mistake13.ありがとうございます。私を、信じてくれて
「私に、貸して下さい……トルスさん。その聖剣……いえ、『魔剣』グレイド・レイヴを」
「……魔……剣?」
「はい」
トルスは耳を疑った。
何を言っているんだ、リエルは?
「嘘だろ……?だって、リエルはずっと『聖剣の守護者』だって。俺を『聖剣に選ばれた勇者』だって」
「ごめんなさい」
申し訳無さそうに目を伏せ、ぺこりとお辞儀をしてリエルは言う。
「私、自分が魔族だって事以外に、もうみっつだけ嘘吐いちゃってました。
ひとつめ、実は私『聖剣の守護者』なんかじゃないんです。
ふたつめ、それは『本物の聖剣』なんかじゃない……表向きの形だけは『本物の聖剣』そっくりな……模造品なんです」
どういうことなんだ……?とトルスが尋ねる前に、リエルは続ける。
「それは、私の母が聖剣としての装飾を施した『魔剣』……それを、父に嫁ぐ時に国の宝として納めたものなんです」
それは、聖都アストリアを落ち延びるときの話には出てこなかった事実だった。
魔族であることが露見することを恐れ、あえて、伏せていたのだろう。
「母は人間を愛しました。人間の父を愛しました。だからこそ、禍々しい力を放つ『魔剣』を、そのままの形で渡すことをよしとしなかったのでしょう……母は、魔剣に『聖なる力』を用いて装飾という名の封印と偽装を施したのです。母は魔族の中では特殊で……少しだけ、聖なる力を操ることも出来たんです。私が聖なる力を強く有しているのは、恐らくは母の遺伝と、お国柄で身につけられた素養なのかも知れませんね……」
だから、この聖剣ならぬ魔剣は表面的には『聖なる力』で保護されており、魔族であるリエルには抜けないよう、ガードが掛かっていたという事らしい。
よく、触れても平気だったな……そこは、聖なる力を御する事のできる、母の血を受け継いだという事なのだろうか?仕組みはよく、分からないが……
「みっつめ。実は、あれは『光の加護』を受けた人なら、誰でも抜けたのです。
たまたま抜いたあなたを『聖剣の勇者』だと言って騙したのは……本当にごめんなさい。悪気があったわけじゃあ、ないんです……」
そうだったのか……自分が『選ばれた勇者』だなんて思っていたトルスは、恥じ入ってしまう。
「あっ、ご、ごめんなさい。トルスさんを落ち込ませるつもりじゃ……でも、私があなたを選んだのは、心の底から信頼に足る人だと思った、だからこそ渡したんです。―――自分の身を危険に晒してまで、あなたは瀕死の村人を見捨てられなかった。あなたは、この聖剣を託すに相応しい、とても心優しい人だって、そう思ったから……」
リエルは落ち込むトルスをフォローする。
そして、語り続ける。偽りの理由を。己の正義と、信念を。
「私……本当は、『聖女の力』と『聖剣の力』だけで勝ちたかったんです。
私の尊ぶ、私の信じる、『聖なる力』だけで、魔王に打ち勝ちたかった」
そして、トルスの握る聖剣……いやさ、魔剣に手を伸ばす。
「でも、このままじゃ魔王グレイファーには勝てません。私達が、どれだけ力を合わせても、あの圧倒的な力には勝てません。
……だから……
私に、『魔剣』グレイド・レイヴの『真の力』を解放させて下さい。そうすれば、もしかしたら……」
―――こんな事、今更信じて貰えませんよね。
リエルの目がそう言って、手は小刻みに震えている。
つぶらな瞳にはいつしか大粒の涙をたたえており、今にも溢れそうだ。
しかし、トルスは直感する。いや、直感というより、確信に近い。
リエルは本当の事を言っている。
―――これまでだって、そうだ。
確かに、ずっと隠していた事はあった。嘘も吐いてはいた。
でも、それはあくまでも……トルスに『自分が魔族だ』という事実を知られたくなかっただけ。
いつかのように、人間に嫌われるのを恐れていただけ。
そして、人間のため、勇者のため……『邪悪な魔族の力』で勝つのではなく……『聖剣の力』と『聖女の力』で勝つことに拘った。
それだけだ。
だったら、これまでと同じだ。
にわかには信じがたいリエルの数々の告白にも怖じず、目を背けず、トルスはきっぱりと言った。
「分かった。俺はリエルを信じる」
「トルスさん……!」
トルスは手にした『魔剣』……グレイド・レイヴを、改めて元の所有者であるリエルに返す。
きっちりと刀身を鞘に収め、両手で彼女に渡した。
「……ありがとうございます。私を、信じてくれて」
リエルの目からはボロボロと涙が零れ、罪悪感と感謝が綯い交ぜになった複雑な表情になっていた。
そんなリエルをトルスが優しく抱きしめると、リエルはいよいよ声を上げて泣き始める。
「こんな……っ、私の事っ、トルスさんは……うっ、信じて……くれてぇっ……うっ、ふぅっ……
……バカで……ポンコツで……嘘つきで……魔族だし、聖剣はやっぱりどうしたって使えない私なのに……」
「ああ、そうだな。ずっと旅の間、リエルが何かやらかさないか心配だった。
街で歩けばコケるし、森では魔物に追いかけられてワタワタするし。
……魔族だって知った時はびっくりした。聖剣が使えないのにも、そりゃ納得だよな」
泣きじゃくるリエルをあやすように、なだめるように。
いつもの調子で軽口を叩きながら、トルスは優しく頭を撫でる。
そして、最後に表情を引き締めて、リエルの肩にぎゅっと力を込めると、
リエルに真正面から向き合い、言った。
「―――勝ってくれ、リエル。たとえ魔剣の力だったとしても、俺はリエルの正義を信じるよ」
……きっと、それが引き金になった。
リエルの感情は爆発し、涙腺は崩壊し、同時に、彼女の魔力の奔流はその身を『真の姿』へ引き戻す。
悪魔の角、羽、尻尾が更に肥大化し、腹の紋様は更に怪しく輝く。邪悪な魔力は、かつて纏っていた神聖なオーラを微塵も残さずに吹き飛ばす。
……改めて、聖女たる彼女の姿はただの偽装だったのだと思わせる、強烈なプレッシャー。
トルスは戦慄する。
しかし、同時に神々しいものを見るような厳かな気持ちになる。
そして彼女は抜く。
今まで、一度たりとも抜けなかった『聖剣』……いや、『魔剣』を。
既にリエルの母が施した外装はボロボロにひび割れ、その隙間から闇のオーラが漏れ出している。
彼女が柄に手をかけ、魔力を込めた瞬間だった。
崩壊寸前だった外装は鞘ごと完全に砕け散り弾け飛び……『魔剣』が、その真の姿を顕現させた。
ゴウッ……!!!
何百万もの悪魔の凄まじい大音声と聴き違わんばかりの闇の魔力の嵐が、魔剣の周囲を包み込む。
いや、魔剣からそれだけの魔力が溢れ出ているのだ。
その衝撃にトルスは目を伏せる。
こんな魔力を本当に制御しきれるのか、という疑念がわずかに首をもたげるが、次の瞬間には吹き飛ばされた。
「大人しくなさい、グレイド・レイヴ」
凛とした声でリエルは言い放つ。
すると、今まで荒ぶる大魔力を放出していた魔剣グレイド・レイヴはシン……と静まり返り、なんと、
小ぶりな黒い刀身の剣となってリエルの手の中で静寂に包まれた。
「……凄い」
トルスは目を見開いた。
魔族の姿となり、魔剣グレイド・レイヴを手にしたリエル。
―――それはまさに、こう呼ぶべき姿であったろう。
『魔王』と。
◇
「こんな感じで、いっぱい暴れちゃうの分かってたから解放できなかったんですよ~」
そんな、次の瞬間に厳かな雰囲気を消し飛ばすリエルだった。
「聖都アストリアがボロボロになったの、殆どは魔王の仕業なんですけどね。
……でも実は一部私のせいっていうか、魔剣のせいっていうか……あ、私、この剣を持ち出して聖都の郊外で無意識に魔力込めて抜きかけた時、もう、もんのすごい事になっちゃって……」
ほんと、大変だったんですよ~、と呑気な様子で言うリエルは、本当に、いつも通りで。
「ぷっ……あはは」
「??どうしたんですか、トルスさん」
トルスはキョトンとした様子のリエルに、安心して言う。
「いや……ホント、リエルは変わらないな」
「そうですか?だったら、嬉しいなあ」
リエルは照れ笑いを浮かべ、それからゆっくりと言った。
「……行きましょうか。最後の戦いに」
「ああ」
トルスとリエルはお互いに頷きあい、そして、待ち受ける魔王グレイファーの玉座へと再度、赴くのだった。
まちがいだらけのプリンセス、第13話です。
『魔剣』グレイド・レイヴの秘密。
『聖剣の守護者』や『真の勇者』なる偽りの名を、何故リエルが騙ったのか。
それらの理由を語る回であり、リエルが完全なる魔族化を果たして魔剣を携える……
いわゆる『終盤のテンション上がる回』のノリで書いてます。
『アニメっぽいシリーズ構成』を目標に据えて考えた物語である以上、ここが本来は最終話でした。
ちょい諸事情あって(ラブコメ成分増やしたくて)1話増えましたが。
さて、次が最終回です!
最後までお付き合い、どうぞよろしくおねがいします!
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