mistake11.決着をつけましょう
「……落ち着いたか?リエル」
「はい……」
ひとしきり涙を流し尽くし、リエルは魔族としての姿から、今まで通りの聖女の姿に戻っていた。
憎しみも怒りも、悲しみも。
今は胸の中から、跡形もなく消え去っているように思えた。
リエルは、トルスに向かって言う。
「……ありがとうございます、トルスさん。こんな私を……追いかけてきてくれて」
「……バカ。追いかけないわけ、ないだろ」
照れくさそうにトルスはリエルの頭に手を置く。そして、ゆっくりと、いつもの倍以上の時間をかけて、優しく、優しく撫でさする。
「……ふわぁ……」
蕩ける表情でその愛撫を受けるリエル。
彼女の頭を多幸感が支配する。
「……偉かったな、リエル。本当に、頑張ったな。ずっと、独りで頑張ってきたんだな」
「独りだなんて、思っていませんよ。トルスさんが、いてくれました」
そう言いつつも、ねぎらいの言葉をかけてくれるトルスに、リエルは心底嬉しそうに笑っていた。
トルスはこれまでのリエルの身の上話を、改めて聞いた。
凄絶な彼女の過去にさしものトルスもしばし言葉を失い、先程の無神経な発言に罪悪感を覚えた。
「……ごめんな。リエルの過去、全然知らなくて、それなのに……」
謝るトルスにリエルは首を振る。
「良いんです。知る由もないですし……それに、確かに私の初めての友達は……私の過ちで、喪うことになってしまいました。……けれど、私はそれで絶望して、心を閉ざして、己を受け入れて貰うための努力を放棄すべきでは、きっとなかったんです。もっと早く、トルスさんに私の正体を明かしていれば……」
「……努力の放棄なんか、全然していないよ。むしろ、お前はずうっと、人間に受け入れられようと頑張っていたじゃないか」
結果的には騙すような形になっていたとは思う。
しかし、それもただ一心に、かつてのような別れを味わいたくないがゆえだ。
純粋に、トルスと一緒にいたくて。
魔族を憎むトルスに、自分の正体を知られてしまえば、きっと嫌われると思って。
「……そんな気持ち、人として当たり前に懐くものじゃないか」
トルスはそう言って、リエルの罪を赦す。
「……トルスさんが、そういう人で、私、本当に良かった」
頭を撫でられながら、リエルは微笑む。
真っ赤に泣き腫らした跡の残る彼女の双眸は、今はただ静かに穏やかな色をたたえていた。
「……トルスさん。魔王を、倒しましょう。この先が玉座の間です。
―――こんな所でいつまでもイチャイチャしてたら……魔王に嫉妬されて、殺されちゃいますよ」
そんな風に冗談めかしてリエルが言うものだから、トルスはガクンと脱力して、やおら、笑い転げた。
「ぷ……ふふっ、あはは、あははははは!」
「そ、そんなに面白かったですか?私の今のジョーク」
いや、馬鹿馬鹿しい。
本当、その通りだ。敵の本拠地で、何やってるんだろうな。
トルスはツボに入ってしまったらしく、腹を抱えてしまった。
やがて笑い終えると、真面目な顔に戻ってトルスは言った。
「……そうだな。とっとと倒して、帰ろう」
「はい。決着をつけましょう」
そう言うと、2人は同時に玉座の間の扉に手をかけ……開く。
◇
そこには、魔王グレイファーが鎮座していた。
「……ふん、随分と待たせおるわ……四方山話は済んだのか?」
外の一部始終を見ていたかのように、魔王は呆れて玉座から立ち上がった。
「お待たせして悪いな。身の上話に時間を割きたくてよ」
トルスは軽口を叩き、魔王を睨みつける。
「……さっきの話、ホントに全部聞かれてたんですね……恥ずかしい」
リエルは軽く赤面するが、それどころではいので魔王を前に黙る。
しかし、魔王は話を継続する気のようだった。
「リエル=フォルシュタイン。先程の戦いやそこの男との話を見聞する限りは、貴様は余に仕えてこの世界を支配するために尽力するつもりはない、という事で良いか?」
「……趣味の悪い質問ですね、魔王。分かりきっているでしょう?」
リエルはけんもほろろにそう答えた。
「まぁ、そうであろうな。祖国を滅ぼされ、怒り心頭であろう。直接の仇は討ったようだが、余に対する憎しみも計り知れるまい」
何を言いたいのだ。
トルスは無視しきれず、挑発するような魔王の言葉に反駁しようとする。
「……では問うぞ。貴様は、余を倒してなんとする」
「は?」
トルスはその質問の意味が分からず、間抜けな返答を返してしまう。
いや、この質問は、リエルにしているのか。
どうやら、魔王は徹頭徹尾、勇者であるトルスではなく、魔族の同胞としてのリエルに問いかけている様だ。
「……あなたを倒して、私は……祖国を復興させます」
「……繋がりが見えぬな。余を倒せば、滅びた国は元通りになるとでも?」
……そんなわけはない。
そうだ。よく考えれば分かることだ。滅びた国を復興させる事と、滅びた国の仇を討つことは、イコールではない。
むしろ、仇を討っている間に、祖国復興のために人や物資をかき集める、などの地道な行動こそが、リエルの取るべき道ではなかったか。
魔王は、冷静にもそう問いかけているらしい。
頭のあまり良くないトルスにも、それは理解できた。
だが、リエルはきっぱりと答えた。
「……ただ単に私が間接的な復讐のためにあなたを倒そうとしているのではないかと言うのですね。それは浅慮ですよ」
「ほう。では、何の大義があって、貴様は余を討つ?」
魔王は問い続ける。
聞きようによっては命乞いのようにも聞こえる言葉だが、泰然自若としたその態度、余裕から、それはないと判断できる。
ただ純粋に、興味本位で訊いているのだろう。
「大義ですか。そうですね……」
少し考えるようにして、リエルは言う。質問に答えるのではなく、問い返す事で答えとするかのように。
「魔王を倒したら、魔族はどうなるか、考えた事はありますか?」
それは魔王に対する問いかけというか、トルスに対する問いかけのようにも聞こえた。
魔王は即答する。
「倒されし魔王よりも強き者……即ち『新たなる魔王』に仕えるか、統率者を失い離散していくかのどちらかであろうな。余の時も、そうであった。故に、今は余が魔界を統べておるわけだ」
そこでトルスは気付いた。
じゃあ、魔族である……半分が魔族であるリエルが……勇者と共同で、とはいえ魔王を倒したら、どうなる?
リエルは魔王の答えに頷き、そして不敵な笑みを浮かべた。
「……それが答えであり、私の大義です。たとえここであなたを倒しても、残された魔族さんたちがめいめいばらばらに散らばって、人間の世界に迷惑をかけたら、困るんですよね」
それを聞いて、魔王は呵々大笑する。
「ふっ……はっはっはっ……なるほどな。興味深い答えだ」
そして、魔王グレイファーは臨戦態勢に入った。
「ならば余を倒して奪ってみるが良い。我が王位、我が玉座、我が眷属ども!それら全てを貴様の如き小娘が従えられると言うのであればな!!」
トルスは聖剣を構える。
リエルは白銀の杖を構える。
……そして、戦いの火蓋は切って落とされた。
まちがいだらけのプリンセス、第11話です。
思いっきり泣いた後は落ち着かせる。基本ですね。
リエルの照れ隠しのジョークは、魔王の本拠地で何をイチャついてんだ……という僕のセルフツッコミです。
魔王グレイファーさんもノリがいい……という訳じゃなくてため息をつきながら眺めてたことでしょう。
そしてこれもお約束、魔王との決戦前の問答です。
リエルは何のために戦うのか?
彼女なりの答え、大義を示させてみました。
痩せても枯れても、彼女はプリンセス……王女なのですから。
人々の上に立つものとしての、ある意味後天的に備えられた『器』と言いましょうか。
彼女が色んな人に対して恩着せがましくない感じは、ノブレス・オブリージュ的な精神なのかも知れませんね。
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