mistake12.お願いがあるんです
トルスは聖剣を振るい、リエルは魔法で補助と攻撃、回復を繰り返す。
勝てると思っていた。
魔王の右腕だって倒せたのだ。
確かにあれは魔族化したリエルの力あってこそではあったが―――トルスの見立てではあそこまであっさりではなくとも、右腕は倒せると。
それなら、魔王本人だって、きっとリエルと力を合わせれば勝てる。
―――あまりにも甘かった。
人間の世界の『王』とは意味が違う。
たった独りで万軍にも匹敵する、圧倒的な力を誇ってこそ、魔王。
人知を超えた力と魔力を前に、トルスとリエルは絶望的な気持ちに満たされていた。
「つ……強すぎる……だろ……」
「ここまで、強いなんて……」
魔王の放つ呪文、膂力に任せた打撃の数々に、トルスとリエルは全く太刀打ちが出来なかった。
かろうじて魔王の力の半分か、それ以下。このままでは、ジリジリと追い詰められ、殺される。
「ふん。我が右腕を倒せたのも、しょせんはあやつの油断と貴様の魔族化ゆえか?まるで話にならぬな……」
魔王はまだ余裕を見せ、興が醒めたように腕を組み、棒立ちになり、肩で息をつく2人を睥睨する。
「余裕こきやがって……クソッ」
思えば、トルスとリエルは2人揃ってからというもの、敗色濃厚な戦いに身をおいたことはなかった。
だから、楽観的になっていたところはある。
……しかし、いつぞやリエルは不安そうにしていた。
『……魔王を倒せるって、思いますか?トルスさんは』
何か、魔王の力の片鱗を知る機会があったのかも知れない。
魔族を母に持つリエルの、断片的な知識として、魔王の王たる所以に触れる事があったのかも知れない。
今更ながらに、あの時のリエルの不安の意味を、もっと考えておくべきだった……
トルスは後悔していた。
「ごめんな、リエル……あん時、もう少し慎重に考えてれば……」
「今そんな事言ってる場合じゃないですよ、トルスさん……来ます!」
窘められるまでもなくトルスは油断なく構えてはいたが、魔王の繰り出す呪文と打撃の連発に2人は防戦一方。
反撃に転じようと防御をリエルに任せ、トルスは魔王の死角に回り込み聖剣を横薙ぎに斬りつけるが、魔王の防御結界がそれを防ぐ。
「どうした!その程度では余の身体は斬り裂けぬぞ、勇者よ!!」
魔王の嘲るような挑発をかわし、トルスは体勢を立て直す。
「……リエル。このままじゃ、全滅しちまう。逃げて、力を蓄えて、もう一度戦う……ってわけにいかねえか」
トルスはボソリと呟く。
戦術的撤退。
勇者として、逃げを打つというのは屈辱的ではある。しかし、死んでは何もならない。
「そうですね……スキを見て、離脱しましょう」
リエルはすぐさま頷いた。
そうだ。
まずは生き延びよう。
故郷や祖国を滅ぼされたトルスとリエルにとって、生き延びることの大切さは痛いほど理解している。
退き際の判断は確かだった。
しかし、魔王の地獄耳はそれを聞き逃さなかった。
「うん?もう逃げる算段か?―――よい、大儀であった。逃亡を許そう……などと余が言うとでも思っておるのか?」
ニヤリと嗜虐に染まる魔王の瞳。
「生きては帰さぬ。貴様らの力は未熟ではあるが、確かにここしばらく、余に逆らう者共の中では群を抜いて危険ではあるからな……二度目に挑まれれば、余も危うかろう」
冷静に自らと相手の力量を観察し、慢心はせずにいたぶる魔王グレイファー。
「さぁ、断末魔の悲鳴を余に捧げよ。貴様ら2人ではオーケストラには足りぬが、良きハーモニーを聴かせてくれる事を期待しておるぞ」
そう言うと魔王は必殺の呪文の詠唱を始める。
先程も喰らい、リエルの全力の防御結界ですら突破された凶悪な闇の呪文だ。
ただでさえ闇属性の魔法に耐性の薄いトルスは、ことにダメージが大きかった。
「まずい!リエル、2度あれを喰らったら流石に死んじまう!!」
「離脱します!!」
リエルは目眩ましの呪文と、魔王の詠唱を妨害するべく雑音を叩き込む呪文、更に自らとトルスには認識阻害と存在否定の二重防御結界を5層分重ねがけした上に、加速の呪文を唱えた。
立て続けの詠唱で魔力は消費されていき、長すぎる呪文に舌も噛みそうになったが、必死で耐える。
「小細工をようも重ねる……が、無駄だ!」
魔王はリエルの詠唱妨害で邪魔され何度か呪文を唱え直したようだが、部屋を出るよりも一歩早く、必殺の呪文を放った。
「きゃぁああああああああっ!!」
「うぁあああああああああっ!!」
凄まじい轟音と共にトルスとリエルは吹き飛ばされる。
リエルは咄嗟に、半魔族ゆえに闇の呪文に耐性のある自分の身を挺して、トルスへの直撃を防いだ。
しかしたとえ耐性があるとはいえ、魔王の必殺の呪文である。
5重に張り巡らせた結界の殆どは貫通されてしまい、身は焼け焦げ服はあちこちが吹き飛び、とても戦闘を継続できるような状態にはなかった。
直撃を防がれたためダメージを軽減できたトルスも、似たよなうなものだった。
「ぐ……あ……っ、リエル……に、逃げろ……お前だけでも……っ」
「ダメ……私は、いいから……トルスさんこそ……」
魔王は2人して庇い合うトルスとリエルに不愉快な顔を向ける。
「ふん。解せぬな、人間と魔族が心を通わせるなど……」
流石の魔王と言えど必殺の呪文の消耗が大きいのか、肩で息をつきながら、ゆっくりと倒れた2人に近づく。
「だが、貴様らの悲鳴は実に良かったぞ。美しいユニゾンだった」
陶酔するように魔王は2人の嘆きを賛美し、そして言い放った。
「それも、これで終わりだ」
魔王の慈悲なき一撃が、今にもトルスとリエルの心臓を同時に貫こうとした、その瞬間だった。
「……ごめんなさい、トルスさん」
リエルは呟くと、トルスの抜き身の聖剣に触れる。
「うっ……あっ!!」
その瞬間、苦悶と共にリエルの身がまたも『変化』した。
「なっ……なにっ……!?」
魔王は驚愕し、その光景をただ呆然と見つめるのみであった。
◇
「う……」
トルスが気付いた時、周りを見回すと、そこはリエルがエグネヴィアと戦った大広間だった。
「こ、ここは……俺、なんで……」
「無事ですか、トルスさん」
傍らには傷を負いながらも一命を取り留めたらしき、リエルがいた。
「……魔王からは、逃げられた……のか?」
「はい」
端的に、リエルは答えた。
「そうか……いや、でも、魔王城にいるんじゃ、すぐ気付かれる……んじゃ」
「大丈夫です。ここはあの大広間じゃありません」
「え?」
どう見ても魔王城の中枢に見えるが、違うというのか?
「ここ、私の偽装結界の中です。魔王城の大広間の複製を異次元空間に創り出して、位相をずらして魔王からはすぐには見つからないように、ちょっと手を加えました」
「???」
説明が良く分からないが、つまり安全ということか。
トルスが尋ねると、リエルは苦笑しつつ答えた。
「そうですね」
しかし、偽装結界など初めて聞いた。そんな魔法をいつ覚えたのだろう。
トルスが疑問に思って尋ねると、リエルも困ったように言った。
「……実は、書物で読んだだけで実践は初めてなんです。何せ、魔族の間にだけ伝わってる禁術の一種だったものですから……」
と、よく見ると、リエルは魔族化していた。
角が生え、羽と尻尾が生え、そして腹には邪悪な紋様が浮かんでいる。
「リエル……そうか、俺を助けるために、魔族化してまで……いや、それって……」
そもそも、あの時は怒りに我を忘れて魔族化していただけだが、リエルは自分の意志で『こう』なることが出来るようになったのか?
いつの間にか消えている傷についての言及も忘れ、尋ねるトルス。
リエルは答えた。
「正確に言うと……私、魔族化するというより、普段が人間化している、んです……我慢して」
「え……」
じゃあ、力をずうっと抑えている、という事なのか……
「はい、そういう事です。……教会とか、聖なるものにあまり触れたくなかったのも、こういう事情がありまして」
今更だが、王都で教会に行くのを妙に渋っていたのは、そういうことか。
トルスは納得する。
そしてハッと思い出す。
……もしかして、あの時自分が神父様に十字を切られて手のひらが傷んだのは、しょっちゅう魔族であるリエルをなでなでしているから……?
ブンブンと邪念を振り払い、トルスは向き直る。
「二十歳を超えた辺りから、ずっとこうしてました。だから、もう慣れてはいたんですけどね……いや、今はそれより大事な話があるんです」
思い出話に花を咲かせている場合ではない。
リエルは真剣な表情になって、言った。
「トルスさん。お願いがあるんです。魔王を倒すために、必要な事です」
一時撤退して体勢を立て直そう、という話だろうか。
トルスはそんな事、お願いされるまでもないよ、と答えようとした。
しかし、リエルの『お願い』は、想像を全く絶する内容であった。
「私に、貸して下さい……トルスさん。その聖剣……
いえ、『魔剣』グレイド・レイヴを」
まちがいだらけのプリンセス、第12話です。
魔王グレイファーとの対決。
強すぎる。勝てない。
この絶望感は、ダイの大冒険のバーン戦を思い出しつつ書きましたが
もう少しグレイファーの強さの具体性を書いたほうが良かったかなぁという反省はあったり。
この物語の本筋はそこじゃなくて、苦戦している事実だけで十分かなと思ったので略しましたが。
そして明かされる『聖剣』の秘密……
ここに関しては伏線に大分困りました。実はリエルが逃げた時に回想シーンを挟んだのも、他に語るタイミングを逸したからです。
最初の構想では『各地を旅する間に本物の聖剣の意匠を知った』『それがキッカケでレプリカントである事に気付く』とかあったんですけどね。
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