないかな?」
トルスが申し訳なさそうにお願いすると、シースは即答する。
「勿論ですわ!あなた方は命の恩人。その恩に報いるためなら、道案内などお安い御用です」
ホッとするトルス。だがリエルはなんだか、少し不満そうにその光景を見ていた。
「良かったなリエル。これで魔王城への道のりが……どうしたんだ、リエル?」
「いいえ、別に」
ぶっきらぼうに答えるリエル。
「??なんなんだ…、珍しいな」
リエルが急に不機嫌になるなんて、今までなかった事だ。
リエルは割と何でも『思ったことははっきり言う』タイプだ。
何かを言い淀むような仕草はたまに見せるが……無意味に不機嫌になるとか、黙ってたストレスが急に爆発して感情的になるとか、そういう地雷めいた感情を発露することが殆どない。
勿論、『察して下さいよ』みたいな事だって、一度も言ったことがない。
「なぁ……リエル、何か機嫌悪くするような事したか?俺」
「ふーんだ。知りませんよー」
露骨に膨れて、プイッと顔を背けるリエル。
まさか……
いやまさかな。
「……ええと、リエル……もしかして、だけど。俺がシースさんの体調を気遣った事に嫉妬してるんじゃ……ないよね?」
まさか聡明なリエルがそんなしょうもない事で……
「分かってるんじゃないですかー!」
顔を真っ赤にしてリエルは恥ずかしがる。
「なんですか、なんなんですかトルスさんもう!!ニブチンの鈍感かと思ったらナチュラルに気付いちゃってるじゃないですかもう!!」
「え、ええー……」
だってリエルのそういう態度、初めて見たから……とトルスは言い訳しようとして、黙る。
そういえば、親父が言ってたな。
(いいかトルス、女が感情的になった時はただ、寄り添ってやれ。反論も、正論も、一切なしだ。甘やかせ。死ぬほど甘えさせてやれ。それが一番の薬だからな)
「箴言だったな……」
トルスはその言葉に従い、リエルの頭にぽん、と手を置いて、撫でる。
「よーしよしよし……落ち着けリエルー、大丈夫大丈夫。シースさんは会ったばっかの人だから、何も気にしなくていいからなー……」
どうどう、と馬かなにかを落ち着けるようにトルスはなるべく優しく語りかけ、いつも以上に丁寧にリエルの髪を撫でさする。
するとリエルは恍惚とした表情になり、蒼銀の瞳が赤く染まるのではないかと思われる勢いでトロンとなっていく。
「あ、へへぇ……もっと撫でてくださぁい……」
トルスはホッとする。
ぽわんぽわんぽわん、と聞こえそうなくらいに舞い上がるリエルに若干不安は感じるが、まぁ大丈夫だろう……。
そんな2人の様子を眺めてシースは顔を綻ばせ、ぽつりと言う。
「仲がよろしいのですね。うふふ、まるで夫婦のようですわね」
そんな一言も、今のトルスとリエルには全く聴こえていないのだった。
まちがいだらけのプリンセス、第6話です。
これまであんまりそういう感情を見せなかったリエルちゃんの初めての嫉妬!きゃわわ!
てなわけで、ラブコメといえば三角関係!って事で、魔界への道案内 兼 恋の鞘当て役として
旅の女神官・シースさんにご登場いただきました。
ビジュアルイメージは特に決めてないけど当初は『尼僧』とか描写しようと思ってたので
シスター系の格好してるのかもしんないです。
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