mistake3.それを言っちゃお終いです!
「えっ、旅立ちの前に教会へですか?」
「ああ、旅の無事をお祈りしとこうかなって」
王都での一晩を同じ部屋で過ごすという、かなり強烈な体験をした翌日だったが、二人は自然な形で話せていた。
「そうですか~」
トルスはリエルの気のない返事を見て、少し不思議に思う。
リエルは会った時こそ雰囲気からして神官かなにか……聖職者のたぐいだと思っていたけど。
「そういえばリエル、祖国では姫だったんだよな。聖都アストリアといえば敬虔な聖職者の多い国……ってイメージだったけど、姫様が必ずしも敬虔な聖職者な訳はないか」
「そうですね。勿論、週に何度の礼拝、などをしたことは形式的にはありましたけど。
―――私、あまり熱心ではありませんでしたから」
何事も真面目そうに見えるリエルにしては、意外な発言だった。
「へえ。ま、良いや。旅立ち前に俺は教会に寄っていくけど、リエルはどうする?」
「あぁ、私は遠慮しておきます。南門の辺りで待っていますね」
これまで特に理由がない限りは何かとトルスと行動を共にする事が多いリエルにしては珍しいが、まぁ、そんな気分の時もあるのだろう。
「了解。じゃあ、おっつけ合流するよ」
トルスはリエルと一度別れ、教会へ向かう。
◇
「……主よ、許し給え」
なんだかんだ平静を装ったものの、やはり昨日の同衾の記憶が徐々に蘇ってきたトルスは、胸の内が熱くなっていた。
そんな訳で、旅の無事と共にトルスは
『どうか自分の理性が旅の終わりまで保ちますように』
という祈りを込め、リエルに対する情欲その他の雑念を振り払うのだった。
トルスが祈っていると、教会の扉がギィ、と開き神父様がやってくる。
「おやおや、お客様ですかな」
「あ、どうも。魔王討伐の勇者志願者の一人やってます、トルスって言います」
「これはどうもご丁寧に……貴方様に神の御加護があらんことを」
祈りを込めて神父様が十字を切る。
―――その瞬間、じわり、とトルスの手のひらに微かな痛みが走る。
「っ……なんだ?」
季節外れの害虫でもいるんだろうか。
まぁ、噛まれた所で『光の加護』を受けたこの身体に、さほど影響はなかろうが。
トルスは手のひらをジッと見るが、特に異常はない。
「……気のせいかね」
微かな痛みの走った手のひらを軽く振ると、トルスは教会を後にするのだった。
◇
「よう、お待たせ」
「あ、トルスさん、お帰りなさい。じゃ、行きましょうか」
リエルは南門前で、所在なさげにぽけーっとしていた。
「ああ」
さっきは少し様子が変だったけど、良かった、いつものボケボケなリエルだ。
少し観察してみるが、リエルに変わった様子は何もなかった。
なので、リエルの次の言葉には不意を打たれたように、疑問符が湧いた。
「大丈夫でしたか?」
「は?」
何が大丈夫だったのだろうか。
「いえ、ほら、王都は人が多いですからね。財布をスられたりとか、色々あるじゃないですか」
「そういう心配はむしろリエルにしたいな。たまに何もない所で転ぶとか、どういう事だよ」
トルスは苦笑し、リエルの心配を受け流した。
「むぅ、私だってそういう時くらいあるんですー」
ぷくっ、と頬を膨らませて拗ねてみせるリエル。
「はいはい。じゃあ、行きますかね」
◇
昨日宿で泊まる前に2人がかりで王都ベルロンドの各所で収集した情報によると、魔王グレイファーの所在については、やはり定説通り『南大陸』から『中央大陸』に通じる細い陸路を進み、その先の険しい山中に城を建てている……との事だった。逆に言うと、それ以外の情報は何もない。
「これまでの情報と殆ど変わらないな。具体的な位置についての情報は、これだけ大きな街でも分かってないんだな……」
「人の集まり具合から言って、世界有数の都市なんですけどねえ」
トルスとリエルは途方に暮れる。
「聖都アストリアは、確かこの南大陸の西方だったね」
「はい」
トルスは南大陸の東方出身なので、2人は丁度、魔王城を頂点とした二等辺三角形を描くような形の位置からお互いにやってきて、南大陸最北端にある王都ベルロンドへ向かう道の途中で合流した、という事になる。
勿論、それは魔王城が大体その辺りにある、という仮説を信じれば、だが。
「近付いてみるしかないか。この『ドラゴンの道』を進んで」
「そうですね……」
ドラゴンの道、と呼ばれる細い平原は、南大陸から中央大陸へ向かう、唯一の陸路だ。
凶悪な魔物が住み着いており、相当な冒険者でも近寄るのを躊躇うという。
「でも、大丈夫ですよ。トルスさんには私のお渡しした聖剣がありますし、私の魔法でバックアップしますから」
「心強いね」
それは確かにそうだった。
聖剣を得る前はトルス独りでは危ういところだった下級魔族との戦いも、聖剣を得たトルスと魔法を駆使するリエルの2人で戦えばあっさり倒せている。
まさに百人力といったところだ。
襲ってくる魔物の強さがどれほどのものであろうと、今なら太刀打ちできる。
そんな自信がトルスにはあった。
「それじゃあ、行こうか。リエル、準備はいい?」
「万端ですよ」
そう言うとリエルはふんふん、と鼻息を荒くし、ぱーんち!と拳を突き出すジェスチャーをするのだった。
トルスは笑う。
「心強いね」
◇
ドラゴンの道の道程は、険しいものではあったが、それほど苦戦するものでもなかった。
どうやら、魔王の側近レベルの魔物でも出てこない限りはトルスとリエルの敵は、もはやこの辺りにはいない……という事なのだろう。
トルスが剣を振るいリエルが魔法で支援する。2人のコンビネーションは、並み居る敵をバッタバッタと打ち倒していくのだった。
やがて、ドラゴンの道の半ばを過ぎる頃。
「ふう」
「疲れましたか?トルスさん」
襲ってくる敵がひと段落ついてトルスが息をつくと、リエルは心配そうに尋ねる。
「いや、大丈夫。でも腹は減ったし、ちょっと休憩にしようか」
「分かりました~」
そう言うとリエルはいつも通り、結界を張った。
『認識阻害』と『存在否定』の二重結界らしく、この結界内にいる人間は魔物には見えないし、よしんば見破られても存在否定の結界で重篤なダメージを負うため、魔物は決して入ってこれない。
そんなリエルの盤石の防御結界を見ていつもながら感心しつつ、トルスは何となく訊いてみた。
「リエルってやっぱりどっちかっていうと神官系の能力のほうが強くないか?」
簡易糧食を食べつつ、トルスはずっと思っていたことを何気なく口にした。
「そ、そうですか?」
リエルは少し慌てたように照れる。やおら、水をごくごくと飲み、ふぅ……と息を整えた。
「うん。だって最初会った時、聖女かと思ったし」
「せ、聖女!?」
リエルは殊更に大袈裟に驚いた。
「え、自覚なかったのか?」
「え、ええ、まぁ……」
リエルの神聖な空気、まとうオーラ、回復・治癒・支援に長けた魔法の知識。
確かに攻撃系の魔法も多用するが、適正はどう見ても聖なる力……『光』属性の魔法にあるようにトルスは思えた。
「へへ、そうですかぁ……私が、聖女かぁ」
「なんだよ、どうしたの」
妙に感慨深くリエルがにまにまと笑うため、トルスは変なやつだな、と思って眉根を寄せた。
「いえ、そんな風に見えてたなんて、嬉しいなぁって。私、神聖な空気出してましたかぁ」
「うん」
「えへへ」
良く分からないが、『聖剣の守護者』の肩書きを持ち、聖なる魔法に長けているリエルにとって、
『神々しい』と思われる事、『聖女』と認識されることは、何やら嬉しい事実なのだという事だけは分かった。
トルスはその様子がなんだか微笑ましくて、つい悪戯心が浮かぶ。
「よっ、聖女様。聖剣の守護者。肌から聖なるオーラ出してんのかい!」
「や、やめて下さいよぉ~、照れちゃうじゃないですか~」
そしてオチをつける。
「まぁ、聖剣は抜けないし使えないんだが」
「それを言っちゃお終いです!」
もう、と頬を膨らませてぷいっ、と顔を背けるリエル。
「ははは、ま、聖剣は俺が使えるから良いけどさ」
でも、どうしてだろうな。
リエルはこんなにも『聖なる』力を放っているように見えるのに。
―――なぜ、聖剣を使えないんだろう?
それは会った時から不思議な事実ではあったが、守護者は剣を守護するだけで使えない、まあ、役割分担なのだろうと納得するようにした。
けれど、もしそうじゃなかったら……
どうだというのだろう?
トルスは難しい事を考えるのが苦手だ。
あの宿の夜にリエルが言っていた『仮面』の意味も、未だに良く分からない。
でも、ただこれだけは言える、と思っていた。
「リエルは、何にも仮面を被らされてなんかいない」
―――何となく口をついて出ただけの言葉だった。
だがそれは、リエルにとって何やら、不意打ちのような一撃だったらしい。
「……あ」
リエルは気付くと、一筋の涙を零していた。
「りっ、リエル!?どうしたんだ?どっか痛い所でもあんのか!?」
トルスは心配して様子を窺うが、リエルは首を一度だけ振る。
「……えへへ、何でもないですよ」
にっこりと、本当に何でもなかったかのように笑った。
ただ、頬を薄く紅潮させるだけで。
リエルが何を思って涙を零したのかは、この時のトルスには何ひとつ分からなかった。
まちがいだらけのプリンセス、第3話です。
幕間の回。魔王がいるらしい中央大陸へ向けて、いざ『ドラゴンの道』へ!
あーんどいつものイチャイチャ!みたいな。
余談ですが結界張って魔物いっぱいの中で飯を平和に食うネタは
『レヴァリアース』のウリックとシオンを思い出しながら書きました。
夜麻みゆきファンとして、バディ・ファンタジー・アドベンチャーを描く上では
そういう描写を入れたくなるんですよねえ。
その辺をリスペクトするなら飯の描写に拘っても良かったんですが、
まぁ本題ではない、ということで。
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