mistake1.私、聖剣は使えません!
「うわ~~~~~ん!トルスさ~~~~~ん!!助けてくださ~~~~い!!!」
森の中で女の子の声が響き渡る。
「おいおい……また食料調達中に魔物に出くわしたのかよ。
よくよく運がないな……あいつ」
トルスと呼ばれた青年は、その声に反応してすぐさま声のした方へ向かう。
「いや~~~~~、こ~~~な~~~い~~~で~~~!!!」
女の子は泣きながらトルスのほうに向かって走る。
走る、走る、走る。
……そのたびに彼女の胸元の豊かな果実が、それはもう見事にぶるんぶるん揺れているが、そんな事に気取られている場合ではない。
「リエルっ!!向かって右に避けろ!!」
「はい~っ!!」
リエルと呼ばれたその女の子は、トルスの合図に合わせて右に避ける。
……彼女から見て右、即ちトルスから見て左に。
「バカ!逆だ!!『向かって』右っつったろ!」
「あっ……」
リエルは既に方向転換し、その先には……たっぷりと生い茂る、草木があった。
ばっさーーーーーーっ!!!
リエルはスピードを落とす事もままならず、草木に突っ込んだ。
「きゃぁ~~~~っ!」
……因みに、逆側は草地で、そっちに逃げればおよそ枝葉が身体に擦過傷を作ることはなかったであろう。
「まったく……相変わらずドジっ娘なんだから……」
トルスはそんなリエルの様子に呆れつつ、剣を構える。
「おしっ、来い!リエルの仇は俺がこの聖剣で討ってやるぜ!」
「死んでませ~~~ん!」
トルスは『聖剣』を大上段から振りかざし、(見た目こそ極彩色で派手だが大して強くなさそうな)トカゲ型の魔物を一刀両断にする。
断末魔の悲鳴すら上げる間もなく、魔物は真っ二つになって倒れた。
「おい、大丈夫か?」
「……なんとか大丈夫です……」
葉っぱまみれの擦り傷だらけになりつつも、リエルはにぱっ、と花の咲くような笑顔をトルスに向けるのだった。
◇
「ほんと、魔物に出会う確率高いよな、リエル一人だと」
「うう、申し訳ないです……毎度毎度、トルスさんに助けて頂いて……」
トルスとリエルは先ほど倒した魔物の肉やリエルが採ってきた木の実などを調理して食事をしつつ話していた。
「いや、運が悪いだけだからしょうがないけどさ。ま、もう少しだけ気をつけてくれな」
トルスは慰めるようにリエルの頭をぽんぽんと叩く。
「あ……えへへぇ……ありがとうございます、トルスさん」
リエルは嬉しそうに顔を赤らめ、蒼銀の瞳をトロンと緩ませる。
「リエルと出会ってもう1週間か。そろそろ、王都に到着する頃かな」
「そうですね。魔王グレイファーの手がかりがあると良いですねえ」
薄い色の金髪を風になびかせ、両手指を合わせるポーズを取るリエル。
ほわほわ、という効果音が聞こえそうなその呑気さに思わず毒気を抜かれるトルス。
「ははは、そうだな」
『聖剣の守護者』であるリエルと出会ったのはトルスが魔王討伐の旅を始めてから、約3ヶ月目の頃の事だった。
たった一人で魔王討伐の旅という無茶をこなしてきたトルスにとって、それはまさに天からの助け……ではあったが、同時に拍子抜けするような出会いでもあった。
何せ、彼女は聖剣を使えないのである。
トルスは食事を続けながら、ゆっくりとリエルに出会った時の事を思い出す。
◇
―――1週間前。
トルスはいつものようにたった独りで、魔物共の退治に明け暮れていた。
倒す、倒す、倒す。
強くなるために。
それだけが魔王を討伐するための唯一の手段と信じて。
魔物を斬っては捨て、傷付いた身体を庇いもせず、ただ独り、修羅のごとく。
ある時トルスはこの辺りではひときわ強いと言われている魔物……下級魔族を討伐するために『その地』に向かっていた。
「……これが、滅ぼされた村……か」
あちこちの家屋は崩れ、屍が転がり、痛ましい姿を晒す村。
「俺が……弔ってやる」
現れた下級魔族を前に強く決意し、睨みつける。
この村を滅ぼした下級魔族を相手に、トルスは剣を振るい、数少ない魔力で火炎魔法を使い、戦った。
徐々に敵を追い詰め、あと一息で倒せる!
―――そう確信した瞬間だった。
下級魔族は、追い詰められて奥の手を使った。
「ギィィーッ!!」
「……っ!!」
下級魔族の鋭い爪に首を掴まれたそれは、まだ生きている村人だった。
半死半生で、今にも息絶えそうになりながらも、微かな息がある。
「……て……すけて……」
正義感の強いトルスにそれを見捨てる事は、咄嗟には出来なかった。
その一瞬のスキを突いて、下級魔族は闇の魔法を放つ。
―――直撃。
トルスは『光の加護』を受けた勇者だった。
故に『闇の魔法』に対する耐性が他の魔法よりもやや低く、下級魔族のそれとはいえ、手負いの上に無防備な状態で受けては、致命傷。
魔王討伐どころかこんな雑魚すら倒せず、もはやこれまでか……と無念と失意のうちに死を覚悟したトルスであったが、そこに突然
―――戦場にはあまりに似つかわしくない、間延びしたな声が響き渡った。
「ちょっと待ったぁ~~~!そこの下級魔族さん!その人を離しなさい!卑劣な真似は、許しませんよ~~~!!」
……それが、リエルとの出会いだった。
リエルは下級魔族相手に白銀に輝く杖を振り、光の魔法を用いて撃退した。
勿論、人質にされていた村人も無事であった。
更にリエルは攻撃だけでなく回復・治癒魔法も得意としており、死に瀕していたトルスと村人の傷を、わずか数分のうちに完治させてしまった。
「……はふぅ、これでよし!」
その姿は、まるで慈母のようであった。
「……ありがとう、リエル。本当に助かったよ。君は命の恩人だ」
「いえいえ~~~そんなぁ。たまたま居合わせただけですよ」
てれてれ、とリエルは謙遜し、全く恩着せがましいところがなかった。
―――こういうのを、聖女、って言うんだろうか。
トルスはぼんやりと思った。
彼女のまとっているローブの神聖な雰囲気や回復・治癒魔法の熟達ぶりからしても、神官……もしくは攻撃魔法に通じていることから賢者の可能性もあるなと思った。
その後リエルは、トルスと村人のために念のため街まで同行してくれた。
酒場でトルスとリエルは休息を取りながら、お互いの身の上を話し合った。
トルスは魔王討伐に志願した『光の加護』を受けた多くの勇者のうちのひとりであり、たった独りで魔王討伐に挑んでいること。
リエルは『聖剣の守護者』であり、同じく独りで旅をしながら、自らの持つ『聖剣』を託す事ができる『真の勇者』を探しているということ。
そして、その『聖剣』は他ならぬリエルの祖国―――かつて魔王に滅ぼされた亡国、聖都アストリアに遺された国宝だという事。
ひとしきりお互いの身の上話も進み一段落したところで、リエルは切り出した。
「……そうだ!この聖剣、トルスさんが使ってくれませんか?」
と、リエルは背中にしょっていたデカい剣を、鞘ごとトルスに渡す。
「えっ、良いのかい?だって、これは『真の勇者』に渡すんだろう?」
「ええ!きっとトルスさんがその『真の勇者』だと私、思うんです!是非!」
そう言うと、リエルは聖剣を抜くようにトルスに促した。
トルスはまさか、自分が『真の勇者』だなんて、と半信半疑になりながらも、そろそろと剣の柄に指をかけると……
―――するり、とあっけなく剣は鞘から抜け、まるで手に吸い付くかのような自然な形で、聖剣はトルスの手に収まった。
「……凄い。まるで、この剣に出会うためにこの腕も指も存在していたみたいだ」
トルスは驚く。
「やっぱり!トルスさんが、この聖剣の認めた『真の勇者』だったんですよ!私の目に、狂いはなかった!えっへん!」
リエルは胸を張る。
その際、彼女のまとう薄いローブ越しにも分かる豊かな果実は、本人の顔に負けず劣らず、天に向かってその存在を主張するのだった。
トルスはその光景に思わず目を伏せ、少し赤くなる。
そして気を取り直してから真面目な顔つきになり、感極まって呟いた。
「あ、ああ。どうやらそうみたいだ。
……リエル、俺は君に出会えたお陰で、魔王討伐を成し遂げられそうだ……」
と。
そんな感動的なシーンでリエルは、トルスが呆れ返る事を言い出すのだった。
「いや~~~、これで私もその剣を持ち歩かなくて済みますよ~~~!ほんと、重いし使えないし、邪魔だったんですよね~」
「……は?」
『聖剣の守護者』にあるまじき聖剣に対する暴言はまあ、さておくとして。
「……使えない?いやいや、でも、君は『守護者』なんだろう?
いくら『真の勇者にしか使えない』って言っても、『守護者』が使えない、なんてこと」
「いやそれが!抜こうとしても全然抜けないんですよ。トルスさん、一度鞘に納めてみてくださいよ」
「あ、ああ」
言われるがままに剣を鞘に収めるトルス。
リエルはその剣をひょい、と受け取り、力いっぱい柄を握りしめ……
「ふんぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……」
と、顔を真っ赤にしながら引っ張る。
―――抜けない。
「ええ……」
トルスは脱力する。今まで神々しく見えていたリエルが、何だか急に残念な子に見える。
『守護者』ってそういうもんなのか?あくまで『守護』する立場だから、使用権はないという事なのだろうか?
あれだけ立派な剣を、自らの身を守るために使用することも出来ないとは……。
「はーっ、はーっ、はーっ。ほら、ね?」
リエルは息を整えつつ、はにかんだ。
「ね?って……そんな無用の長物、よく持ち歩いていたね……」
「ほんと、肩凝っちゃうし、大変でしたよ~」
肩で息をつくリエルのゆさゆさ揺れる一部分が視界に入り、肩が凝るのは聖剣の重さだけじゃないだろう……とトルスは思うが、口には出さない。
「という事で見ての通りです。私、聖剣は使えません!」
『守護者』のくせに堂々と言うリエルに、トルスは思わず噴き出してしまった。
「ぷっ……ははは」
「??どうしたんですか、トルスさん?」
突然笑い出したトルスに、リエルは不思議そうな顔をする。
「あ、いや。さっきまで俺、死にかけてたのにさ。リエルと会って、こんなアホな話してて、なんか、気が抜けちゃってさ」
「は、はぁ……」
戸惑うリエル。
「俺、リエルに会うまで、ずうっと独りだったからさ。戦うのも独り、それ以外の全部が独りだった。
―――まぁ、珍しくもない話だけど、俺、魔物に故郷を滅ぼされて、両親を殺されててさ。だから、勇者に志願したんだよ」
「それは……お気の毒に……」
リエルは申し訳無さそうに目を伏せる。
「いや、それはもう良いんだ。でもさ、リエルと話してると、なんか今までの独りぼっちの戦いが、なんか急に虚しくなったっていうか、その……あのさ」
トルスは歯切れ悪く、言い淀む。
そこでリエルはすかさず、宣言した。
「いや!皆まで言いなさるな!このリエル、分かりましたよ!トルスさんが何を言いたいか!」
「え、じゃあ、俺と―――」
一緒に旅をしてくれないか、とトルスが言おうとした時だった。
「私に、家族になって欲しいと!そう仰るのですね!」
「……仰ってないよ!?」
トルスは戸惑う。
いや、確かにリエルに対する好意めいたものはあるが、それは流石に一足飛びすぎる。
か、家族って。
慌ててトルスが否定しようとても、リエルは止まらない。
「いえいえ、分かりますとも!両親を亡くされたその深い悲しみ!
―――私も、そうでしたから……」
「……あ」
そうだ。
さっき、リエルは言っていた。
祖国である聖都アストリアが滅ぼされる時、自分は国宝である聖剣を持ち出すのがやっとだった……
何故そんな国宝を持ち出せたか、という話の流れで、リエルは言った。
自分はその国の姫で、両親共々、城の人々は自分以外、皆殺しにされたのだと。
聖剣は、両親の形見のようなものだ、と。
トルスは、先程のリエルと同じような表情になる。
……が、リエルが続けた言葉で、トルスはまたも呆れることになる。
「……ですから、トルスさんは私をお姉ちゃんと思ってくれて良いんですよ!」
「……いや、なんで姉!!?」
家族になって欲しい、という意味をトルスとリエルは根本的に履き違えていた。
てっきり、それって……ぷ、プロポーズなのかと思ってしまったではないか。
「あれ?違いましたか?妹のほうが良かった?」
「違うよ!そういう問題じゃないよ!そもそも、俺はリエルに家族になって欲しいんじゃないって!」
キョトンとするリエルに、トルスは真剣な顔で言い募る。
「俺は―――君に、仲間になって欲しいんだ」
その言葉を聞いて、リエルは目を大きく見開いて、やがて、にっこりと笑った。
「……そういう事でしたら、是非。
私も『真の勇者』が一緒に旅をしてくれれば、心強いですから」
それが、トルスとリエルが一緒に旅を始める切っ掛けとなった、始まりの言葉だった。
◇
―――ほんの1週間前の事だが、なんだかもう何年も前の事のように思えるほど、リエルと会ってからの出来事は多彩だった。
まず分かった事。
リエルは戦闘では本当に頼りになる仲間なんだが、根本的に、ポンコツである。
さっきも自分を助けてくれた時の下級魔族よりは弱いであろう魔物にあんなに取り乱して逃げ回るし、普段は結構ぽけーっとしてるし、どんくさいし、おまけにやたら運が悪い。
仲間になって欲しいと言った時のエピソードについてもそうだが、どうも天然ボケのきらいがある。
見てて飽きないが、時折心配にもなる。
……それこそ、何だか妹に対する感情っぽいかな?と、トルスは苦笑するのだった。
まちがいだらけのプリンセス、第1話です。
聖女!勇者!魔王!聖剣!冒険!ゆるふわ!ポンコツ!おっぱい!
そんでもって、ラブコメ!!!
まあそんな感じで、初手は好きな要素を好きなだけ詰めてみました、みたいな内容っす。
肩肘張らず、ゆるーく読んで下さい。楽しんで頂けると幸いです!
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