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ヴィオラ・ローエンシュバルフは復讐する

今回の寄り道は妹です。

「ナンシー、ドレスの発注お願いね」


 ヴィオラの差し出した紙を見て、ナンシーは思わず眉をしかめた。ナンシーはこの屋敷のメイドたちをまとめるメイド長である。


「失礼ですが、ヴィオラ様のサイズに少し合わないような……」

「それはそうよ。だってお姉様のドレスだもの」

「ヴァイオレット様の! ようやく今度のパーティーに出られることを了承なったんですね!」

「ええ、まあ……」


 ナンシーは、メイド長なだけありこの屋敷に長く勤めている。したがって、ヴァイオレットの器量も才覚も十分理解しているし、彼女のことを心配もしていた。久々にヴァイオレットのためにドレスを発注する喜びから、ナンシーはヴィオラの返事の違和感に気づかなかったようである。


「さっそく発注してまいります。ドレスの確認は、ヴァイオレット様でよろしいでしょうか?」

「いいえ、これはお姉様へのサプライズプレゼントにしたいの。だから私かマリーゴールドにお願い。彼女もこのことを知っているから」

「かしこまりました。さっそく手配をしてまいります」

「お願いね。あまり時間がないから。宝石は私が選ぶわ」

「かしこまりました。……失礼いたします」


 ナンシーは恭しく頭を下げ、ヴィオラの前から下がる。最初の関門はとりあえず抜けたと見え、ヴィオラはほっと息を吐いた。

 当然であるが、ヴァイオレットには断られているので、これはヴィオラとマリーゴールドの策略である。今回、ヴィオラは絶対にこのパーティーに姉を出席させたかった。殿下の誕生日パーティーとあるが、実質的には彼の嫁探しである。現在、王位継承第二位ではあるが、頭も良く何より政のセンスがピカイチと名高いと噂の方だ。次期国王と囁かれる殿下に見初められたいと願う令嬢は多いだろう。それでもヴィオラは、姉が選ばれるという絶対的な自信があった。

 これまでいろいろな社交場に顔を出すたび、彼女はいつも、姉以上の人間はいないと思っていた。器量、頭の良さ、所作どれを取ってもヴァイオレットに敵う者はいない。身内びいきもあるが、それを差し引いてもヴァイオレット以上の令嬢は見たことがなかった。なぜ姉が社交場に出ても片隅で動かず、無知を装うのかはわからないけれど、今はそんなことどうだっていい。

 殿下は姉に結婚を申し込む。――いや、絶対に申し込ませる。

 ヴィオラは心の中で固く拳を握った。そのためにマリーゴールドを口説き落とし、今回の計画に参加もさせたのである。マリーゴールドの場合、ヴァイオレットのためになるとわかれば何でも協力するので口説き落とすのに時間はかからなかった。ヴィオラとマリーゴールドは裏で手を結び、ヴァイオレットをパーティーに出すべく画策している。正攻法で攻めてもダメなのだから仕方がない。

 ――ヴァイオレットお姉様には幸せになってほしい。これが、今のヴィオラの唯一の望みである。

 幼い頃のヴィオラはよく優秀な姉と比べられ、部屋の片隅でしくしく泣いていた。そんな自分を見つけ出し涙を拭いてくれたのは、どんなときでもヴァイオレットだったのである。その手の温もりに、ヴィオラは幾度となく癒やされてきた。姉だけがいつもヴィオラのことを褒めてくれたのである。

 大好きな姉に近づこうと努力していると、だんだんヴィオラも周囲から褒められることが多くなった。それと同時に、姉はだんだんと「できない」ことが増えていった。しかし、姉が「できない」としていることが本当はできることをヴィオラは知っている。なぜならヴィオラ自身が姉から教わったからだ。

 ――お姉様は、私のために「できない」ふりをしているんだわ。

 これ以上妹が、比べられて苦しまないように。妹の素晴らしさが、一日でも早く気づかれるように。ヴァイオレットの考えを悟り、ヴィオラは自分の無力さを心から恥じた。姉に嫌な役回りをさせてしまったことを心から悔いた。そしてほんの少しだけ、自分一人で全てを引き受けようとする姉を恨んだ。

 ヴィオラがどんなに姉の素晴らしさを訴えても、時を経るごとに引きこもりがちになり平凡を装う姉に、誰もが騙されていった。あまつさえ、公爵家令嬢である姉を軽んじるような発言さえ飛び出してきたのである。

 気にしていないとヴァイオレットは言う。本当のことだとも言う。仮に本当にそうだったとしても、心から尊敬する姉への軽率な発言に、ヴィオラはいつも身が引き裂かれる思いだった。姉が妹への評価に心を痛めたように、妹もまた姉への評価に心を痛めている。似たもの姉妹ということかしら、とヴィオラは微笑む。


「絶対に、お姉様には幸せになっていただくわ」


 それが、自分にできる唯一の恩返しであり、復讐なのだ。


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