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4話 少女の真実

 昼の時とは違い夜の森はまったく別の顔を見せる。


 空には一面に星ぼしが連なり、その中心には死神の持つ大鎌を連想させる三日月が淡い月光を俺たちの頭上に降らせていた。


 どこからか梟がホーホーと鳴く奇妙な独奏曲も聴こえてくる。


 しかし、夜の森は月明かりで意外と明るく、俺の隣を歩くセレアの持つランタンが無くても輪郭がはっきり見えるほど見通しはいい。


 セレアが言うには薬草が置いてある小屋はこの森の先に在るらしく、俺たちはそこを目指してかれこれ十分ほど歩き続けていた。


 何でそんな遠くに小屋があるのかと聞こうと思ったが面倒くさいのでやめた。


 俺もセレアも一言も喋ろうとはせず、ただ黙々と歩き続ける。

 夜の森は神秘的なまでに静かであった。


  風が吹いた。冷たくて軽いアルプスの風だ。


「あの……ネイさん」


 森の静寂に浸っているとセレアが俺に声を掛けてきた。


「ん、何?」


  前方から吹く風に軽く身震いしながら俺はセレアの横顔を見る。


 セレアも俺の顔を見上げながら何とも言いづらそうな顔をしている。

 聞いていいものか悪いものか、そんな顔だ。


「えっと……ですね。サガさんって<魔女>何ですか?」

「ああ、そのことね」


 俺は頭を少し掻きながら思案顔を作ってみせる。


 最近、小規模であるが各地で吸血鬼や人狼といった異形の化け物たちが目撃されている。


 その中でも魔女は特に異質だ。

 吸血鬼や人狼はいわゆる〈暗黒種〉だが、〈魔女〉は普通の人間の中から突発的に生まれてくる。

 たとえ一緒に暮らしている兄弟や子どもが魔女であったとしてもほとんどの場合気づかないのだ。


 そのため魔女は人々から忌み嫌われる存在であった。


 サガが魔法を使うのをセレアも見ていてたはずだ。

 普通恐れられても仕方の無いことである。


「やっぱあいつのこと怖かった?」

「い、いえ。そんな事ありませんよ。ただ」

「ただ?」

「その……ネイさんも魔女のこと怖いのかなって」


 へ? 俺が魔女を怖い? 


 確かに子供の頃はそれなりに<魔女>という存在が怖かった。

 それは騎士になっても同じだった。


 だが、俺はあの金髪の魔女と出会って変わった。


 あいつに命を捧げてから、俺は魔女を世間一般の目で見ることを辞めたのだ。


 今の俺は全てあの金髪の魔女によって始まった。


「セレア、俺は昔は魔女が怖かったさ。でも、いろいろあって、あいつらのことを知って、魔女って言っても万能じゃねえんだっていのがわかった」


 俺はそこで言葉を切って小さな女の子との双眸を見つめる。

 きれいな瞳だった。その瞳に語りかけるように言葉を紡ぐ。


「人よりちょっといろんなことを知ってたり、魔法が使えたりするだけだ。普通に生活して、普通にしゃべって、普通に笑う。俺と何も変わらねえんだよな」


  俺は夜空に向かって一つ息をつく。

 セレアは不思議そうな顔で、そんな俺の横顔を見つめていた。


 なんだか気恥ずかしいいので、話題を変えることにしよう。


「でもなセレア! 魔女は魔女でもサガって最悪だ。いつも無表情、無口、無感情で三拍子揃った最低女だ。しかも何でもかんでも俺任せで、この前なんか俺がせっかく飯を――って、どうした?」


 俺がせっかく『サガの悪口100選』を披露してやろうと思ったのに、セレアは俯いて肩を小刻みに震わせている。

 どうやら泣いてるようだ。


 やばい。もしかして俺が泣かしたのか。


 俺はどう対処すればいいものか左右を見回して、この状況を打開するための方法を探す。

 が、そんなもの都合よく落ちているはずも無く、ますますパニックになる。


「ご、ごめん。俺なんか悪いこと言ったか」


 俺って情けねえ。

 もしここにサガがいたならジト目で睨みつけられているところだ。考えただけでちょっと怖い。


「いえ、違うんです」


 それまで俯いていたセレアが顔を上げる。

 その大きな瞳にはやはり薄っすらと涙の後があった。


 セレアは俺を真っ直ぐに見つめてくる。

 俺もただ静かにセレアの眼を見つめ返した。


 セレアの瞳の中では夜空の星たちが輝きをそのままに小さく瞬いている。


「ネイさん、ありがとうございます」

「え、あ……うん」


 微笑みのまま頭を深く下げるセレアを俺は呆然と見つめながら、不覚にも今日二回目の阿呆のような返事をしていた。


 頭を上げたセレアはもう一度、その顔に微笑の花を咲かせる。

 とりあえず喜んでいることだしこれでいいよな、うん。


「それじゃ行くか」

「はい」


 セレアの元気な声とともに俺たちは停めていた足を再び前に運ぶ。


 そういえば今まで感じなかったが、いつのまにか吹いていた風が収まっている。

 俺たちは夜の森を歩いた。


 やがて目的の小屋に到着した。


 セレアとともにやって来た小屋は簡単に言うならボロかった。


 これでもかと言わんばかりに木造の小屋は朽ちかけひび割れている。

 扉を開けて小屋に入るとセレアはあらかじめ用意されていたランプにランタンの火を移す。


 ランプの仄かな明かりが小屋の中全体を浮かび上がらせた。

 中は意外と広い。大人が二、三人は入れるスペースがある。


 そして、小屋の中には数々の植木鉢が並べられていた。


 俺は手近なところにある植木鉢を眺め回しているとあることに気が付いた。


 植木鉢の上に生えた人間の手のような形の葉っぱや血のように真っ赤に染まった花が人間の手には育てられないということだ。


「マンドレイクにべラドンナ、これもしかして魔女草なのか?」


 魔女によって栽培され、魔女によってしか調合することの出来ない植物を人は魔女草と呼ぶ。


「てことはセレアってもしかして<魔女>………か?」


 俺は半ば呆然とセレアのいる方を向いた。

 そこには亜麻色の髪の少女が毅然と立っている。


「私は魔女です」


 その後セレアは自分のことを話してくれた。


 物心ついた頃から自分が魔法を使え、普通の人が知らない植物の栽培方法を知っていたこと。


 そのことで人々から忌み嫌われ、本当の親からも見捨てられたこと。

 山の中を当てもなく歩いていた時にクラビスと出会い、自分が魔女であると言っても自分の家族になってくれたクラビスとクラビスの両親のこと。


 セレアは何一つ隠すことなく俺に打ち明けてくれた。


 俺は何も言えなかった。いや、何も言わなかった。


 これがこの世界の常識だ。

 たとえ魔女でなくとも家族の誰かが黒死病にかかれば他の者は一切迷わず自分たちの住む場所から追い出す。


 俺はセレアを慰めもしなかったし同情もしない。

 ただこの小さな少女の頭を優しく撫でてやった。


 そんな俺を見ながらセレアも微笑んでいる。


「でもネイさん。私、時々思うんです。私にはお姉ちゃんやお父さんやお母さんがいるのに、それがいつか消えちゃうんじゃないかって。この幸せなときがいつか終わっちゃうんじゃないかって。すごく不安になる時があるんです………」


 セレアはそう言うと表情を曇らせてしまった。


 それも仕方のないことだろうか。


 今まで願ってきた居場所を手に入れ、幸福を手に入れ、何もかもが満たされた中で、人は手に入れたものを失わないように必死になる。


 その感情は裏を返せば、失うことに対する恐怖。

 セレアもいつか大切な家族を失うことに怯えているのだろう。


 だが、だがそれでも―――――


「守ればいい」

「え?」

「必死になって守って、自分の全てを捨ててでも守もればいいんじゃないのか。それだけお前が大切な人たちなら。それでもどうしても無理な時は俺が助けてやる。だから、心配するな」


 そうだ守ればいいのだ。自分の大切なものなら何を犠牲にしてでも。

 たとえ自分を傷つけることになっても。


 俺はそこまで考えてはっ、となった。


 そういえば俺はあの時もそんなことを考えていたのか?


「ネイさん……」


 セレアの声が聞こえて意識が現実に引き戻された。


「本当にありがとうございます。私、あなたに会えてよかった…」


 目線を少し伏せ目がちにながら、魔女草の入った麻袋を持ったセレアがポツリと呟いた。


 静かなセレアの顔には今までなかった自信が窺える。

 何か吹っ切れた感じだ。


 どうやら俺の言葉が彼女のためになったらしく、俺も少し頬を緩めた。


「さて帰りましょう。早くお父さんにお薬を作ってあげないといけませんし」

「そうだな」


 俺も軽い相槌を打って、セレアに続いて小屋を後にしようとする。


 その時、敏感な俺の神経が扉の外に何者かの気配を察知した。


「待て、セレア!」


 だが俺の静止も一拍遅く、セレアは扉を開けてしまう。

 扉の隙間から、銀色の剣先が延びてくる。


 セレアにではない、俺にだ。


 俺は紙一重でその突きを交わすと後方へと下がる。

 誤って植木鉢を数個蹴飛ばしてしまうが、構わず鞘ごと剣を肩から引き抜くと戦闘体勢をとった。


 首筋から薄っすらと血が伝う。


「よう! また会ったな、ネ~イ」


 白甲冑に髭面の男、バッガスは街でたまたま出会った友人に挨拶するような口調で話しかけてくる。


「俺はもう会いたく無かったよ。お前の髭面はこの寒い時期でも暑苦しいんでな」


 俺の皮肉にもバッガスは口元を下品に吊り上げ、喉で下衆な笑い声を漏らす。

 いちいち癇に障る男だ。


「まあ、そう言うな。用があるのはこっちの娘のほうだ」


 バッガスは小脇に抱えたセレアを顎で示しながらまた笑う。


 セレアの方はというと恐怖ですくみ上がり、ただ呆然と俺を見ている。

 状況が急すぎて、よく飲み込めていないようだ。 


「ネ、ネイさん……!」

「心配するな、すぐ助ける」

「そいつは無理なお話だ」


 俺の言葉にバッガスが嫌みったらしく口をはさんできた。


「このガキは今から生贄になる。お前に会うことも、もうない」

「どうゆう事だ」

「そこまで教える義理はないな……そろそろパーティが始まる頃合いだ、俺はここらでおさらばさせてもらうぜ。心配すんなって、お前のための相手は用意してある」


 それだけ言うとバッガスは踵を返して、セレアを抱えているにもかかわらず軽やかな足捌きで小屋を後にして行く。


「待て!」


 小屋を出てバッガスの後を追おうとしたが、小屋を出てすぐ足を止める。


 その理由は俺と小屋を囲むようにして、陣取る白の一団。頭の上から足先まで露出のほとんどない白甲冑を纏い、手に教皇庁謹製の武器である<聖剣>を携えた者たちがいた。


 その数ざっと二十人、昼間の数の倍以上である。


「俺の相手ってこいつらかよ……」


 最近サガに扱き使われている上にこんな奴らまで相手にしなければならないとは、自分の人生に泣けてくる。

 が、そんな事をネチネチ考えている余裕もない。


 俺は片手に握った大剣をゆらりと白甲冑どもに向けると静かな口調で言ってやった。


「とっとと始めるぞ。死にたい奴から前に出ろ」


 そして夜の戦いが幕を開けた。 




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