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mistake10.嘘ついてて、ごめんなさい

 トルスは魔王城の中枢で、呆然としていた。その場で固まって、何も出来なかった。


「リエルが……魔族……」


 俺を救ってくれたのも。

 俺に聖剣を託してくれたのも。

 全て偽りの施しだったのか?


「リエルが俺を騙して……殺すために……?」


 そんな訳ない。

 ありえない仮定に対して、すぐに頭は冷静な答えを返す。


 第一、そんな回りくどい事を何故する必要がある?

 殺すなら、いつでも出来た。

 いつだって俺は、リエルを信頼して、無防備な背中を見せてきた。

 リエルの力があれば、いつでも寝首をかけたはずだ。


「……何か、理由があるんだ」


 トルスは思い直した。

 リエルを追いかけなければ。


 リエルは、何処へ向かった?


 魔王城の中枢から、リエルが向かうとすれば、何処だ?トルスはあてもなくリエルの後を追いかけるのではなく、考え始めた。

 多分、これまでの旅の中で『考えること』を殆どリエルに任せてきたトルスの、それは初めての経験だった。


 考えろ、考えろ、考えろ。


 リエルの事を。

 リエルが望んでいたことを。


「……祖国の……復興」


 そうだ。そもそもは、リエルは聖都アストリアの姫君だったはず。なぜ聖都、即ち聖なる者たちが作り上げたアストリアの出身である彼女が魔族なのかはおいおい問い質そう。

 それよりも、重要なのは『祖国の復興』だ。


 リエルはアストリアの復興のために、即ちアストリアを滅亡させた元凶である魔王を討伐するために、これまで旅をしてきた。


 それなら、いま彼女が向かう先は……



「魔王の……間」



 理解してしまった。


 リエルはもう、トルスの力に頼らず、魔王を倒せるかも知れない。そうなれば、必然的に魔王を倒すために独りでだって立ち向かうはずだ。魔界に来てリエルの魔力が活性化していた理由も、今なら理解できる。何故同じ魔族同士で争い合うか、なんて疑問もわずかに首をもたげたが、それはもう、この際どうでもいい。

 ただ直感したことはひとつだ。


 ―――リエルは、魔王に挑む。単身で。


「……そんな事、させられるか」


 今この時だけ、魔族への憎しみを忘れる。

 いや、違う。

 リエルが魔族だからって、リエルに憎しみなんて、抱くはずがない。


 だって、トルスはリエルの事を―――


 ◇


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 リエルは魔王城を走り抜ける。

 向かってくる雑魚には見向きもせず、手当り次第に闇の呪文で消し飛ばし、ただ一直線に、魔王の玉座へ向かって。


「嘘ついてて、ごめんなさい」


 走りながら、ひたすら懺悔の言葉を告げる。

 誰にともなく、虚空へ向けて。

 否、ここにいないトルスに向けてか。


「うう、ううう、ううううう……」


 嗚咽し、涙を流し続け、リエルは後悔の念に囚われる。


「私、何でトルスさんに、言わなかったんだろう。どうして……」


 口に出してから、馬鹿馬鹿しい自問自答だとリエルは思った。

 分かりきっている。

 何度も何度も告白しようとして、言えなかった事じゃないか。


 だって。


「トルスさんが、私の事、嫌いに、なっちゃったら……どうしようって……思ってた、から……」


 うあああああ……!


 悲痛な叫びが魔王城の廊下に響き渡る。


 いつの間にか、玉座の間は眼前にある。


 だが、リエルは絶望のあまり、歩みを止めてしまった。


「どうしよう、どうしよう……もう、顔向けできない。二度とトルスさんと一緒に旅ができない。一緒にごはんも食べられない。一緒にお宿に泊まれない。

 ―――何より、一緒に、戦うことが……できない」


 リエルはくずおれる。


 いつからこうなってしまった。


 ―――リエルは思い出す。


 あの日、祖国アストリアが崩壊した時のこと、そしてそれ以前のこと。


 ◇


 リエルは、聖都アストリアの王女として生まれた。

 その父は人間、そして母は―――魔族であった。


 人間と魔族の間に生まれたリエルが聖都アストリアの姫君として生を受けたことに、両親は何も恥じることはないと思っていた。

 むしろ、人間と魔族の架け橋となれる希望の光だと信じてやまなかった。

 ゆえに両親はそれを誇りとすら思って、語り聞かせた。


(リエル、あなたはいつか、人間と魔族を共存させる存在になるのよ)

(お前は私達の誇りだ。自信を持って生きなさい)


 それは、たしかに尊くはある考えだった。

 しかし、愚かしくもあったのだ。

 この、人間の住む世界においては。


 ―――幼いリエルは、その出自を隠すという事を両親から教えられてはいた。

 ただ、その理由をしっかりとは理解できず、親しい友人が出来たときに―――つい、己の母についての自慢話の延長で、母が魔族であることを明かしてしまったのだ。

 リエルの友人は、怖れた。

 魔族を王妃に抱く、この国を。

 そして何より、その魔族の娘である、リエルを。

 リエルは避けられ、後ろ指をさされ、やがてその友人とは疎遠になり……


 結果、その友人は、謂れなき罪で『処刑』されてしまった。


 ―――幼いリエルは傷つき、悲しんだ。


 わたしがわるいの?

 わたしがまぞくだからわるいの?

 わたしのおかあさまがまぞくだからわるいの?


 リエルはそれから、ずっと『聖なる都のお姫様』として、聖女めいた振る舞いをするようになり、自分が半分魔族である事、その能力の一切は隠し通すことになった。


 ◇


「ねぇ、あの剣はなに?お父様」


 ある日、成長したリエルは、神殿に祀られている『聖剣』について父に尋ねる。


「あれはね、この世界に伝わる『聖剣』だよ。世界に危機が訪れた時『真の勇者』がそれを振るうことで、世界は光を取り戻す……と言われている」


 よくある話だ。

 リエルは子供向けのおとぎ話なのかしら、と思いつつも、父の言葉に耳を傾けた。

 それというのも、その後に続けた言葉のほうが、印象的だったからだ。


「……といっても、実は本物じゃないんだけれどね。

 いわゆる、模造品(レプリカ)というやつだ。

 実は、母さん(リリエル)が私に嫁いでくる時に納めた、まぁ、結納品のようなものでね。本来の姿は聖剣とは似ても似つかないのだが、今は母さん(リリエル)が外側に聖剣としての『装飾』をしているんだ」


「なぁんだ、模造品(レプリカ)なの……結納品……装飾?ふぅん……」


 そんな伝説の品―――の模造品(レプリカ)だが―――を、結納品として持ってきた母は、一体どんな魔族の出身だったのだろう?

 少し興味はあったが、魔族としての出自について深く知ることがリエルにとって幸福な事とは思えず、黙りこくった。


「……あの剣の正統な継承者は、リエルだよ。将来、もし扱うことになったら、リエルが持つことになるだろうね。

 あの剣が聖なる力を持つかどうかまでは私も知らないが、きっとリエルの身に何かあれば、護ってくれるさ」


 父の言葉に特に感慨は懐かず、そういうものなのかな、とリエルは思っていた。


 ◇


 ―――『その日』。


「お父様!お母様!」


「に…逃げろ、リエル……お前だけでも、逃げなさい……」

「私達は、もう……あなたが、生き延びてさえいれば……アストリアは……」


 魔王軍の襲撃により無残に蹂躙され、燃え上がるアストリア城。

 リエルは泣きながら両親の言葉の通り、逃げた。


 逃げて、逃げて、逃げた。


 その途中、視界に入った神殿に気付く。


「せいけん……」


 父はいつか言っていた。

 ―――きっとリエルの身に何かあれば、護ってくれる―――


 おとぎ話のようなもの。

 信じてなんていなかった。

 でも、今はただ、ひとつでも。


 私がこの国の王女、姫である証を、持っていきたかった。


 リエルは傷付いた身体と心を引きずり、神殿へと赴き、そして―――


 ◇


 リエルは尚も泣き続け、自分を責め続けた。


「私、なんてバカだったんだろう。自分が魔族だって軽率に明かして友達を喪って。国を追われてトルスさんに出会って、まるで人間みたいに振る舞って。ましてや、聖女なんて勘違いさせて、やることなすこと間違ってばっかりで……」


 そして呟く。絶望的な一言を。


「……私が、『人間(ヒト)』に受け入れて貰えるはずなんて、なかったのに」


 その瞬間、


「―――バカ言ってんじゃねえよ」


 そこにトルスがいた。息を切らし、佇む。


「あ……」


 信じられないものを見るように、リエルは目を大きく見開く。

 泣き腫らして真っ赤になった蒼銀の瞳が、微かな喜悦と大きな悲しみに入り交じり、更に泣き濡れる。

 トルスはそんなリエルに、続けて言い放つ。


「……お前が人間(ヒト)に受け入れて貰えないことなんて、これまで一度だってあったかよ?」


 それは。

 これまでリエルに何があったのかなんて考えない、いっそ無神経とも言えるトルスの言葉は。

 でも、トルスと出会ってからこれまでのリエルの人生にとっては、確かに、正しい言葉だった。

 何一つ、間違っていなかった。


「……前にも言ったろ。お前は、何も『仮面』を被らされてなんかいない」


 トルスは言い募る。


 姫として。

 人間として。

 ―――そして、魔族として。

『在るべき姿』を演じるべく演じ続けて『仮面』を被ってきた彼女は、トルスの抜き身の言葉に、そのあまりに飾らない真っ直ぐな言葉に、震えた。

 嬉しくて。

 あまりにも嬉しくて。



「お前は、間違っちゃいない」



 最後に放たれたトルスの単純で真っ直ぐな肯定の言葉は、ついにリエルを苛む過去の縛めから解き放ち、悲しみの涙を止めた。

 代わりに流れたのは、喜びの涙だった。



「あ、あ、あああ……うゎあ……あぁああああああああああぁああああああああああああぁああああん……!!」



 或いはそれは、リエルの産声だったのかも知れない。


 何者でもない、ただの、リエルとしての。

まちがいだらけのプリンセス、第10話です。


リエルの回想。

そしてリエルの正体を知り、それでも受け入れるトルス。

リエルが言っていた『仮面』というのは、偽りの自分の比喩であったわけです。


ああ、やっと、自分を偽らなくて済む。


余談ですがリエルの母親の名前をリリエル(僕の別の連載小説『サキュバス・イントゥ・ザ・シスター』からの引用)にしているのは、スターシステム的な感じのアレです。

『リエル』と『リリエル』の名前の由来は実は全然違うんですが、僕のヒロインの名前、ラ行多い関係で似通ったので、丁度いいかなと思って。


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もし、本作品を少しでも面白いと思っていただけたら


☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けると、モチベーションになります!


ブクマ・感想・レビューなどもお待ちしております!

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