2話 遭遇戦
「我々は、教皇庁直轄聖剣騎士団が第八分隊! 義を持ってこの地に巣くう悪魔を退治しに来た! 旅の者よ、おとなしく悪魔の村の娘を渡してもらいたい!」
白甲冑の一団から進み出た男は、そう高らかに宣言した。
悪魔の村の娘?
なんだそりゃ?
今日は悪運続きのせいか、だんだん腹が立ってきたような気がする。
俺はさらに震えを増すセレアを背後に庇うと、やつらに言い返そうとするが、
「断る、と言ったら?」
俺が何か言う前に喋ったのは以外にも普段無口な金髪の魔女だった。
しかも、どこか挑戦的な口調だ。
「その場合は実力を行使させてもらう」
俺の怒りは我慢の限界まで達しようとしていた。
大人が寄ってたかって十歳にも満たない少女を追い詰めるなど、見苦しいことこの上ない。
それはサガも同じなのか、その表情からは窺い知ることは出来ないが身も凍るような冷たい視線をやつらに向けている。
俺はまだ震えの収まらないセレアの頭を優しく撫でると、その耳元に囁くように言ってやる。
「大丈夫だ」
何が大丈夫なのかセレアにはわからないかもしれないが、不思議そうに俺の顔を覗きこんでくる。
俺はもう一度頭を撫でてやると不器用に笑みを返した。
そして相棒の魔女へと向き直る。
「セレアを頼むぞ」
「…出来るだけ早く終わらせろ、野宿はしたくない」
サガも野宿はしたくなかったのを知ることが出来て少し安堵した俺はセレアをサガに預ける。
セレアはサガの服の袖を掴むと、心配そうな目で俺を見てくる。
その顔に俺はまた笑みを向けてから、今度は真剣な顔で白い一団を睨む。
俺は肩に担いだ大剣を鞘ごと肩からはずす。
やつらは俺の行動を見て敵と認識したのか、素早く腰の剣を引き抜く。
その刀身に精巧な文様が施された剣には見覚えがあった。
《聖剣》――魔を狩り、魔を滅殺する為だけに造られた剣。
ミスリル銀製の刀身は何重にも障壁を張り、強固な皮膚を持つ魔の者たちをも傷つけることが出来る。
だが、その殺傷能力の高さゆえに教皇庁では人間への使用を固く禁止しているはずだ。
では、なぜこいつらは簡単に聖剣を一般人に抜くのか。
俺の心に一つの可能性が浮ぶ。
「お前ら、教皇庁じゃないな」
「……」
返事が返ってこないのは正解であるからだろう。
教皇庁の十字軍遠征が失敗して約一〇〇年の歳月が経った。
かつて西欧州最大権力を誇っていた教皇庁の名も地に落ち、諸外国の王権に押される一方だ。
このままでは教皇庁の崩壊にも繋がりかねないと考えた者たちがいた。
それが教会に所属する騎士や諸侯だった。
彼らは教皇庁を離れ別の主を見つける者や野党や山賊へ身を落とす者であった。
そして、中でも悪名が高いのは聖剣騎士団第八分隊を名乗る者たちだと噂で聞いている。
「ふっはっはっ!」
いきなり騎士たちの中央にいる人物が笑い声を出す。
その声は、粗野な男の声であった。
しばらく大声で笑った後、男は兜を外して脇に抱えた。
顔の半分以上は毛むくじゃらの髪と髭に覆われ、口元には下卑たる笑みを刻んでいる男がそこにいた。
だが、男の中で最も目を引くのは爛々と輝いた瞳だろうか。
その瞳にあるのは、ただ獲物を狩り、喰い、弄ぶ、乱暴で粗野な人間の負の感情がありありで見えた。
セレアが怯えるのも頷ける眼光だ。
「いかにも、俺たちは元教皇庁だ」
無精髭の男は黄色い歯を見せながら喋りだす。
「どうだ若いの。取引しないか? 命を助けてやる代わりに、そっちのおチビちゃんを俺たちにくれよ。金髪の姉ちゃんの方は俺たちと遊んだ後に返してやるからよ」
サガの眉が少し引きつったような気がするが、気にしないことにする。
「お前が第八分隊の隊長か?」
俺はやつの言葉を無視して質問をたたきつける。
「俺がここの隊長のバッガスだ。で、渡すのか渡さ――」
「いやだね。お前らみたいな腐れ外道にやる物なんて、麦一粒もねえよ」
「そうか……なら死にな」
バッガスの言葉が戦闘の合図となった。正面に立つ三人が剣を構えて突撃してくる。
俺は三人を迎え撃つために鞘に収めたままの剣を構えた。
俺の剣の全長は一八四センチ、やつらの聖剣は長く見積もっても六〇センチ。
剣が届く距離なら俺の方に分があるが、小回りなら短いほうが利くと判断しかのか三人がいっせいに俺の間合いに入ってくる。
剣の技量は使用者の身体的能力が高ければ高いほど上がる。
そして、≪聖剣≫は剣自体に攻撃力や素早さの付加がかかるので、並の剣士でも達人級にその技量を上げることができる。
だが、もし剣ではなく、使用者の肉体自体に付加が掛かれば、もっと簡単に限界値を突破できるのではないか。
俺は三人の動きを封じるため、自分の大剣を力任せに地面に叩きつける。地面に亀裂が走り、三人がたたらを踏んだ。
剣を地面に埋めたまま、剣を軸に体を半回転させると右側の一人の頭部目がけてつま先蹴りを放つ。
しかし兜によって威力が殺され、相手を数歩下がらせるだけに止まる。
さすがに元騎士を相手にするのは野党を相手にするのと訳が違う。
一回転してから元の位置に着地すると、左側のやつが剣を差し込んでくるのが見えた。
正確な剣筋は首を狙っている。俺は大剣を引き抜くと、相手の剣に合わせて垂直に当てて軌道をそらし、ついでに相手の顎を打ち上げる。
一瞬浮いた相手の体に回し蹴りを放とうとしたとき、夕日に輝き血を吸おうとする別の聖剣が視界の端に映る。
俺は回し蹴りの体勢を無理やり変えて姿勢を低くする。半瞬後に頭のあった位置に斬撃が走った。回転を継続しながら体をばねのようにして一気に立ち上がると、俺は慣性を余すことなく回転斬りへと持っていく。
脳天に命中した一撃は相手を背後の森へと吹き飛ばす。
かなりの衝撃であったが、手には痺れも残っていない。
剣を鞘に収めた状態ではなかったら、頭が木っ端微塵になっていただろう。
今度は俺のほうから最初に蹴りをくらわせた騎士へと肉薄する。大上段に構えた大剣を俺は容赦なくそれを振り下ろす。
と、思わせた瞬間、俺は常人離れした力で地面を蹴ると相手の左側面へ回りこむ。
右手に剣を持つ相手にとってここは死角だ。
右足で相手の左膝裏を蹴り上げる。バランスを崩した騎士の顔面に剣の腹を叩き込む。
兜の形状がみしっという音とともに変形したような気がしたが無視。
最後に顎を打ち上げたやつを片付けようとしたとき、今まで行動を見ているだけだったバッガスの両隣の騎士たちが、クロスボウを構えて、俺を狙っていた。
ラック・アンド・ピニオン装置。いわゆる弓に矢を装填し弦をハンドルで引き絞るクロスボウは威力と射程距離には優れているが、装填に時間がかかる。
あの矢で貫かれれば、さすがに痛いだろうが俺はあえて無視することにした。かといって単に矢が当たると思ったわけではない。俺は一人で戦っているわけではない。
やがて太矢が放たれ、俺に飛来する。
『氷を溶かす炎のように、闇を照らす光のように、その名をもって消滅させよ」
麗々と響き渡るソプラノ調の美声が俺の耳を打つ。
その瞬間、俺を狙っていた二本の矢は消し炭となって焼失した。
俺とサガ以外の全員が驚いた顔を見せる。
どうということはない。サガが魔法によって二本の矢を俺に接触する前に燃やしたのだ。
俺は最後の相手の懐に入ると、腹に横一文字に剣を走らせる。
一撃で気を失った男は、バッガスたちがいる手前まで吹き飛ぶ。
動くものが無くなった街道の上で俺は酷薄な笑みをバッガスに向ける。
「まだやるか?」
俺の問いにバッガスは大仰に嘆息すると両手を挙げて降参のポーズをとる。
「参った。あんた強いな」
まるで参った感じを見せずにバッガスが喋る。
「名前を聞いておきたい。あんた何者だ?」
「ネイ。家名は忘れた」
「ネイ……」
俺が親切にも名前を教えてやるとバッガスの奴は嬉しそうに左右の頬ゆがめて、俺の名前を舌先で転がす。
ちょっと気持ち悪い気がしたので名前を教えたのを少し後悔する。これからはあまり名乗らないようにしよう。
「さて、俺もそろそろ引き上げさせてもらうかな」
バッガスはそう言うと自分の足元に転がる部下の腰に手を回すと軽々と持ち上げてします。甲冑を装備した大の男を簡単に担いでしまうとは、一体どうゆう筋肉をしているのだろうか。
そんなことを考えているとバッガスの左右に控えていた騎士たちもバッガスと同じように仲間に手を貸していた。
「それじゃあな、ネイ」
にやりと嫌味たらしい顔を投げると白の甲冑の一団はもと来た道を足早に去っていく。
「……はあ」
とりあえず厄介ごと片付いたことで肩を下ろして、深いため息をついた。
バッガス、セレア、聖剣騎士団、悪魔の村――――この数分間で訳のわからないことだらけだ。
そしてどうやら今回の依頼はまた、大変なことになりそうだ。
疲れたので空でも見上げて、落ち着こうと思ったのだが茜色の空はもうそこにはない。代わりに漆黒の夜の帳が下りていた。
どうやら今日も野宿らしい。
本当にやっていられない。
俺はもう一度深いため息をついた。