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7話 魔女

 青白い炎の塊がサガとセレアのもとへと飛来する。


 二人はそれぞれ左右に避けて炎を避ける。

 地面に着弾した炎は四散し、周囲を火の海へと変えた。


 サガはその光景を見ながら、セレアがよくあの攻撃を避けたものだと感心していた。

 どうやら本気で戦うつもりのようだ。 


「結構なことじゃないか」


 サガは短く呟くと走るのを止めることなくネジュラを翡翠の瞳に凝視する。


 ネジュラは左右の手の平を自分の顔の前に掲げると何かぶつぶつと呟き始める。

 それが終わると再び手の中に青白い炎の塊が出来上がった。


 あれがネジュラの魔法らしい。

 手の近くで詠唱し、同時に手から放つ魔力で炎を作り加工する。


 それによって手の中の炎を維持しているのだろう。

 そして投げつける。


 飛来する二つの炎を速度を緩めることなくサガは回避していく。

 ネジュラにとってセレアは攻撃外なのか狙うのはあくまでサガだけだ。


「どうですか? 私の炎の味は!」


 再び投擲される二筋の炎をサガは避けようとしない。

 だが変わりに地面に手を突いて言葉を紡ぐ。


『偉大なる大地の巨人、その手の平は何ものよりも厚く』


 地面から長方形の壁が出現したのと同時に炎が着弾。

 隆起した土の壁によってがサガはダメージを受けない。


 だが、安堵の吐息を突くのもつかぬ間に壁から二本の青白い腕が生えた。

 それと一緒にネジュラが壁を粉砕してサガに掴みかかってくる。


 サガはそのまま力任せに地面に押し倒された。


「ぐっ!」


 サガの口から苦悶の声が漏れる。


「はっはははは! やっと捕まえましたよサガ! おとなしく喰われなさい!」


 ネジュラの真紅の唇が上下に押し上げられ、醜悪な口内をあらわにしてサガに齧り付こうとする。

 だが、その瞬間の油断を見逃さなかった少女がいた。


『氷よ、飛んで!』


 幼い気合の声が聞こえた。


 ざくっ、という何かが刺さるような音。

 すると、ネジュラの腕に氷の槍が深々と刺さっていた。 


「ぐっがぁぁぁ!!」


 憤怒に燃える瞳でネジュラが見つめた先にいたのは幼き魔女、セレアが立っていた。


「こ、小娘が!! よくもやってくれたな! 待っていろサガを殺した後には貴様も……お前、一体何を言っている?」


 今度は訝しげな視線を向けたのは自分が組み敷くサガの方である。

 サガは聞き取りづらい口調で何かぶつぶつと呟いていた。

 

『……わが血を制約にわれは命ずる、汝の鎖はわれの鎖、われの鎖は汝の鎖、われと汝が誓いを求めしとき、それすなわち血の盟約が交わされる刻』


 ネジュラの周囲で劇的な変化が起こった。

 それまでサガを羽交い絞めにしていた手を痙攣しながら解き、直立不動になって動かなくなる。


 ただ動かないのではない。

 肌を焦がすような感覚が全身に染み渡り、まるで見えない何者かに縛られたような感じである。


「き、貴様なにをした?!」


 いつの間にか立ち上がって外套についた砂埃を払っているサガを睨みながらネジュラが叫ぶ。

 それにサガは何の感情のこもらない目で見つめながら言った。


「貴様の周りをよく見てみろ」


 言われてネジュラは辺りを見回してみる。

 だが、彼女の周囲には自分とサガ以外何も存在しないはずだ。


 いや、ある。

 サガ自らが流した赤い血痕がネジュラを中心に六亡星の頂点になるような位置にある。


「ミノタウロスとの戦いの時に私の血で簡易結界を作らせてもらった。これでお前の動きは封じたぞ、ネジュラ」

「お、おのれ!」


 サガの酷薄な笑みにネジュラの憤怒の視線が交錯するその時だった。


「ネイさん!」


 セレアの声がした方へ振り向くとちょうどミノタウロスによってネイが吹き飛ばされるのが見えた。

 ネイの身体はそのまま森の中まで飛び、派手な音を立てて見えなくなる。


「くっはははは! 勝負ありましたね! いくら私が動けないからといっても元はひ弱な魔女ではミノタウロスと騎士を相手にするのは無理ですよ」


 ネジュラの勝ち誇った笑い声が周囲の森に木霊した。


「ごちゃごちゃうるせえぞ」


 森の中から声がした。

 今さっき息絶えたと思われた人間の声だった。


「ったく、いきなりだもんな。本気で死ぬかと思ったぜ」


 その言葉が終わると同時に森の中からネイが現れた。だが、その光景はそこにいるほとんどの者が息を呑むものであった。


 傍観を決め込んでいるはずの村人すら戦慄を覚える光景。

 皆の驚きの表情を見てとったネイは不信げな顔で自分の体にどこか変なことがあるのかと思って体を眺め回す。


 理由はすぐにわかった。


「ああ、なるほど」


 自分の首が一八〇度捩れていた。

 つまり首が前を向いているのに身体が後ろを向いて、後ろ向きに歩いているのだ。


 普通なら歩くどころか死んでいる重傷である。


「よっ」


 小さな掛け声と共にネイはゴキッ、と首を力任せに回して定位置に直すと首を左右に振って接地具合を確かめる。

 首がゴキゴキと鳴る嫌な音が周囲に響きわたる。


 周りの者たちはそれを畏怖と嫌悪を持って見守った。


「貴様は……貴様は<死従者メノス>か?! 不死の禁忌を犯したか?!」


 魔女は魔法や異能の能力を持つが肉体自体は大して強靭ではなく、むしろ魔法などに頼る者が多いため身体的能力は常人よりも劣ることが多い。


 そのため、稀に魔女には使い魔と呼ばれる魔女を守る付き人が付くことがある。

 その中でも<死従者>は特に異質だ。


 半永久的な不死身の肉体と常人の限界を超えた力を発揮する生きた死者。

 だが、強力するが故に死従者をつくり出すことは、闇の世界では禁忌とされ、死従者をつくった者は例外なく迫害される。


 それゆえ<死従者>は伝説に近い幻の存在だとされていた。


「さて、第二戦目と行きますか」


 ネイは握り締めたままの剣を軽く肩に担いで言った。 


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