mistake2.お宿を取りましょう!
「おー、着いたな」
「ですねぇ」
トルスとリエルは2人揃って、王都ベルロンドに到着した。
ベルロンドはこの大陸で最も大きな街だ。はるか遠くには天に向かって聳える王城が伺え、街の賑わいも今までトルスが旅してきた街とは段違いだった。
「早速お宿を取りましょう、トルスさん!」
「ああ。でもその前に魔物の毛皮や骨なんかを換金してこないと…」
節約はしているものの、やはり二人旅、しかも女性との旅という事で色々気遣う部分がある。トルスは心許なくなった財布の中身を補充すべく、これまで倒してきた魔物の毛皮、骨、防腐処理した肉、内臓などを店で換金してくると言う。
「じゃあ、私は先に行って、部屋だけ取ってきますね」
そう言うとリエルは宿に向かって歩いていった。
「大丈夫かな……リエル独りにすると、すぐトラブルが起きる気がするんだけど……」
一抹の不安を抱えつつ、そのくらい大丈夫ですよっ、と膨れるリエルが健気だったもので、じゃあ任せるよと言ってしまった。
……トルスの不安は的中し、すぐに後悔する羽目になる。
◇
「……よし、こんなもんかな。割といい値段で買ってくれるなぁ。さすがは王都、物価も高いが気前は良いね」
換金を済ませたトルスはリエルと合流すべく宿の方へ歩き出す。
……そういえば、そもそもリエルと2人でまともな宿に泊ったことって一度もなかったな、とトルスは思い出す。
初めて会った日は2人が出会った『滅びた村』の近くにあった街(名前は忘れた)の酒場で飲み明かして―――
そこでリエルに仲間になって欲しい、と言ってパーティを組んだものの……
そうそう、お互い仲間になると分かってた訳じゃないから、事前予約していた宿に向かって別々に帰ってしまったんだよな。
……んで、それからはずーっと野宿。
だから、これはよく考えるとリエルと一緒に泊まる、初めての宿、という事になる。
「……だから何だって言うんだよ、別に一緒の部屋に泊まる訳でもないのに」
そんな些細な事で気持ちが浮ついてしまう自分に、トルスは苦笑する。
そして、いかんいかん、こんな事で動揺していたら魔王討伐前にきっと精神の弱さで足をすくわれるぞ、と気合を入れ直した。
やがて宿に到着する。
そこにはリエルがおり、宿の主人と話をしていた。
どうやら、その様子を見る限り何事もなくきちんと部屋は取れたらしい。
「おー、リエル。ちゃんと部屋取れたんだな。偉い偉い」
そう言って頭を撫でると、リエルはえへへぇ、と笑う。
だが、リエルが書いたと思しき宿帳の文字に目をやった瞬間、すぐにトルスは目を疑った。
「……リエルくーん。ね、君、部屋のとり方間違えてないかなぁ」
「え?私ちゃんと取りましたよ?見て下さい、2階の角部屋です!」
ドヤ顔で主人から受け取った宿帳を両手に持って広げ、トルスに見せるリエル。
それを見て、トルスは頭を抱える。
「そうかぁ。偉い偉い。
……んで、俺の部屋はどこかなー?」
「……あっ」
そう言われた瞬間、さすがのリエルも気付いたようだ。
リエルは、1部屋しか取っていない。
「あっ。じゃないよ!同じ部屋で泊まる気だったの!?」
「いや、その、全然何も考えておりませんでした……」
テヘヘとリエルは恥ずかしそうに笑う。
そんな顔をされたらトルスも何も言えない。
ずっと独り旅をしていた上にこれまで野宿でずっと傍にいたから、リエルが気付かないのも無理からぬことではあるが。
「しょうがないな、じゃあ角部屋はキャンセルして、改めて2部屋予約するか」
と、トルスが主人に向き直って言う。
「すみません、さっきこの子が予約した部屋、キャンセルしてもらって良いですか?ついでに、個室2部屋ぶん取って欲しいんですけど」
「悪いね、今は個室、全部埋まっちまってるよ」
主人はそう言って、手を合わせる。
「ありゃ」
じゃあ、キャンセル料だけ払って、別の宿に行くか……とトルスが言い出そうとするが、主人は続ける。
「いや、他の宿も無理だと思うよ。丁度、今は収穫祭の時期だ。ほれ、王都全体が賑わってて、宿もあちこちいっぱいだからね。
ま、他の宿も見て回って空いてたらそっちにしてもらって良いけど……」
「……そっすか」
トルスは脂汗をかく。
そして、
「リエル。一応ここにいて。最終手段として野宿ってテもあるが、せっかく確保した角部屋、一応キープしておきたい。
……万一そうなっても寝る時は別々にするからね?」
「はっ、はい」
一気に言い放ち、トルスは他の宿を駆けずり回り出すのだった。
◇
「……どこも個室2部屋は空いてなかった……マジかよ」
「こんな賑わってるなんて、びっくりですね」
リエルは待っている間、主人から収穫祭の話を聞いていたらしい。
「そこらじゅうの店が賑わってっから、魔物の肉とかも高値で買って高値でバンバン売るわけだ。兄ちゃんも、おかげさまで懐があったかいんだろ?うちの宿の飯は美味いから、たらふく食っていってくれや」
「うん、まぁ、そうですね」
主人からの言葉はトルスの耳に届いていなかった。
トルスのそんな様子を見て、リエルはガッツポーズを取り、励まそうと試みる。
「き、気を落とさないで下さい、トルスさん」
「あー、うん。まぁ、部屋が空いてないのはしょうがないよね……リエルは悪くないもんね……」
そう言って、諦めの目でトルスはリエルを見る。
そして―――
「?どうしたんですか、トルスさん?」
首を傾げ、純粋な瞳でトルスの視線を受ける無垢なリエルを見て、トルスの中の罪悪感がMAXに膨れ上がる。
「~~~~~っ、無理!やっぱ、リエルと同じ部屋で寝るとか、無理!俺、野宿するから!」
「何言ってるんですか!?せっかく2人で泊まれる広いお部屋なのに、お金もったいないじゃないですか!」
リエルはその行為の無益さを、経済的観点から指摘する。
「それはド正論だけどリエルは平気なの!?」
「へっ……その、トルスさんが私に何かするかもって事ですか?」
ぽけぽけしてる割に案外そういう所は察しが良いリエル。過剰に赤面したりもせず、真っ直ぐにその言葉を言われ、目を逸らすトルス。
トルスはゆっくり、うん、と首を縦に振る。
「いや、そんな。トルスさんの事は、信じてますし」
何の衒いもなく、さらりと答えるリエル。
何も疑っていない、純粋そのものの目。
「…………君と居ると、男としての精神力を試されている気がするね…………」
何故かはわからないが、トルスは自分の『精神』のステータスがピコンピコンとうなぎ上りになっていく音が聞こえる気がした。
◇
―――その夜。
どくん、どくん、どくん。
トルスの心臓が早鐘を打つ。
「いや、いやいや、いやいやいやいや」
この状況はおかしい。
「おかしいだろ。ベッドがダブルなのは想像ついてたけど、床で寝るためのシーツか布団の予備くらい用意しといてくれよ。それがなくてもせめて、掛け布団と枕くらい2人分あるべきだろ」
ぶつぶつとトルスが愚痴るが、状況は何も改善しない。
「と、トルスさん。あんまり動かないで下さい。私まで緊張しちゃって、眠れないです」
リエルもまた、やや緊張しつつトルスと背中合わせに―――そう、2人は同じベッドに、同衾していた。
「ご、ごめん」
トルスは謝るが、背中に感じるリエルの体温と漂ってくる彼女の香りに、頭の奥までクラクラしていた。
このままでは眠れないまま朝になってしまう。トルスは何とか精神を落ち着けるべく、おまじないを唱え始めた。
「心頭滅却心頭滅却、我は拒む昏き暴虐、エロエロエッサイムノーノーラッキースケベ……」
「なんですかその呪文……?」
謎の呪文を唱えるトルスにリエルは苦笑する。
「なんなんだよマジでもう世界が俺を悪者にしたいのか、俺は聖剣の『真の勇者』として選ばれた人間なんだぞ……世の中の人に範を示せる聖人君子でなければならないだろうに……」
そんな、妙に堅い事を言い出すトルスに、リエルは思わずぷーっ、と噴き出してしまった。
「な、何だよリエル。俺そんなおかしいこと言った?」
「あ、いえ、ごめんなさい。トルスさんがあまりに真面目すぎて……でも、英雄色を好む、とも言いますよ?勇者たるもの、女の子の一人や二人を抱いたところで、世間はそこまで白い目で見たりしないと思いますけど」
リエルが『信じてますから』と言った割には随分挑発的な物言いをするものだから(どうせただの天然だろうけど)、トルスもおどけて返してしまう。
「リエル、君は自分の女としての魅力を自覚して、俺を堕落させるべく誘惑しているな?」
「いっ、いえ!決してそんなつもりじゃ……」
じゃあどういうつもりなのだろうか(どうせただの天然だろうけど)。
……ややあって、リエルが答える。
「……ただ、私思うんです。『真の勇者』として選ばれたからって、それはあくまでその人の『一側面』っていうか。それは英雄としての、『資質』に過ぎないじゃあないですか」
「……?」
トルスには、リエルの言っている意味がいまいちわからない。要領を得ない、雑談をされている、という気がする。
「そういう『一側面』をもって、その人の性格とか……あるべき人格だとかを語るのって……言ってみれば、『演じるべき仮面』……みたいなものを被らされている、って気がしませんか?」
「はぁ……」
リエルが珍しく難しい事を言い出すので、トルスは何とも答えようがない。
どうしたんだリエル、お前もっとぽわぽわした分かりやすい事を言うイメージだったのに。
「あっ、すみません。変なこと言いましたよね、私」
「いや、変な事は言っていない……と思うけど。話がなんだか抽象的というか、微妙に飛躍してて難しかったな、と。ゴメンな、俺頭悪くて」
特に『演じるべき仮面』という言い方が引っかかる。何かの比喩なのだろうが、俺は別に『仮面』など被らされているつもりはない、とトルスは思う。
トルスは自分の理解力が足りないのだろうな、と思いつつ、リエルの言いたい事を咀嚼し、理解しようと努めた。
「すみません。忘れて下さい」
トルスも特にそれ以上追求もしないでいるとリエルが『これで話はおしまいです』という空気を出すものだから、すっかり興奮も冷めて、良い具合に頭が疲れて眠くなり始めていた。
(仮面……ねえ……)
リエルから見た俺はどんな仮面を被らされているというのだろう。
―――リエル自身は、どんな仮面を被らされているのだろう。
トルスの考えは、宵闇の睡魔に紛れて、ゆっくりと雲散霧消していくのだった。
まちがいだらけのプリンセス、第2話です。
お部屋が足りなくてやむなく同衾!ドキッ★リエルの風呂上がりの香り!!
……みたいな話にするつもりが最後真面目なこと言ってんじゃん。
どういうことよ、押し倒せよトルスお前オラッ!
そんな感じで今回のmistakeは宿帳に1人分しか名前を書かなかったリエルちゃんの巻~!
でした。狙ってるだろお前オラッ!!
いや、まぁなんつーか、レッテルっつーか、そういうのやですよね。
何でもかんでも『勇者だから』とかさー、そういう色眼鏡で見るのやめよ?みたいな。
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