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3話 休息

 星が輝き始め辺りはすでに夜の景色に顔を変えていた


「あと少しで着きますよ」


 俺とサガの前を小走りに走りながらセレアは振り返って笑ってみせる。


 俺たちが歩いているのは、さきほどまでのやたら進みづらい道ではなく、砂利で舗装された歩きやすい道だった。


 セレア曰く今まで俺とサガが歩いてた道は旧街道らしく、あのまま歩き続けても一生村には辿り着けなかったそうだ。


 それを考えるとセレアと出会ったのは運がよかったのかもしれない。


 だが、現在進行形で俺たちが目指している村が本当にあのバッガスどもが言うように<悪魔の村>だったらどうしよう、という不安も少しある。


 そんな俺の不安を読み取ったのか隣を歩くサガが、俺の顔を覗き込んできた。


「案ずるな。あの子が嘘をついているとは思わん。それに今のところ、たいした邪気も感じない」

「だといいんだが」


 やがて嘆息して答えた俺の視界が一気に開ける。


 今まで夜の森から打って変わって、そこには村の風景が広がっていた。


 中心にある広場と木造の白い教会を囲むように、煙突の突き出たレンガ造りの家が二十件ほど林立している。


 レンガ造りの家の脇には、冬を越すための食料である豚や鶏が飼われていた。


 村のいたるところに、松明が置かれ夜の村を彩っている。さらに、広場には特大のテーブルが置かれて、そこには色とりどりの料理が盛りつけられていた。


 料理の内容はこんがり焼かれたパンから始まり、オニオンスープ、いんげん豆のオリーブ炒め、ナスとトマトの煮込み、鶏の手羽先、アスパラガスと豚肉の巻上げ、そしてぶどう酒などなど、見ているだけで腹が減ってくる。


 本来ならこの時間は普通どの村人も自分の家に引き上げている時間なのだろうが、料理を囲むようにしている。どうやら何かの祭りだろうか。


 どうやっても悪魔の村などには見えなかった。


 俺はセレアの頭に手を乗せて「無事、到着だな」と言ってやるが、なぜか反応が返ってこなかった。というより、セレアは村の光景を見て呆然としている。


 どうゆうことだ。


「セレア?!」


 突然、村の方から驚きの声があがった。


 声の主は広場の喧騒を掻き分けて小走りにこちらへ走ってくる。松明に輝く黒髪が印象的な女性だ。


「お姉ちゃん!」


 セレアの方もその女性に気づいて小走りに近づく。

 そして二人はひしとお互いを抱きしめ合う。


 女性はセレアを強くその胸に抱いて、セレアは女性の胸に頬をすり寄せた。


 ま、何はともあれよかったよな、これで。


「もう、どこいってたのよ心配したんだから」

「うん、ごめんなさい」


 女性はセレアを窘めると顔を上げて立ち上がった。


「妹がお世話になったみたいで、ありがとうございます」

「あ、いえ……」


 俺は阿呆のように返事をしてしまった。

 それには訳がある。このセレアのお姉さんかなり美人なのだ。


 麻でできた農民の服などではなく絹のドレスなど着ていたら、普通に貴族として通るくらいに整った顔立ちである。


 だが、美しさの中にどこか妖艶さがあった様な気がして、なぜか話し辛い。


 ちなみにサガの奴はじっとセレア姉の顔を見ているだけで、一言も喋ろうとはしなかった。


 この人見知りめ。

 また、俺に会話は任せるらしい。


「私の名前はクラビスと言います。あの、よかったらお礼といってはなんですが、私たちのお祭りに参加してはくれませんか。お料理も一通り揃ってますし」


 そう言ってくるクラビスさんのご厚意はありがたい。


「そうでか。えっと…それじゃちょうどお腹も減ってることだし、お邪魔させてもらっていいですか?」

「ええ、よろこんで」


 極上の微笑みを見せるクラビスさん。美人だ。


「それでは行きましょうか」


 セレアと手をつないで歩いていくクラビスの後を俺とサガはゆっくりと付いていく。

 セレアは嬉しそうにクラビスと会話しながら歩く。


「どうやら今日は野宿せずにすみそうだな」


 俺は傍らのサガにさりげなく話しかける。


 美人とは知り合うし、うまい飯は食えそうだし、野宿はしなくてよさそうなのでかなり上機嫌になってくる。


「そうだな……」


 俺の気持ちとは裏腹にサガは憮然とした表情で前を行く姉妹を見ていた。


 何をこいつはこんなにカリカリしているのだろうか。

 そんな事を考えていると姉妹の話す声が聞こえてきた。


「そういえば何で今日はお祭りをしてるの?」

「なに言ってるの、今日は村にとっても、あなたにとっても大切な日でしょ」


 ◆


「ぷはっ、食った食った」


 俺は外套と剣をその辺に投げ捨てるとベッドに身を投げ出した。


 あの後、俺たちは山のような料理の数々を制覇しながらセレアやクラビスと一時を過ごした(サガは黙々と食っているだけだが)。


 クラビスはなかなかの喋り上手のようで、俺との会話に花を咲かせてくれた。


 だが一つ気になることもあった。

 セレアとクラビス以外の村人は俺やサガに一言も語り掛けてこないのだ。


 それは俺のほうから村の人たちに語り掛けても同じだった。

 クラビスが言うには村の者は外から来た者にあまりいい印象を持たないそうだ。


 まあ、閉鎖的な村というのは旅をしてきた中で、何度も見てきたので気にしないようことにする。



「ご満悦のようだな」


 ぼーっと天井を眺めていると横から声が掛かった。

 そこには俺と同じく外套を脱いで、椅子に腰掛けたサガが座っている。


 先ほどセレアが運んでくれたハーブティを優雅に口に運んでいる。


 俺たちがいるのはセレアたち家族の家である。

 そこのちょうど空いていた一部屋を使わせてもらっている。


「だいぶあの黒髪の女に入れ込んでいるようだな」


 サガが他人のことを話してくるなんて珍しいな、と思いながらも俺は返事を返す。


「う~ん、まあ美人だしな」

「あの女がか?」


 サガの「あの女」発言に俺はちょっとむすっとしたが少し面白いことを考えてみる。


 こいつもしかして。


「お前、もしかして嫉妬してるのか?」

「私がか? そんなまさか」


 サガは大仰に驚いた振りをする。

 どうやら別に嫉妬はしていないようだ。つまらん。


 俺は一つ欠伸をすると別の質問をすることにした。


「ところでさ、この辺で起きてる異変って何だと思う?」


 俺の問いにハーブティを飲む手を止めて思案するサガ。


「さあな。領主の話だと村人が行方不明になったり、その行方不明になった者を探しに、森に入った騎士たちが惨殺されていたりしたらしいからな。もしかしたら奴らかもな」

「<暗黒種>か……」


 <暗黒種>――――闇より生まれ、闇の中に暮らし、闇の中で狩りをするものども。

 人知を超える力を持ち、人間には当の昔に滅びた魔術を駆使し襲い来る闇の住人。


 その存在を多くの権力者によって秘匿されている。

 理由は、民衆間の混乱を避けるため。


 ただでさえ黒死病や各地の領土争いなどで欧州が混乱している中だ。

<暗黒種>の存在を公式に認めてしまえば、どのような事態が起こるか未知数だ。


 そして、<暗黒種>に対抗できるのは同じような力を持つ<魔女>や〈聖剣〉などの人外のものどもにも有効な武器を持った聖剣騎士団のような者たちであった。


 ということは、案外バッガスたちも<暗黒種>を狩りに来たのかもしれないな。

 そんな事を考えていると扉をノックする音が聞こえてきた。


「どうぞ」


 俺は身を起こすと返事をする。

 軋むような音ともに扉が開くと部屋に入ってきたのは、やけに厚着を着たセレアだった。


「どうした?」


 俺が優しく問い掛けるとセレアはもごもごして少しうつむき、伏せ目がちに俺の顔色を窺ってくる。


 心なしか耳に赤みを帯びている。


「あの……」

「ん?」


 先を促す俺。


「えっと、その、お父さんが酔っ払い過ぎちゃってお姉ちゃんが気付けの薬草とって来て欲しいって、それで……」


 また伏せ目がちになるセレア。

 なるほど、俺と一緒に薬草取りに行って欲しいわけだ。


「ああ、いいよ。それじゃ一緒に取りに行こうか」

「あ……はい」


 セレアは満面の笑顔を見せてくれる。


 少し眠いけど、セレアがこんな一生懸命頼みに来てるんだから仕方ないよな。

  俺は彼女の表情に満足し苦笑しながら、その頭を軽く撫でてやった。


 セレアは「それじゃ、先に外で待ってますね」と言って元気に走っていく。


 俺はそれを見送ってから肩に外套を羽織り、扉のノブに手を掛けようとする。


「ネイ」


 俺の名を呼ぶ声とともに飛来する物体を片手で受け止めた。

 サガが投げてよこしたのは愛用の大剣だ。


 どうゆう膂力で投げたのか手には少し痺れが残った。


「気を付けろ。今日は嫌な風が吹く」


 窓の外の夜空を見上げながら魔女は忠告を放つ。

 無表情なその相貌は神秘的な美しさを持ち、俺に返事以外の返答を飲み込ませる。


「……ああ」


 俺は短く答えて、後ろ手に扉を閉めると静かに歩き出した。


「黙ってれば、いい女なんだがな」


 俺の呟きは夜の風にあっさりさらわれた。


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