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アコニ・プルメリアは希う

神[よっしゃあああ! 長かった〜]

 何十年ぶりかに訪れた王宮は、相変わらず華やかで、調度品や飾られた花々、どれをとっても目をみはるものが多く、王国の平和と安泰を象徴しているようだった。幼い頃に数回程度両親に連れられて来たことはあるけれど、ヴァイオレットの中にある王宮の記憶は前世のものしか残っていない。そのときの記憶よりも遥かに立派になっているような気がして、ますます自分が場違いであると思い知らされるようだ。

 廊下に敷かれた分厚いカーペットを踏みしめパーティー会場に入ると、宝石の散りばめられたシャンデリアに思わず目が眩む。招待客は数百人は及ぶだろう。令嬢たちはそれぞれ自分が会場の華になろうと思い思いに着飾り、そしてどこか落ち着きがない。誕生パーティーとは名ばかりで、アコニ王子殿下の婚約者探しなのだから当然と言えば当然だ。中には隣国の王女まで招待されている。


「お姉様、殿下にご挨拶を――」

「まあ、ヴィオラ様ではなくて?」


 いろいろと有名なヴィオラはすぐさま人に取り囲まれ、ヴァイオレットはそっと壁際に寄る。持ってきた扇で顔を半分隠し、周囲の様子を観察していた。ライラント家の令嬢も招待されたと聞いたが、人が多すぎるためか見つからない。


「……早く帰りたい」


 ヴィオラとマリーゴールドにまんまとやられてしまったが、自分にこんな華やかな場所はやっぱり分不相応だ。顔を隠して息を潜めているが、先ほどからチラチラと好奇の視線を感じ、この場にいるのが恥ずかしく息苦しい。

 ヴィオラはまだまだ捕まってしまうことだろう。少し外の空気を吸おうとヴァイオレットはこっそり会場を後にした。




******




 アコニはまとわりつく令嬢とお目付け役としてそばを離れない召使いを振り切り、ようやく会場の外に脱出することができた。庭に出て、噴水近くで大きなため息を吐く。水面に映る自分のひどい顔にまたため息が出る。どうやらアコニの母は、自分の妹の子どもである隣国の王女を婚約者にと考えているようだ。全く冗談ではない。顔かたちは確かにいいのかもしれないが、言葉遣いも立ち居振る舞いも幼すぎる。何より自分の従妹というのが嫌だ。

 会場から漏れている明かりと笑い声を聞きながら、どうして自分はこんな思いをしながら生きていかねばならないのだろうと自身の身の上を憂う。このまま露のように消えてしまいたいと願うのに、周囲がそれを許さない。間もなくここにいることも見つかってしまうだろう。


「……消えたい」


 そのとき、噴水近くの生け垣でがさがさと人の動く気配がした。アコニはパッと立ち上がり、懐に隠してある短剣に手を触れる。いつも護身用にと持ち歩いているものだ。母の嫁入り道具の一つだったのを譲り受けたのである。


「誰だ? 出てこい」


 生け垣から体を半分だけ出したのは、女であった。ドレスの裾が月明かりを浴びてきらきらと輝いている。扇で顔は隠されているが、肌は浮かび上がるように白い。アコニは短剣から手を離し、声音を緩めた。


「これは大変失礼いたしました。私はアコニ・プルメリアと申します。もしかして道に迷われましたか? よろしければご案内いたします」

「こちらこそ申し訳ございません。あまりに素敵なお庭だったもので……」


 女は扇で顔を隠したまま、アコニの前に姿を現した。美しい声に、女性らしいしなやかな体つき、扇から見える瞳は優しく幻想的な青っぽい緑色である。アコニは思わず息を呑み、言葉を失う。今まで出会ったことのない不思議な感じのする女だと思った。


「……お名前を、伺ってもよろしいでしょうか」


 声が掠れた。戸惑っているのか、女の瞳が不安そうに揺れる。平静を装い、アコニは一歩ずつゆっくり女に近づく。女はどうしていいのかわからず、固まったままである。今どきこんな風に世慣れない女を初めて見た。名前を言うことさえ躊躇う奥ゆかしさにますます興味が湧き、アコニは何が何でも名前を聞きたいと思った。


「そんなに怖がらないでください。私はこの国の王子です。決してあなたを傷つけたり、苦しめたりしません。お約束します。ですからお名前だけでもどうか教えていただけませんか?」

「……ヴァイオレット・ローエンシュバルフと申します」


 ヴァイオレットはアコニを真っ直ぐ見て名を告げたが、またすぐに視線を逸らした。ヴァイオレット・ローエンシュバルフ。アコニは頭の中で噛みしめるようにヴァイオレットの名を刻みつける。

 ローエンシュバルフ公爵家には、娘が二人いると聞いたことがある。妹のほうは活動家で見目麗しく、王宮にもよく呼ばれているが、姉のほうは屋敷に引きこもり名家の令嬢という以外取り立てて褒めるところもない平凡な女だと女好きの三男から耳にしたことはあった。

 しかし目の前にいるヴァイオレットは、話し方からも知性が感じられ、立ち居振る舞いもたおやかで、その瞳から美しさが滲み出ている。アコニはすっかり目の前のヴァイオレットに心を奪われていた。


「ヴァイオレットとお呼びしてもよろしいですか?」

「はい、殿下」

「そのような他人行儀な呼び方ではなく、気軽にアコニとお呼びください」

「そんな、恐れ多いですわ。このようにお言葉を交わすことも本来あってはならないことで……」

「またそんな寂しいことを。もっと近くでお話しいたしましょう」


 アコニが近づくと、ヴァイオレットが少し後ろに下がる。恥ずかしそうに俯く姿はいじらしく、なぜ平凡な女だと噂されているのか理解できなかった。やはり人の噂ほど不確かなものはない。先ほどまで憂鬱だった心は、今や目の前のヴァイオレットに夢中である。

 ――どうすればこの人は自分に笑いかけてくれるのか、自分に近づいてくれるのか。

 今までは何もしなくてもあちらから近寄ってきたため、このようなときどうすべきかアコニには全くわからなかった。すぐ近くにいるのに、ヴァイオレットに何と思われるかを考えると強引に手を伸ばすことが躊躇われる。相変わらずヴァイオレットはアコニと距離を保ったままだ。

 ――この人がいい。

 アコニは強く願った。

 ――この人でないと嫌だ。

 そして、強く思った。


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